遺品の刀と眩い光、そして森の中で——
祖父の葬式が終わったあと、誠はやり場のない空虚さを抱えたまま、静まり返った家に戻った。両親が幼い頃に亡くなってから、ずっと自分を育ててくれた祖父。その大黒柱がいなくなった家は、まるで外気よりも寒い。
「はぁ……就職、どうしようかな」
大学は卒業したが、就職先はまだ決まっていない。祖父が倒れたとき、就活どころではなかった。そして祖父が亡くなった今、誠は完全に一人だ。
ため息ばかりが増える。
それでも、葬儀の片付けや事務的な作業という現実は待ってくれない。誠は気持ちを奮い立たせ、蔵の整理に取り掛かった。年季の入った木の蔵は、埃と湿気の匂いが混ざり、どこか懐かしさもある。
「どれも古いもんばっかだけど……売れるのかな、これ」
木箱を開けると古い農具やら茶碗やらがぎっしり詰まっていた。祖父の几帳面さがよく分かるほどに整理された蔵だったが、奥の方だけ妙に物が積まれていた。
その中に、誠は見慣れない長方形の包みを見つけた。
「……刀?」
風呂敷を解くと、そこには黒漆の鞘に収められた一本の刀があった。祖父が刀剣を集める趣味など聞いたこともない。
思わず手を伸ばし、柄に触れたその瞬間——
“バチッ”
「うわっ!?」
手を弾かれるような感覚と同時に、視界いっぱいにまばゆい光が広がった。あまりに強烈で、誠は思わず目を閉じる。光は増すばかりで、世界が白一色になった。
そして——意識が途切れた。
***
風の音。鳥の鳴き声。湿った土の匂い。
「……ん?森?」
誠はゆっくりと目を開けた。眼前には木々が生い茂り、見上げれば葉の隙間から光が差し込んでいる。
「ちょ、ちょっと待て……俺、さっきまで蔵にいたよな?」
状況が理解できないまま立ち上がる。体は健康そのもの。手には、なぜかあの刀をしっかりと握っていた。
服装もそのまま。大学時代から着ていた普通のジーンズとパーカー。ポケットの中にはスマホも財布も入っている。
「……転移?いやいや、そんなバカな」
一人ノリツッコミをしながらも、心のどこかでは“そういう展開なのかもしれない”と感じてしまう。変にラノベを読みすぎた自覚はある。
とにかく歩くしかない。森の中をさまよい、枝を避け、木の根に足を取られながら歩くこと数十分——。
視界の先に光が広がった。
「……出た!」
勢いよく木々を抜けると、広がっていたのは田園風景。どこまでも続く黄金色の畑、のどかな農道、遠くに見える素朴な家々。
日本の田舎と言われれば納得してしまいそうな景色だ。
「これ……日本の田舎?ワンチャン、迷い込んだだけか?」
ポケットからスマホを取り出す。
圏外。
「おいおい……こんな時代に圏外なんて日本じゃほとんどないっての」
嫌な汗が額を流れる。
試しに、小声で言ってみる。
「ステイタスオープン……」
…………何も起こらない。
「だよな。そう簡単に異世界チートなんかあるかっての」
少し安心して、少し落胆して、複雑な気持ちで畦道を歩く。と、そのとき。
——人の気配。
誠は思わず身を屈め、近くの草むらに隠れた。
やがて、二人の人物が道を歩いてきた。
柔らかい麻の着物。粗く編まれた草履。背には薪らしき束を担いでいる。
「……戦国時代?の農民みたいだな」
言葉は理解できる。明らかに日本語だ。だが服装だけが完全に時代劇の中のそれ。
誠の脳裏に1つの可能性が浮かぶ。
(まさか、戦国時代に……タイムスリップ?)
気が遠くなりそうなほど途方もない考えだが、他に説明がつかない。
「……いや、でも言葉が現代日本語っぽいし……でも服装は完全に当時の……?」
混乱しつつも、誠はさらに耳を澄ませた。
——すると、別方向から別の気配がした。
(また誰か?)
誠が視線を向けた瞬間。
草をかき分け、ふわりと姿を現した少女がいた。
銀色の髪。大きな耳。ふさふさの尻尾。
そう、——獣人だった。
「……え、モフモフ……獣娘……?」
思わず目が吸い寄せられる。人間離れした美しさと、不思議な愛嬌。何よりスタイルが……いや、それどころじゃない。
(これもうタイムスリップでは絶対ない!完全に異世界だろ!!)
確定的な証拠に、誠の脳内でサイレンが鳴る。
少女は鋭い鼻をひくつかせ、こちらを探っているようだった。
その時——
「——おい! そこのお前、何をコソコソしている!」
背後から声が飛ぶ。
「うわっ!」
誠は振り返る。
そこには、槍を構えた男が立っていた。革鎧をまとい、こちらを警戒している。
「怪しいぞ。名を名乗れ!」
突然の事態に言葉が詰まる。
獣娘もこちらを見ている。農民らしき二人も、不安そうに立ち止まった。
状況は完全に詰んでいるように見えた。
しかし誠は、握っていた刀の重みを感じた。
(……どうする? ここで捕まれば終わりかもしれない。でも逃げたらもっと怪しい……)
覚悟を決め、深く息を吸う。
「俺は……誠。誠って言います。怪しい者じゃ……ない、はずです」
男は目を細めた。
「その刀……どこで手に入れた?」
「え?」
刀が、なにか重要なものなのか?
誠の脳裏を不安がよぎる。
その瞬間だった。
「——掴まえて!」
獣娘の少女が指差し、跳びかかってきた。
誠は反射的に後ずさりし——
「ちょっ、待っ……!」
森の茂みへと転げ落ちた。




