小屋強化計画
ミィナとの山歩きから戻り、誠は小屋に入るなり襖を閉め、誰もいないのを確認してからそっと胸ポケットからアイを取り出した。
「よし……話せるぞ」
アイの小型画面がふわりと光り、昨日からの山の撮影データが表示される。
木々、下草、獣道、地形——それらが軽く編集されて並んでいた。
そしてアイは、いつも通り落ち着いた声で話し始めた。
『まず、山の植物・生態系についてですが──
この地域、人の生活圏のすぐ外側にしては、異様に手つかずの状態です。“管理されていない自然”といえば聞こえは良いですが……』
誠は腕を組んだ。
「……不自然ってことか?」
『はい。普通は、伐採・採集範囲がもっと広がるものです。しかし、この村は柵から遠ざかるほど、明らかに人の手が入っていません』
誠は顔をしかめた。
「危険があるからか? 獣とか……山賊とか?」
『その可能性はゼロではありませんが、単純に村の人数が少なくて手が回らない可能性もあります。ただ、どちらにしても“地球基準の歴史観”では測れない世界です』
「まあ、こっちは木の実を取るための山道すら獣道レベルだしな……」
誠は深く息を吐く。
(この世界、まだまだ分からんことだらけだな……下手に知ったかぶりしたら死ぬかもしれん)
アイは分析を続けた。
『現段階では決定的なことは言えません。引き続き情報収集が必要です』
「だよな……こっちも無理せず、できる範囲で探るしかないか」
誠が肩を回して気持ちを切り替えようとしたとき──
アイの画面がふっと暗くなり、次の表示が出た。
〈重要提案 生活環境の改善〉
『誠様には申し訳ありませんが、水路整備以外に……“小屋の強化”を提案します』
「強化? 何のために?」
アイは山の植物の映像を数枚表示した。
葉の形、木の分布、地形、標高。
誠にはただの木々にしか見えないが、アイには別の意味があるらしい。
『植物の種類・成長具合・地形条件を総合すると、この地域……冬場の積雪量が非常に多い可能性があります』
誠は固まった。
「……は? 雪? いやいや、いま夏の終わりぐらいなんだろ? 冬になったら寒いってのは分かるけど……積雪“多い”ってどれくらいだ?」
アイは淡々と、しかし控えめに答える。
『地球ベースですが……多い所で、膝……いえ、腰……最悪、胸ぐらいまで積もる地域と類似しています』
「なにーーーっ!?」
誠は勢いよく立ち上がり、頭を抱えた。
「胸まで!? いやいや待て、俺の小屋……壁隙間だらけ! 断熱ゼロ!夜はまだ夏なのに冷えるんだぞ!?冬きたら……普通に凍死じゃねぇか!!」
アイは追い打ちをかけるように、冷静な提案を続けた。
『誠様の小屋は現状では冬季の低温に耐えられません。ストーブも炉も無く、隙間風も多い。現状のまま冬を迎えると、凍死の可能性があります』
「いやマジか!!それ今言う!? もっと早く──」
『山の植物調査により、確証が持てましたので……』
「うぐ……っ!」
誠はその場にしゃがみ込み、頭を抱えたまま震えた。
村の生活、最低限水路、農作業……
その辺に気を取られすぎてた……
自分の身の安全を後回しにしてた……
ヤバいやつじゃん俺
アイが画面を切り替える。
〈小屋強化案〉
『まずは暖を取る装置を。囲炉裏型では熱効率が低く、室温維持には不十分です。石積みの暖炉型への改修を提案します』
「暖炉……石を積んで、燃焼室作って……煙突もいるよな?」
『はい。石を多く使うため重量がありますが、現在の小屋の床なら何とか耐えられます。まあ土間ですから。。そして──煙突の作成を最優先推奨します。』
煙突……確かに、囲炉裏のままじゃ煙が全部室内にこもる。
誠は真剣な表情になった。
「暖炉……煙突……断熱……これ全部一人でやるのか俺……?」
『はい。ただし、材料運搬などはミィナにお願いしても問題ないでしょう。小屋改善は“誠が生き延びるため”の重要案件です』
誠は大きく息を吸い込み、壁を叩いた。
「よし、やるしかねぇ……!ここで死ぬわけにはいかん!」
アイの画面が少しだけ明るくなった。
『誠様……では強化案その二を。小屋の断熱性を上げる方法についてです』
「おお、頼む……!」
『壁の内側と外側に追加板を張る・隙間は粘土で埋める・床下に干し草を詰め断熱層を作る・屋根は藁を二重にする……この四つを組み合わせれば、冬の生存確率は大きく上がります』
誠は拳を握った。
「よし、すぐに取り掛かるぞ!」
アイが小さく頷く。
『誠様、まずは暖炉の設計図を……』
その瞬間、外からミィナの声が響いた。
「誠ー? 今日の夕飯、食堂で一緒に食べよー!」
誠は思わず立ち上がり、慌ててアイを胸ポケットに滑り込ませた。
「よし……今日の夕飯のあと、早速石集めするか……!」
そして誠は心に誓った。
“冬”に殺されてたまるか……!準備して、絶対に生き残る。この世界に来た意味を、そこで絶対に掴んでやる




