砂鉄と風そして火
翌朝。
炭窯の火を確認したあと、俺はアイの指示で川へ向かった。
製鉄に必要な最後の材料――砂鉄を集めるためだ。
「川の砂から鉄を取るって、考えてみれば不思議だよな」
『ですが、この地域の地質では有効な方法です』
川の中流から下流にかけ、緩やかにカーブした浅瀬。そこに、わずかに黒く光る砂が混じっているのが見えた。
「これか?」
『はい。比重が重いため、流れの緩い場所に集積します』
俺は木皿を使い、砂をすくって水の中で揺らす。
軽い砂が流れ、底に残る黒い粒。
「……おお、残った」
『それが砂鉄です』
何度も繰り返し、黒い砂だけを集めていく。
単純だが、確実な方法だ。
「地味だけど、ちゃんと集まるもんだな」
『この作業は村人にも教える価値があります』
「確かに。誰でもできるしな」
⸻
昼過ぎ。
集めた砂鉄を乾かしつつ、今度は炉の仕上げだ。
粘土と砂を混ぜ、炉壁を丁寧に塗り固める。
石で外側を補強し、崩れないように支える。
「思ったより小さいな、たたらって」
『小型炉は温度管理が容易で、初回には最適です』
下部には空気穴。
上部には砂鉄と炭を入れる投入口。
「で、風はどうする?」
『送風が必要です』
「やっぱりか」
アイが簡易図を表示する。
『今回は足踏み式送風を推奨します』
「……ふいご、だな?」
『はい。皮袋と木枠で代用可能です』
村人たちの協力を得て、革袋を二つ用意し、板と紐で接続する。
踏めば空気が送り込まれ、戻せば吸い込む。
「原始的だけど……理にかなってるな」
『人力ですが、十分な風量が得られます』
試しに踏むと、炉の空気穴から勢いよく風が吹き出した。
「おお……」
『問題ありません』
⸻
夕方。
すべての準備が整った。
炉の中に炭を入れ、火を付ける。
十分に赤くなったところで、砂鉄を少量ずつ投入する。
「いよいよだな……」
『はい。ここからは火と風の管理が重要です』
足でふいごを踏み続ける。
ごう……という音と共に、炉の内部が白く輝き始めた。
「熱っ……!」
『温度は上昇しています。良好です』
汗を流しながら、炭と砂鉄を交互に入れていく。
時間の感覚が薄れ、ただ火と向き合う。
「……これで、本当に鉄になるのか?」
『なります』
アイの声は、いつも通り淡々としていた。
『数時間後、炉の底に鉄の塊――ケラが生成されます』
「ケラ……」
『未精錬鉄です。これを鍛えて、道具にします』
⸻
夜。
炉の火を落とし、冷却を待つ。
赤かった炉が、徐々に闇に沈んでいく。
「今日はここまでか」
『はい。明日、取り出しを行いましょう』
俺は炉を見つめた。
窯ができ、器が生まれ、炭が安定し、
そして今――鉄に手を伸ばしている。
「……村、変わるな」
『はい。確実に』
火の名残が、暗闇の中で小さく瞬いていた。
それは、この村が新しい時代へ進む合図のように見えた。




