冬の恐怖と暖炉工事開始
翌朝。
誠は水路整備に向かう前、胸の内に渦巻く不安を抑えきれず村人たちへ質問することを決めていた。
(アイが間違っているとは思えん……でも、念のために現地の人間に聞いとくべきだよな)
作業の準備をしている男衆のところへ近づき、誠はなるべく自然な声で尋ねた。
「なぁ……この村って、冬はどれくらい雪が積もるんだ?」
すると、村人たちは「何でそんなこと聞くんだ?」とでも言いたげな顔で見合わせた。
最初に答えたのは、ひげ面の中年だった。
「ん? 年によるぞー。膝ぐらいの年もあれば……腰まで来る年もあるな」
別の男が言う。
「いや、この前の大積雪の年は胸まで来たろぉ? 俺んとこは家の窓半分くらい埋まったぞ」
「うちは屋根が半分折れかけた。重くてよー。あの時は死ぬかと思ったぞ」
あっけらかんと笑いながら語る村人たち。
だが誠の背中には冷たい汗が流れ続けた。
(……胸!?胸まで積もるって……ここ、標高高かったのか!?いや、それ以前に小屋の強度……絶対足りないだろ!!)
誠の顔色が真っ青になる様子に、村人の一人が首を傾げた。
「誠、大丈夫か? 顔色わりぃぞ」
「い、いや……その……」
誠は引きつった笑みを浮かべ、何とか場をごまかした。
(アイ……本当にありがとう……聞いといて良かった……)
誠は深く決意した。
午後からは水路整備外してもらおう……小屋、まずい……絶対今のままじゃ死ぬ!!
午前中の作業を終える頃には、誠の心はもう完全に固まっていた。
作業を片付けている合間、誠は村人たちに声をかけた。
「悪い、午後は俺……別の作業をする。水路の方は……今日だけ外れさせてほしい」
「ああ? 別の作業?」
眉を上げた者もいたが、昨日までの信頼が積み上がっているのか、誰も反対しなかった。
「ああ、誠ならまた何か作ってくれるんだろ?任しとけ。水路は俺らでやっとく」
「無理するなよー。お前、時々変に働きすぎなんだよ」
誠は胸を撫で下ろし、皆に礼を言って小屋へと戻った。
■ 暖炉工事、開始
小屋に戻ると、誠は急いでアイを取り出した。
「アイ、やるぞ!」
『了解しました。暖炉型への改修、煙突設置……優先度は“最重要”です』
誠は大きくうなずき、まずは囲炉裏周りの道具を全部部屋の隅へ寄せる。
ゴザも巻いて壁際に寄せた。
アイが暖炉の設計図を立体表示する。
誠はスマホを傍らの木の箱に立て掛け、何度も角度を変えて確認する。
「ふむ……石組みは三段構造……燃焼室がここで……煙道はこの角度から上へ……こうだな」
『はい。石の接合部には“水路整備で発見した粘土層”を使用できます』
誠は昨日ミィナたちと掘り上げた水路の脇まで行き、粘土の塊をふんだんに持ち帰った。
「これを練って……目地に詰めると……」
粘土を練りながら、誠は冬の寒さを想像してゾッとした。
考えるほどヤバい。村人は慣れてても……俺じゃ絶対耐えられん)
■ 石運搬と組み上げ
暖炉に使う石は、昨日のうちに多めに運んでおいた。
腰ほどの大きさの石から、片手で持ち上げられる石まで様々だ。
誠はまず土台となる大石を三つ選び、それを床に並べた。
「ふぬっ──っと!」
汗を流しながら何度も位置を調整し、水平をスマホのアプリで確認する。
アイが補足してくれる。
『大きな石の隙間には粘土を多めに。これが断熱と固定の役割を果たします』
「了解!」
誠は指に粘土をたっぷりつけ、石と石の間に力強く押し込んだ。
地味だが、隙間風を防ぐための大切な工程だ。
次に誠は中型の石を積み上げていく。
「ここが燃焼室の壁で……このアーチ状の石を前に置いて……」
だんだん形になっていく暖炉。
石の重量が身体に圧し掛かるが、誠は必死に積み続けた。
これが俺の命の壁になるんだ……絶対に手を抜けん!)
■ 煙突づくり
暖炉の形が整ってきたところで、誠は外へ出て煙突に使う石を確認した。
アイが言う。
『煙突部分は崩落の恐れがあるため、石は“細長いもの”を優先しましょう。粘土も通常より硬めに練ったものを使います』
「了解!」
誠は細長めの石を選んで運ぶ。
村で拾える石は種類も大きさもさまざまだが、なんとか形にできる。
暖炉の背後から煙道の入口を作り、
そこから上へ──
「……よいしょっ!」
石を積んでは粘土で固め、また積んでいく。
高さが本人の胸を越える頃、誠の顔は粘土まみれになっていた。
でも……これで煙が外へ逃げてくれれば、部屋の温度が上がる
完成が見えてくるたびに、誠の不安が少しずつ希望へと変わっていく。
■ ミィナ来訪
夕方。
まだ煙突は途中だが、暖炉部分はかなり形ができていた。
そこへ、戸口からミィナの声が響く。
「誠ー? な、何やって……うわっ!? 何だこのデカい石の塊は!」
ミィナが驚いた顔で小屋の中に入ってくる。
誠は苦笑しながら答えた。
「ああ……冬がヤバいらしいって聞いたから……暖炉を作ってるんだ」
ミィナは目をぱちぱちさせた。
「なに? あんた、こんなの自分で……?すげぇな……!」
誠は肩をすくめた。
「死にたくないからな……」
ミィナはしばらく暖炉を観察すると、
ふっと優しい顔でつぶやいた。
「……手伝えることあったら言ってよ?誠、あんまり無茶するなよ」
誠はその言葉に一瞬、胸が熱くなった。
「ありがとう……。本当に助かる」
ミィナは頷き、小屋を出る前にもう一度振り返った。
「夕飯できたら呼びに来るからなー!」
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誠はミィナの背中を見送り、暖炉に視線を戻す。
(絶対に完成させる……冬までに……間に合わせる!)
そして誠は夕暮れの中、
石を積み続けた。




