水車、ついに回る
『その件なのですが、稲の育て方を確認したいと考えています』
アイの言葉で、誠ははっとした。
(そうだ……水田拡張の件、ミィナの返事をちゃんと聞いてなかった)
水車建設にかかりきりで、あれこれ同時進行になっていたが、あれは村全体に関わる重要な話だ。
誠は作業の合間を縫って、ミィナを探した。
■ 水田拡張の返答
「ミィナ、あの時の水田の話なんだけど……村のみんな、どうだった?」
そう切り出すと、ミィナは少し安心したように笑った。
「ちゃんと聞いてくれてると思ってなかった」
「いや、忘れてたわけじゃ……」
「ふふ、冗談」
ミィナは一度息を整え、真面目な顔になる。
「村長と他の村人にも相談したよ。結論としては――冬支度に無理が出ない範囲でなら開拓していいって」
誠は思わず目を見開いた。
「本当か!」
「うん。水路整備の時と同じで、手が空いた人が協力する形。それと、雪が降り始めたら工事は中断って条件付きだけどね」
「……すごく、現実的な判断だな」
「でしょ。無理して冬越せなくなったら元も子もないもん」
誠は深くうなずいた。
(確かに、無難で一番安全な選択だ)
「ありがとう、ミィナ。みんなにちゃんと話してくれて」
「誠が村のために頑張ってるの、みんなちゃんと見てるよ」
その言葉に、誠は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
稲の育て方はミィナから板に書いてもらってもらう事も出来た。
■ 冬に向けた新たな準備
その日の夜、アイが新たな提案を持ちかけてきた。
『誠様、追加提案があります』
またか……今度は何だ?
『なるべく均一な板材を、数十枚単位で確保してください』
「板? そんなにいるのか?」
『はい。冬の間に、春に向けた農具、現在の手加工では精度と数に限界があります』
誠は納得した。
なるほど……冬は外仕事ができなくなる。その間に“仕込み”をするわけか
「今ちょうど水車を作ってる最中だ。板の確保なら問題ないな。今のうちに切り出しておこう」
『最適な判断です』
誠は翌日から、職人たちと相談しながら、厚みと幅を揃えた板材を次々と確保していった。
これだけの量を人力で整えるのは、少し前までは考えられない話だった。
だが今は――水車がある。
■ ついに、水車二機の試験運転
そして、ついにその日が来た。
水路の水が導かれ、二基の水車の前に、静かな水面が広がっている。
その前に、村人たちが自然と集まってきていた。
「……いよいよか」
「ちゃんと回るんだろうな?」
「誠が造ったんだ。きっと大丈夫だろ」
誠は水門の前に立ち、深く息を吸う。
「……行くぞ」
ゆっくりと、水門を開いた。
ざあああ……と勢いよく水が流れ込み、
次の瞬間――
ゴウン……ゴウン……
木の軋む音とともに、一基目の水車がゆっくりと回り始めた。
「おお……!」
遅れて、二基目も――
ゴゴ……ゴウン……
二つの水車が、並んで、同時に回り出す。
『回転数、安定しています。構造的問題なし』
(よし……成功だ!)
「回ってる……!」
「本当に、回ったぞ!」
村人たちのどよめきが一気に広がる。
■ 試し突き、試し挽き
「じゃあ、試してみるぞ!」
誠は一基目の唐臼に、脱穀した籾を入れた。
水車の回転と連動して――
ドン……!
ドン……!
重たい杵が自動で上下に動き、力強く米を突き始める。
「おお……人が叩かなくても……」
「勝手に動いてる……」
次に二基目。
こちらは引き臼だ。
ゴリ……ゴリ……と低い音を立てながら、穀物が粉になっていく。
「粉になってる……!」
「しかも、速い……!」
誠は内心、思わずガッツポーズをした。
(当たり前だけど――完全に自動だ)
今まで何人もが交代で行っていた重労働が、
水と木の力だけで、黙々と進んでいく。
■ 村に広がる歓声
「すげぇ……! こんなの、見たことねぇ!」
「これなら、米突きで腰痛めることもなくなるぞ!」
「粉挽きも、一日がかりだったのが……」
村人たちは次々に声を上げ、笑顔が広がっていく。
ミィナも目を輝かせていた。
「誠……これ、本当にすごいよ……」
「やっと、役に立てた気がするな」
そう言った瞬間、誠の胸に込み上げてくるものがあった。
ここまで来るのに、失敗も不安も山ほどあった。
それでも――
今、こうして村の人たちが心から喜んでくれている。
それだけで、すべてが報われた気がした。
■ 村の未来が、静かに動き出す
水車は静かに、しかし力強く回り続けている。
これから――
米はより早く、より多く処理できる。
粉も安定して作れる。
木材加工も、農具制作も、すべてが変わっていく。
『誠様、村の生産効率は、現在の推定で1.6倍以上に上昇しています』
この村、どこまで伸びるんだろうな
誠は回り続ける水車を見つめながら、静かにそう思った。
冬は、もうすぐそこまで来ている。
だがこの村は――
確実に“その先”を見据えて、前に進み始めていた。




