獲れすぎる恵みと資源になる命
「……いや、これは流石に、獲れすぎだろ……」
誠は、村の広場に並べられた獲物の数を見て、思わず遠い目になっていた。
鹿、鹿、猪、鹿。
その横には川魚が籠いっぱい。しかもまだ運び込まれている最中だ。
「罠、便利すぎるだろ……」
誰に言うでもなく、誠はぽつりと呟いた。
罠の構造を教えてから、村人たちは一気に動いた。
森の中、獣道、水飲み場の近く、川沿い――考えうる限りの場所に次々と設置。
結果。
「毎日、二頭三頭は普通に獲れるようになっちまったな」
「昨日なんて四頭だぞ」
男たちは誇らしげだが――
「ちょっとあんたたち!!」
「処理が間に合わないのよ!!」
怒鳴り声を上げているのは、女たちの方だった。
解体、燻製、干し肉、塩漬け、脂の処理。
人手がいくらあっても、追いつかない。
ミィナも腕を組んで、少し疲れた顔で誠を見る。
「誠……これは嬉しい悲鳴なんだけど……正直、限界」
「……だよな」
誠は苦笑した。
「でも、これで肉は完全に安定供給だな。罠なら季節も問わないし」
『はい。極めて安定した動物性タンパク源の確保に成功しています』
アイの分析は淡々としているが、内容はとんでもない。
「もう“狩りに行く”って感覚じゃないな……“回収”だ」
村の食事情は、確実に一段階上へと進んでいた。
⸻
魚のほうも、同じだった。
竹で編んだ魚罠は、水路と川の合流地点に仕掛けられている。
「誠、また満杯だぞ」
「魚が詰まって逃げられなくなってる」
籠を引き上げると、ぴちぴちと跳ねる魚が溢れ出した。
「……これ、毎日これだと、保存しきれないな」
『燻製、干物、塩漬けにより対応可能です』
「……また女たちに怒られるやつだな」
実際、その日の夜。
「もう手が足りないって言ってるでしょ!」
「嬉しいけど、嬉しすぎるのよ!!」
そんな声が、あちこちから飛んでいた。
⸻
だが、獲れすぎたことで、本当の意味で次の段階へ進むことになった。
――皮・骨・脂の本格資源化である。
まず、皮。
塩漬けにされた猪皮と鹿皮が、ずらりと吊るされていく。
「臭ぇ……」
「でも、これが革になるんだろ?」
『油なめしは成功率が高いです。失敗しても再加工可能』
誠の指示で、脂を溶かし、皮に擦り込む工程が始まった。
「こんな手間かけるのか……」
「でも、これで冬の防寒着が作れるなら安いもんだ」
女たちの目も、次第に本気になっていった。
次に、骨。
洗われ、乾燥され、硬いものは削られていく。
「針にできるぞ」
「これ、魚の釣り針にもなるな」
「削って留め具にも使えるじゃないか」
骨が、ただの“残骸”から“道具の材料”に変わっていく。
そして、脂。
「これ、灯りに使えるぞ」
「水を弾くから、革の防水にもなる」
夜の明かりが、少しずつ明るくなっていく。
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誠は、その光景を少し離れた場所から眺めていた。
「……完全に“狩りの村”から“加工の村”に変わりつつあるな」
『はい。一次生産から二次加工へ移行しています』
「……言葉にすると、すげぇな」
誠は思わず苦笑した。
罠を作っただけ。
魚籠を沈めただけ。
それだけのはずなのに。
肉は保存され、皮は服に変わり、骨は道具に変わり、脂は灯りになる。
“命”が、何ひとつ無駄にならずに、村の中で循環し始めていた。
⸻
その夜、ミィナが小屋を訪ねてきた。
「誠……正直、最初は変な奴だと思ってた」
「……だろうな」
「でも今は――」
ミィナは少し照れながら続けた。
「誠が村に来てから、“足りない”って言葉、ほとんど聞かなくなった」
誠は、言葉に詰まった。
「……それは、アイのおかげだ」
『いいえ。実行したのは誠様です』
小さく表示された文字が、静かに光る。
外では、今日も燻製の煙が上がっている。
魚籠が揺れ、革が風に揺れ、骨が削られている。
そして村は、確実に――
“生きるための強さ”を、手に入れ始めていた。




