休むという概念と外の世界
水路整備は順調に進んでいたが、ある日ふと俺は気付いた。
――この世界、休暇という概念がない。
んなバカな、と思って村人に軽く聞いてみた。
「休む日? なんだそれ?」
「体が動くのに、休む必要があるのか?」
……って顔された。
「いや、あるだろ普通……仕事しない日って」
「? 体が壊れたときは寝るぞ」
「そういう意味じゃねぇ!」
完全に話が噛み合わない。
マジか、この世界ガチ勢か。
小屋に戻った後、俺はアイに聞いてみた。
『誠様。“休暇”という制度は文化によって異なります。ここでは概念そのものが存在しない可能性があります』
「いやそれはわかってるけど……なんとかならね?」
『誠様。制度として突然導入するのは困難です。ですが、別の名目で時間を確保する方法なら可能です』
「別の名目?」
『“水路整備から外れる日を作る”ことを提案します』
……それ、実質休暇じゃない?
まあいいか。完全休日より角が立たない。
俺はさっそくミィナに相談した。
「ミィナ、明日……その、村の外の様子を少し見たいんだが。
水路以外の場所ってどんな感じか気になってな」
「外? 柵の向こう? まあいいけど」
あっさり了承された。
思ったより簡単にいったな……。
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■裏山へ行くはずが、なぜか背負い籠を持たされる
翌朝。
ミィナは無言で俺に背負い籠を渡してきた。
「え……これ?」
「薪、拾って帰るでしょ?」
「……ああ、やっぱりそういう発想か……」
ここでは“歩く=何かを運ぶ・拾う”でセットらしい。
休むとか観察とか、そういう概念は微塵も存在していない。
「まあいいや、行くかミィナ」
「うん、ついてきて」
柵の扉を抜け、裏山へ。
足場は悪いが、ミィナは猫のようにしなやかに歩いていく。
ポケットの隙間から、アイが小さく振動した。
撮影モードの合図だ。
(ここで会話は禁止だぞ)
(了解しました。後でまとめて報告します)
完全に“調査隊”の空気である。
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■山には四季の恵みがある
ミィナは歩きながら、ぽつぽつと説明を始めた。
「春はね、あの辺りで山菜が採れるよ。苦いけど、煮るとうまいんだ」
「へぇ……たらの芽っぽい何かとか?」
「タラの……何?」
「あ、いや、こっちの言葉じゃないから忘れてくれ」
ミィナは気にせず続ける。
「秋になると、こっちに栗が落ちる。たまにリスと取り合いになるけどね」
「リスいるんだ……」
季節の恵みは豊かだが、誰も“娯楽”として来ているわけではない。
あくまで生活の延長だ。
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■山の中腹にて。“隣村”の存在
中腹にさしかかった頃、ミィナがふいに指さした。
「あれ、見える? あれが隣村だよ」
「あ、ほんとだ……!」
木々の隙間からは、遠くの小さな集落が見えた。
俺はそこで、ふと気になった。
「なあミィナ。この村の責任者って村長だよな?」
「うん、そうだね」
「じゃあ、その村長の上は誰なんだ?」
ミィナは足を止め、不思議そうに俺を見る。
「……どういう意味?」
「いや、国とか領主とか……そういうの」
「国……?」
本気で不思議そうだ。
どうやらこの世界、“村単位で完結している”らしい。
「えっと……じゃあ、村が増えたらどうするんだ?」
「人が多くなったら、別の場所に移って新しい村を作るよ。
昔からそうしてきたみたいだから」
なんてシンプル……。
「村同士で争ったりとか……あったりするのか?」
俺が少し身構えて聞くと、ミィナは肩をすくめた。
「昔はあったらしいよ。でも、最近は聞かないね。争っても食べ物は増えないし、怪我人が増えるだけだから」
その言葉に、俺は胸を撫で下ろした。
よかった……戦争なんて日常的に起きてたら、生き延びるどころじゃない。
ミィナは笑顔で言った。
「誠、どうしたの? 顔が険しくなってたよ」
「いや……ちょっと安心しただけだ」
「? よく分かんないけど、安心したなら良かった」
ミィナの尻尾が、ふわりと揺れた。
■小屋に戻れば、また分析が始まる
薪を半分だけ拾って村に戻ると、ミィナは満足そうに言った。
「うん、今日はこんなもんでいいでしょ! ありがと誠」
「いや、案内してくれて助かったよ」
小屋に戻り扉を閉めると、ポケットの中のアイがすぐに反応した。
『誠様。撮影した内容を解析し、外部情報を整理します』
「頼むぞ、アイ」
『はい。報告まで少々お待ちください』
アイは光を落とし、静かに処理を始める。
俺は囲炉裏に火を起こしながら思った。
――この世界の外は、もっと広い。
村単位の世界。争いは少ないが、守ってくれる存在もいない。
だからこそ、俺は生き抜く知恵を積み上げていくしかない。
アイが弱い声で言った。
(誠様……外の環境、かなり重要な情報があります。後ほど報告します)
「なんだよ、怖い言い方すんなよ……」




