山の恵みと村の祭りと誠への感謝
山から戻ってきたその日の夕方――
村は一気に活気づいていた。どの家も戸口を開け放ち、煙が立ちのぼり、子どもたちが走り回り、大人たちが忙しく準備を進めている。
山の恵みを得た日の夜は、村を挙げての「恵み祝い」。
年に一度の大きな行事だと聞いていたが……本当に村全体が祭りの空気だった。
「誠、こっち! 拾った木の実をまず分けて!」
ミィナに呼ばれて、俺は広場の中央へ向かった。
そこには村人たちが積み上げた木の実、どんぐり、栗、胡桃、柿、名前も知らない赤い実、紫色の硬い殻の実――とにかく山の恵みが山のように積まれている。
「すごい量だな……」
「これでも今年は少ない方だよ。去年は天気が良かったからもっとあったの」
ミィナは慣れた手つきで木の実を仕分け、干すもの・貯蔵するもの・すぐ食べるものに分けていく。
見ていると、村の子どもたちが俺の前に柿を差し出してきた。
「まこと! これ渋いのだぞ!」
「うん、知ってる。でも干したら甘くなるよ」
子どもたちが一斉に「え!?」「ほんと?」と驚く。
ミィナが身を乗り出す。
「誠、それほんと?さっきも言ってたけどこの渋柿、甘くなるの?」
「なるよ。皮をむいて、風通しのいいところに吊るしておけば甘い干し柿になる」
「つるす……干す……? それだけで?」
「うん、時間さえかければね」
……まあ、結果的に喜んでもらえるならいいけどさ。
俺の感覚からしたら、干し柿なんて昔からの知恵だ。
でもこの世界ではまだ知られていないらしい。
こういう瞬間だけは、転移してきたアドバンテージを少し感じる。
■ そして祭りの夜
木の実の仕分けと貯蔵が終わると、いよいよ祭りが始まった。
村の中心に焚火が組まれ、大鍋には山で採れたキノコと芋の煮物、焼かれた栗、胡桃を砕いた甘い団子など、素朴だが香り豊かな料理が並ぶ。
男も女も、老人も子どもも、みんな笑いながら料理を運び、飲み物を回し、夜空に向けて笑い声を上げる。
俺もミィナに腕を引っ張られて、大鍋の前に座らされた。
「誠、食べて! これ、今年の一番の出来だよ!」
差し出されたのは、栗とキノコのスープ。
一口飲むと――
「……うまい!」
「でしょ!」
素材の味が濃い。
調味料の種類は少ないのに、山の恵みそのものの味が生きている。
焚火の香りがほのかに移って、身体の芯まで温まる。
俺が感動していると、そこに村長がゆっくり歩いてきた。
「誠よ」
「村長さん?」
「今年の収穫は……そなたのおかげで、例年よりはるかに作業が早かった。脱穀機と唐箕は、まるで魔法のようだったと皆が言っておる」
「いや、あれは……」
「水路整備も順調だ。そなたの考案した仕組みで、男手を減らして作業できるようになった。村の働き手に余裕ができたおかげで、こうして山の恵みを採る者も増えたのだ」
村長は火の明かりに照らされながら、穏やかに微笑んだ。
「誠、本当に感謝しておる。そなたが来てから、村は変わった。人々の表情も、未来の話も、明るくなった」
……胸が熱くなった。
俺はずっと、この村でただ居候の身だと思っていた。
異世界から来たよそ者で、役に立てればいいけど、迷惑をかけてるんじゃないかと不安もあった。
でも――
「誠、ありがとな!」
「お前の道具がなかったら、今年の収穫はもっと大変だったぞ!」
「うちの子が喜んでたぞ、あの回る風の道具!」
「水車も頼むな誠!」
次々と村人が声をかけてくる。
気づけば俺のまわりには人が集まり、肩を叩かれ、飲み物を渡され、料理を勧められ――
なんだこれ、人気者じゃないか俺。
ミィナなんて、横で誇らしげに腕を組んでいる。
「あのね誠、私、知ってるんだから。みんな本当に助かってるんだよ。誠が来てくれて、本気で感謝してる」
「……そうか」
胸の奥が熱くなる。
俺はこの村に来て、やっと――
“受け入れられた”んだ。
■ そして、水車へ
祭りが盛り上がる中、アイの声が誠の袖の中でひっそり響く。
『誠様、報告があります』
(また何かか?)
『水路整備の進捗率……90%に達しました』
(お、ついに!?)
『はい。ですので、そろそろ水車建築に移行するべきだと思われます。今なら、男手が多く集まっていますし……祭り明けは作業への士気も高いでしょう』
(確かに……絶好のタイミングだな)
ミィナがこちらを見て問いかける。
「誠、どうしたの? 急に真面目な顔して」
「いや……そろそろ水車に取りかかる時期だと思ってな」
「ほんと!? やっとだね!」
ミィナは嬉しそうに笑い、広場の焚火の光が彼女の髪と頬を照らした。
この村の冬は厳しい。
でも水車が完成すれば、脱穀も粉挽きも力作業が大幅に減る。
村の生活はさらに楽になるはずだ。
村人たちの笑顔を見ながら、俺は静かに決意する。
「よし……水車、絶対に作りきるぞ」
村の未来のため。
この村に受け入れてくれたみんなのために。
そして――
“誠、お前はここにいていいんだ”
そう言われた気がして、なんだか涙腺が少し危なかった。
祭りの夜は更けていく。
焚火のぱちぱちという音と、笑い声と、歌声が村を優しく包み込んでいた。




