獣の行進と新しい罠
――ドスン、ドスン、と。
まだ薄暗い朝方、小屋の外から妙に重たい足音が響いてきた。
「……ん?」
誠は寝床から身を起こし、耳を澄ます。
人の足音だ。
しかも、一人や二人じゃない。かなりの数だ。
「何だ? こんな朝早くに……」
暖炉の火を少しだけ強め、外套を羽織って扉を開く。
冷たい空気と一緒に、異様な光景が飛び込んできた。
「……うお」
村の男たちが、棒に縄で縛り付けた大きな獣を担いで歩いている。
しかも一頭や二頭じゃない。
「……八匹?」
鹿のような姿をした獣が、ずらりと並んで運び込まれていく。
「すげぇな……どうやって捕まえたんだ?」
思わず呟いた瞬間、後ろから声がした。
「誠、おはよう」
振り返ると、ミィナが少し眠そうな顔で立っていた。
「おはよう。あれ……全滅レベルじゃないか?」
「ああ、今日は“当たりの日”らしいよ」
「当たりの日って……宝くじかよ」
ミィナは苦笑しながら言う。
「山の方で追い込みをかけて、谷側に網を張ってたんだって。雪で足を取られてたから、まとめて獲れたみたい」
「……なるほど」
罠というより、完全に集団狩猟だ。
誠は少しわくわくしながら、その様子をもっと近くで見ようと一歩踏み出した。
その瞬間。
『誠様』
アイの冷たい声が脳内に響く。
『恐らく、足手まといになると思われます』
「……あー、ですよね」
誠は素直に引き下がった。
「弓もない、槍もろくに使えない、体力もない。そりゃそうだわ」
自分でも妙に納得してしまう。
男たちの中には、血と雪にまみれた者もいる。
あの中に混ざっていたら、誠は真っ先に転んで、真っ先に噛まれて終わりだ。
『現状、誠様が狩猟に直接参加するのは非推奨です』
「はいはい、わかってますよー」
獲物は村の中央へと運び込まれ、すぐに解体が始まった。
血の匂いが、冷たい空気の中に広がっていく。
「……しかし、肉か」
干し肉にして保存、皮は防寒具や敷物、骨は道具に。
無駄になる部分は、ほとんどない。
「この村、ほんとに生きる力だけは高いよな……」
その時、アイが続けて言った。
『誠様』
「ん?」
『獣用の罠の製作を推奨します』
「……いきなりだな」
『はい。しかし、現状のタンパク源の取得方法が把握できました』
「追い込み猟だけじゃ、不安定ってことか」
『その通りです。人手・天候・積雪・獣の動きに大きく左右されます』
誠は腕を組んだ。
「確かに、今日みたいな“大当たり”が毎回あるわけじゃないもんな」
『継続的に動物性タンパク源を得る手段として、固定式の獣罠は有効です』
「……作れるのか? 俺に」
『構造は非常に単純です。現地の材料のみで製作可能です』
「ほう」
少しだけ、やる気が湧いてくる。
『併せて、魚用の罠の製作も推奨します』
「あー……魚か。それなら俺にもどうにか取れそうだな」
川はある。
水路も整備されている。
罠さえ仕掛ければ、流れに乗って勝手に入ってくれる可能性は高い。
「釣りよりは、よっぽど現実的だな」
『はい。効率も安定性も罠が上です』
誠は暖炉の前に戻り、スケッチ用の板を手に取った。
「で、どんな罠だ?」
『まずは落とし穴式と、くくり罠の併用が最適です』
「……名前だけで既に怖いな」
だが、アイが表示した設計図は意外にも単純だった。
枝、ロープ、重り、支点。
極めて原始的だが、理にかなっている。
「これ……狩人っていうより、ほぼ工作だな」
『誠様の得意分野です』
「工作ってほどでもないが……まあ、嫌いじゃない」
次に表示されたのは、魚用の罠。
筒状の籠。
中に入ると出られない、一方通行構造。
「……あ、これ、前の世界でも動画で見たことあるやつだ」
『原理はどの世界でも共通です』
誠はふっと笑った。
「なんかさ……狩りまで機械化するとは思わなかったな」
『これは“生存の自動化”です』
「言い方が物騒だな」
外では、解体作業が本格化し、笑い声まで聞こえてくる。
「……今日の肉、俺にも分け前くるよな」
『高確率で』
「よし。じゃあ今日は腹いっぱい食って、設計まとめるとするか」
春になったら罠を仕掛ける。
狩りに出なくても、獲物が入る仕組みを作る。
誠の生存戦略は、また一段階、別の方向へ進み始めていた。
「……ほんと、やることだけは増えてくな」
だがその顔には、どこか楽しそうな笑みが浮かんでいた。




