炉を壊し鉄を知る
朝。
鍛冶場に朝日が差し込む頃、俺とアイ、それに何人かの村人が集まっていた。
「……いよいよだな」
『はい。たたら炉の冷却は完了しています』
目の前にあるのは、昨夜まで赤く燃えていた小型たたら。
今は静まり返り、ただの土の塊に見える。
「壊すんだよな、これ」
『はい。内部に生成された“ケラ”を取り出すためには、炉を解体します』
「一回使い切りってわけか」
『小型炉では一般的です。再建は容易です』
村人たちがざわつく。
「壊すのか……」「もったいねぇ気もするな」
「中に鉄があるって言われても、まだ実感ねぇな」
俺は一歩前に出た。
「まあ見てろ。俺も半信半疑だ」
⸻
最初に、上部の土を崩す。
ガリ、ゴリ……と土が剥がれ落ちる音が、やけに大きく響く。
「おい、なんか出てきたぞ!」
「黒い……塊?」
炉の中ほどに、異質なものが見え始めた。
『そのまま慎重に崩してください。金属質部分を傷つけないように』
俺は頷き、手を止めずに続ける。
そして――。
「……あった」
炉の底から、黒く、鈍く光る塊が姿を現した。
見た目は石に近い。
だが、明らかに“違う”。
「これが……鉄?」
『はい。正確には“ケラ”と呼ばれる、鉄を多く含んだ塊です』
俺は両手で持ち上げようとして――。
「っ……重っ!!」
思わず声が出た。
「うわっ!?」「なんだそれ!」
「石より重くねぇか!?」
『比重が高いためです。鉄の特性の一つです』
俺は一度地面に置き、改めて見下ろす。
ずっしりとした存在感。
叩けば金属音が返ってきそうな、確かな“物質”。
「……本当に、鉄なんだな」
⸻
村人たちも、順番に触れていく。
「冷たい……」
「なんだこれ……」「こんなの初めて触ったぞ」
「これを……道具に?」
『はい。これから不純物を叩き出し、鍛えていきます』
「叩く……?」
俺は横に置いた石の金床を見た。
「カンカンやるやつだな」
『はい』
一人の年配の村人が、ぽつりと言った。
「……これが、土から生まれるのか」
その言葉に、場が静まる。
鉄は、落ちているものじゃない。
獲れるものでもない。
作るものだ。
それを、全員が今、理解した。
⸻
『誠様』
アイが俺を呼ぶ。
『次の工程に進む前に、準備があります』
「鍛冶の準備だな?」
『はい。まず必要なのは、鉄製ハンマーです』
「……鉄を叩くために、鉄の道具が要る、と」
『その通りです』
俺は苦笑した。
「最初は石で叩くしかねぇな」
『問題ありません。初期加工は可能です』
村人たちが顔を見合わせる。
「俺たちが見てていいのか?」
「ああ。むしろ見て覚えてくれ」
俺はケラを持ち上げ、鍛冶場の炉の前に運んだ。
「ここからが、本番だ」
火を入れ、炭を足す。
炎が勢いよく立ち上がる。
『誠様。次話では、鍛錬を開始できます』
「だな」
俺は赤くなり始めた炉を見つめた。
石の道具から、
鉄の道具へ。
それはただの進歩じゃない。
この村が、“次の段階”に進む合図だ。
炉の中で、火が唸っていた。




