鍛冶場という居場所
翌朝。
たたら炉は一晩冷やされ、表面を触っても問題ない温度になっていた。
だが、ケラの取り出しはまだ行わない。
「……先にやる事があるよな」
『はい、誠様』
アイの視線――いや、センサーは窯の隣を示していた。
『鉄を扱うには、専用の作業場が必要です』
「鍛冶場、だな」
『はい。火、音、重量物を扱います。生活空間とは分離すべきです』
確かに。
叩く、焼く、火花が飛ぶ。
村の真ん中でやる事じゃない。
「場所は……この辺か?」
俺が指差したのは、窯と川の中間あたり。
水が近く、火も扱える、少し開けた場所だ。
『最適です。冷却水の確保、炭の運搬距離、どれも問題ありません』
「よし、ここにしよう」
⸻
話を聞きつけた村人たちが、またぞろ集まってくる。
「誠! 今度は何を作るんだ?」
「また火を使うんか?」
俺は正直に答えた。
「鍛冶場だ。鉄を叩いて、道具を作る場所」
一瞬の沈黙。
「……鉄、だと?」
「本当に作れるのか……?」
『可能です』
アイがはっきりと言い切る。
『既に炭、炉、砂鉄は揃っています。残るは作業環境のみです』
その言葉に、村人たちの目が変わった。
「……やろう」「手伝うぞ」
「道具が良くなれば、畑も森も楽になる」
誰かがそう言い、皆が頷いた。
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鍛冶場は、簡素だが実用一点張りにした。
・屋根付き(雨と火花避け)
・土間
・中央に鍛冶炉
・脇に水桶
・重い石を据えた簡易金床
「金床は……これで代用だな」
大きく平たい石を選び、動かないよう地面に埋める。
『初期段階では十分です』
炉は、窯より小さく、風を集中させる構造。
炭を入れ、送風すれば一点が白熱する。
「火の質が違うな……」
『鍛冶は温度の“集中”が重要です』
村人たちは、黙々と作業を続ける。
柱を立てる者
屋根材を組む者
水を運ぶ者
まるで、昔からそこに鍛冶場があるかのような動きだった。
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昼過ぎ。
形は整った。
「……できたな」
『はい。初期鍛冶場として十分な性能です』
村人たちが、完成した建物を見回す。
「ここで……鉄を叩くのか」
「音、すごいんだろうな」
俺は頷いた。
「カン、カンってな」
『ただし、最初に作るのは簡単な工具です』
「だよな。いきなり剣とか無理だし」
『誠様、再確認します』
アイが真面目な声で言う。
『刀剣の製造は、現段階では非推奨です』
「分かってるって」
村人の中から笑いが起きた。
「誠が刀振り回すとこ、見てみたいけどな!」
「それはそれで怖ぇ!」
⸻
夕方。
鍛冶場の前で、俺は一度深く息を吐いた。
窯ができた。
器ができた。
炭が回り、
そして――鉄を叩く場所ができた。
『誠様』
「ん?」
『これで、この村は“作る村”になりました』
「……ああ、そうだな」
火を囲み、道具を生み出す場所。
それは、ただの建物じゃない。
村の未来が、ここから形になる。
鍛冶場の屋根越しに見える夕焼けは、
どこか誇らしげに燃えていた。




