冬の工房化計画
「……さっっむ!」
小屋の扉を開けた瞬間、誠は思わずそう叫んだ。
頬に突き刺さる空気が、今までの冷え込みとは明らかに違う。
吐く息は完全に白く、地面はうっすらと霜に覆われている。
「いよいよ……ざっ! 冬の気温だな」
水路沿いに目をやると、作業に出ている村人の数もかなり減っていた。
これ以上の新規開拓は、さすがに無理だろう。
「久々に……休み、か?」
そう思った、その瞬間だった。
『誠様、休憩の前に作業を指示します』
「はい来たー!」
誠は思わず天を仰いだ。
■ いきなり100枚!?
『長方形の木枠に、板を貼ってください』
「ほう……どのくらい?」
『目標、100枚近く』
「多くねぇ!?」
思わず即ツッコミを入れたが、アイは一切動じない。
『この木枠に土を入れ、稲を発芽させ、苗として育成します。その後、水田へ移植する方式を採用します』
「……え? 今までって、どうやってたんだ?」
『村の方式では、直接水田に種を撒いています』
誠は顔を引きつらせた。
「それ、失敗したら全滅じゃん……」
『はい。発芽不良・寒害・鳥害の影響を強く受けます』
「……なるほどな」
どうやらこれは、
苗床方式というやつらしい。
『ミィナ様から聞き取った育成方法を基に、最適化した結果です』
「なるほど……まあ、アイが言うなら間違いねぇんだろうけどさ」
そう言いながら、誠は板を抱え、作業に取り掛かった。
■ 飽きる単純作業
木枠を作り、板を打ち付け、形を揃える。
――ひたすら、これの繰り返し。
「……うん、これは飽きる」
五枚、十枚、二十枚。
同じ作業が続くと、流石に集中力が削られてくる。
『誠様、作業効率が低下しています』
「知ってる……」
誠はため息をつきながら、木枠を一旦脇へ置いた。
「間に、別の作業入れさせてくれ」
『了解しました』
そう言ってアイが表示したのは――
見慣れない構造の設計図だった。
■ 原始的・田植え機&撹拌機
『原始的な 田植え補助機及び、田面撹拌具 の設計図です』
「……何それ」
『前者は、一定間隔で苗を植える補助器具、後者は、雑草抑制と酸素供給を兼ねた攪拌具です』
さらにもう一枚。
『そしてこちらが、立ったまま刈り取り可能な簡易刈取具』
誠は思わず目を見張った。
「……農業ガチすぎだろ」
『誠様の生存率に直結しますので』
「ぐうの音も出ねぇ……」
誠は苦笑しつつ、必要な部品を確認し、少しずつ作り始めた。
木の歯、回転軸、簡易フレーム。
構造は単純だが、地味に手間がかかる。
だが不思議と、さっきより集中できていた。
「やっぱ、単純作業だけより、こういう方が性に合ってるな」
■ ミィナ来訪
「おーい、誠ー! 生きてるかー?」
小屋の外から、聞き慣れた元気な声が響いた。
「生きてる生きてる!」
顔を出すと、そこにはミィナが立っていた。
「相変わらず、変なことしてんな」
「変なこと言うな。これ、来年の村の未来だぞ」
「はいはい。それで? 今度は何作ってんだ?」
誠は、アイから聞いた内容をそのまま説明した。
苗床、田植え補助機、撹拌具、刈取具――。
ミィナは目を丸くして聞き終えると、ポンと手を打った。
「それならさ、各家に板に書いた設計図渡せばいいんじゃね?」
「……え?」
「うちの村、手先器用なの多いぞ?道具なら、みんな勝手に作ると思う」
誠はハッとした。
確かに……
「俺より、器用なやつばっかりだしな……よし。それなら――」
誠はすぐに炭で設計図を書き写し始めた。
■ みんなで作る、という選択
設計図は次々と村に配られた。
すると――
「なんだこれ?」
「……あ、理解した」
「これなら作れるな」
驚くほどの速さで、村人たちは理解し、作り始めた。
しかも――
誠が作った原型よりも、圧倒的に綺麗で、丈夫で、実用的。
「……俺、何やってんだろ」
『村人の方が、職人適性が高いと分析されます』
「言うな……」
だがそのおかげで、誠は“作る役”から“設計と監修役”へと自然に移行できた。
組み立て方もまとめ「壊れたら自分で直せる仕組み」まで整えていく。
これなら、俺がいなくても回る……
それは少し寂しくて、少し誇らしい気持ちだった。
■ 小屋は「冬の工房」へ
こうして誠の小屋は、完全に様変わりした。
・壁際には板の山
・天井近くに細材
・隅には石と粘土
・中央には作業台
暖炉の火が赤く灯り、外は凍えるほど寒いのに、中は“ものづくりの熱”で満ちていた。
「……冬って、作る季節なんだな」
『この期間での準備が、来年の生産力を左右します』
「だよな」
誠は、手にした木材を見つめながら、静かに笑った。
もうただの漂流者じゃない。
この村の中で、“次の一年を作る役目”を持った存在になっていた。
外では、雪になりきれなかった冷たい雨が、静かに降り始めていた――。




