暖炉完成そして初めての火入れ
「……よし、これで形になったな」
誠は額の汗をぬぐいながら、組み上がった石の暖炉を見つめた。
この数日、水路整備が終わった午後はすべて、この暖炉の製作に注ぎ込んだのだ。
土台、炉壁、煙道、煙突――すべてが石と粘土で出来ている。
石の一つ一つは麓の川辺で拾って運び、粘土は水路整備の時に掘り出した層を使用した。
積んでは乾かし、剥がれる箇所があれば補強し、また積む。
それを繰り返して、ようやく今日、この形に辿り着いた。
袖の陰でアイがひっそりと囁く。
『煙突角度、許容値以内。空気取り込み口の確保も問題なし。火入れは可能です』
「了解。じゃあ……いよいよだな」
誠は薪を数本くべ、その上に細い枝、乾いた草をのせていく。
この瞬間は緊張する。煙が逆流すれば村人たちに迷惑をかけるし、そもそも暖炉として機能しない。
種火を取り出しぱちり――草が一瞬で火を噛んだ。すぐに火は細い枝へ移り、やがて太い薪へ。
ごぉ……と、炉の奥で炎が立ち上がった。
同時に、煙突上部から白い煙が外へ抜けていくのが見えた。
「……おおっ」
誠自身、思わず声を漏らす。
暖かさが、囲炉裏よりも早く、まるで部屋全体に広がるように感じられた。
火の勢いが安定してきたその時──
「誠!? 火が出てるって……!」
ミィナがバタバタと駆け込んできた。
息を切らし、目をまん丸にして暖炉を見つめる。
「な、なにこれ……囲炉裏じゃないよね? すごい形してる……!」
「これは暖炉って言うんだ。火を中に閉じ込めて、煙を外に逃がす仕組みになってる」
「へぇぇ……!」
ミィナは興味津々で暖炉の前にしゃがみ、そっと手を伸ばす。
「……あったかい……!」
その声に反応したのか、外で作業をしていた村人たちが次々とやってきた。
「ミィナ、どうし……おおおっ!?」
「なんじゃこの石の塊は!」
「火が燃えてるのに、煙が……外に行ってる……だと……!?」
みるみるうちに誠の小屋は人だかりになった。
「うわ、部屋があったけぇ……」
「囲炉裏より明らかに暖かいじゃねぇか」
「煙がないって、こんなことがありえるのか……?」
男も女も、みんな火に手をかざし、驚きと感動の入り混じった顔をしている。
誠は少し照れつつも、ひとつひとつ説明を始めた。
「この暖炉は、熱をしっかり部屋に残してくれる。外に逃げる熱が少ないから、真冬でも温かさを維持できるんだよ。あと、煙は煙突から外に出るから、囲炉裏みたいに部屋が煙たくならない」
村人たちはぽかんと口を開け、誠と暖炉を交互に見る。
「なんてぇ仕組みだ……」
「石を積んだだけで、こんな違うもんか?」
「いや、こりゃ誠、すげぇぞ……」
ミィナはというと、じっと暖炉を見つめたまま動かない。
「誠……これ……ほんとにすごいよ。冬、絶対助かる……!」
その真っ直ぐな笑顔に、誠の胸に温かいものが広がった。
その場にいた村人たちも、どっと声を上げる。
「ミィナもこれ欲しいな〜うちも作ろう!」
「そうだな……わしの所も作るか!」
「……おい誠! 後でうちの妻をここに寄越すから、これ見せてやってくれ!こういうのは女房が良いって言えば許可が出るんだ!」
「はは、もちろん構わないよ。板に書いた図面もあるし、作る時は手伝うよ」
「おおっ! 誠、恩にきるぞ!」
暖炉の温かさが広がる中、村人たちの間で暖炉の話題が持ちきりになった。
「でもよ、石積むの大変じゃねぇか?」
「水路の時に出た粘土、まだ残ってるか?」
「煙突ってどうやって作るんだ?」
「うちのはちょっと狭いが置けるか?」
質問の嵐が誠を包む。
ミィナも誇らしげに笑っていた。
どこかでアイが袖の影からこっそり囁く。
『誠様の評価が急上昇中ですね。村のインフラ改善が順調に進んでいます』
だろ……? まあ、アイのおかげでもあるんだけどな。誠は胸の内で苦笑した。
村人たちはその後もしばらく暖炉を囲み、冬の苦労話や、暖かい部屋での暮らしを想像して盛り上がった。
夕方になってようやく解散する頃には、
「誠、明日から材料集めるぞ!」
「家の場所に合わせて大きさ考えような!」
「うちも絶対作るんだからね!」
すっかり村全体の一大プロジェクトになりつつあった。
誠は暖炉の暖かさを感じながら、小さく呟いた。
「……よし。これで、この冬を乗り切れる」
炎がぱちりと音を立てる。
その火は、誠と村の未来を温かく照らすように揺らめいていた。




