季節の仕事と、先を見通す瞳
水路の整備は、相変わらず“空いた者が空いた時間にやる”方式で続いていた。
力仕事だから男手が中心だが、皆の顔には以前より活気が出ている。
「誠殿、次の石はどこへ置く?」
「そこだ、そこ。流れが分岐しないよう、少し斜めに入れてくれ」
こうして声を掛け合いながら、慎重に、そして確実に水の通り道を形にしていく。
大型の水車こそまだまだ先だが、まずは水を“思ったところに流す”ことが大事だ。
村の基盤はここから始まる。
そんな作業をしながらも、気持ちのどこかには、2〜3日前に仕込んだ“アレ”の結果が気になっていた。
■糠漬け、初試食。まさかの好評。
昼過ぎ、休憩に戻った俺に、数人の村人が笑顔で駆け寄ってきた。
「誠殿! あの……例の漬けたやつ、食べたぞ!」
「うまかった!!」
「酸っぱくて、なんか体に良さそうな味だ!」
第一声がこれだ。
俺はほっと胸を撫で下ろした。
「そうか、それは良かった」
「良かったどころじゃねぇ! うちと隣の家で味が違ったんだ。なんでだ?」
「あーそれな。家によって環境とか、混ぜ方とか、微妙に違うから味が変わるんだよ。まあ“育てる”漬物だと思ってくれ」
「育てる……漬物?」
村人たちは首をかしげながらも、目は妙にキラキラしていた。
「なら色んな野菜漬けてみるか!」
「こっちは根菜が合うんじゃねぇか?」
「うちの娘、あれ気に入っちまってよ」
思いのほか反応が良くて、俺は思わず笑ってしまった。
食文化が一つ変わる瞬間ってのは、案外こんなふうに、日常の隙間で起こるもんなんだろう。
「じゃあ、試しに色んな野菜漬けてみてくれ。季節の保存にも役立つ」
「任せとけ!」
こうして糠床は、各家庭ごとに“独自進化”を始めた。
これ、数年後にとんでもない名物になってたりしないだろうな……。
■アイから来る“未来への質問”
そんな中、作業の合間を利用してアイが話しかけてきた。
『誠様。さらなる情報が必要です。この村では、秋から春にかけて、どのような作業や行動が行われているのかを確認してください』
「また先を読んでるな……」
『冬の過ごし方は、食料需要と労働計画に直結します』
もっともだ。俺は頷きながら、手を止めず石を運び続ける。
『そして、次の対策案を立てておきます』
「……たく、なんで俺には“直接チート”が無いんだよ」
思わずぼやいてしまう。
便利アイテムが出てくるでもなし、魔法が使えるわけでもない。
せいぜい頭の中にあるわずかな知識と、アイという人工知能だけが頼りだ。
だが、アイの存在は間違いなく“チートに限りなく近い何か”だ。
『誠様の知識と私の分析があれば、十分に戦えます』
「ならその言葉、信じるわ」
アイの冷静な声に、少しだけ背中が押された気分になった。
■ミィナに“季節の仕事”を聞いてみる
休憩時間、俺はミィナを呼んだ。
「ミィナ、秋から春までの村の仕事ってどうなってる?」
「どうって……まあ、秋は収穫、冬はほぼ家にこもるよ。寒いし。春は畑の準備。土地を起こしたり、肥やし撒いたり」
ざっくりしてるが、十分参考になる。
「冬は家にこもるのか?」
「うん。そりゃ雪も降るし、外で作業しても寒いだけだし。動物の世話くらいだね」
なるほど。
アイの目的が見えてきた。
■日課になりつつある“撮影調査”
水路作業が終わる頃には、夕日が村を橙色に染めていた。
俺は荷物をまとめると、村人に気づかれないようにそっと森の陰へ移動する。
「……よし、今のうちだ」
周囲を確認し、アイを取り出す。
「撮影モード、頼む」
『了解しました』
アイから無音で光が広がり、今日作った部分の水路、石の配置、流れの方向などを記録していく。
これを見直すことで、翌日の“改善ポイント”が分かるようになった。
最初は行き当たりばったりだった作業が、今ではすっかり“計画的工事”に変わっている。
『誠様、今日の問題点が三つあります。明日、改善案を提示します』
「いつも助かる。マジで」
『誠様の作業が正確だからこそ、私の分析も活きるのです』
なんだその褒め方。少し照れるじゃないか。
袋にアイをしまい、小屋へ戻る足取りは、以前よりも確かに軽かった。
少しずつだが――
俺はこの村の役に立てている。
そしてそれが、俺自身の居場所を少しずつ作り始めている。
「……よし、明日もやるか」
そう呟いた俺の頭上を、夜空の星が静かに流れていった。




