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第07話 禊《みそぎ》

 開いた扉の向こう、広めのコンビニ部屋には十数人の集団がいた。


 その集団の後方にいた数人が、扉の開いた音でこちらを振り返ると、おれたちを見てギョッとした。


 が、それはこちらとて同じだった。


 ダンジョンにこんなに人がいるなんて話が違う!


 ここはあまり相手を刺激せず、穏便に済ませたほうがいいな。


「ハハハッ……取り込み中でしたか……じゃ、失礼して――」


 おれは扉を閉めるべくスイッチに向かって手を伸ばす――


「待って!」


 ガシッと手首を掴まれた。


 見ると、銀髪の探索者、蝶番ナギが挑むような目で部屋の中を睨みつけていた。


 マジかよ!? この人もしかしてこの集団にも噛みつく気か!?


 と、同伴者の奇行にドキドキしていたのだが、


「みんな、今日はずいぶん下にいるのね」


 意外にも、蝶番は集団に向かって親しげに声をかけた。


「お嬢こそ、こんなに下で何を?」


 群衆を割って現れたのは、オールバックの巨漢だった。どうやら彼が集団のリーダー格のようだ。そして蝶番とは顔見知りらしかった。


 ひとまずおれは、ホッ、と安堵の息をつく。


「今日は新人探索者の同伴を、ね」


 そう言って蝶番は、おれにリーダー格の男を紹介してくれる。


「紹介するわ、彼はうちの探索班で後衛をやってもらってる、用心棒家当主、用心棒トキサダ」


 三十代半ばといったところか、体格のいい大人だ。いくつも修羅場をくぐってきたのだろう、顔つきも精悍で、喧嘩をしたら秒で負ける自信がある。


「こっちは今日が初めての外様探索者、石川サンエモン君」

「……ども」


 おれは軽く会釈をした。


「お嬢が同伴……ということは、そちらの方は蝶番家預かりの人間、ということでよろしいのですか?」

「まあ、そうなるわね」


 うん、蝶番家に預かられちゃった。どういう意味かは、まったくわからないが。


 フンッ、とトキサダは鼻を鳴らすと、値踏みするような目でおれの全身を見やる。


「で、みんなはここで何を?」と、蝶番。「もしかして――」


「今日は新たに加入した二人の裏方の(みそぎ)の日です。お忘れですか?」


「そうだったわね……」蝶番ナギは表情を曇らせる。


「禊?」


 訊くと、蝶番が説明してくれる。


「各々、これはと思う薬を持ち寄ってその効能を確かめ合うの、自分の身体を使って――」


「げ。マジかよ」


 禊についておれが難色を示したことにトキサダは気分を害したようで、露骨にムッとした。


「禊は仲間の結束を固めるための神聖な儀式。貴殿も蝶番家の一員というなら、今日、ここで禊を済ませてもらう必要があるが?」


「は? なんでそうなる!?」


「それが蝶番家の掟だからだ。例外はない。皆そうしてきた。そしてこれからもそうするだろう。そうだろ!? みんな!」


 ウォー!!! 


 トキサダが煽るように声を張ると、後方の集団がいっせいに沸いた。


 ひんやりとしたコンビニ部屋が一転、異様な熱気に包まれる。まるでどこぞの宗教施設のようだ。


「……そのことなんだけど、トキサダ」蝶番が割って入る。「彼の宝物は、ラベル無しでも、見るだけでその薬の効能が鑑定できるみたいなの。だから――」

「あっ、ちょっ、人の宝物を簡単にバラすなよ」

「だから、もうこんなことをする必要は――」


「こんなこと? いま、こんなこととおっしゃいましたか? よもや、我々の誓いを忘れられたとは言わせませんぞ? 神聖なる禊の何たるかを!」


 トキサダの圧に押されたのか、蝶番は少し気圧され気味に――


「……疑わしきは完飲せよ」


「そう! 疑わしきは完飲せよ! その精神でもって我々はいくつもの薬をその身で同定してきた! 治験でいうところの第Ⅰ相試験から第Ⅲ相試験までをたったの一日で終わらせて! 結果、使い物にならなくなった同士も多数いる! それでも我々は志半ばで倒れた同志たちの屍の上、進み続けてきた! すべてはお上ご所望の万病に効く薬を利得するため! 違いますか?」


 口調は丁寧だが、トキサダは次期当主である蝶番を威圧的に見下ろしていた。

 そんな彼に気圧され気味の蝶番だったが、それでも言葉を紡ごうと一歩前に出る。


「そうだけど……でも、もう、それはしなくていい。ここにラベル無しでもわかる利得者が――」

「どこの馬の骨とも知れない、外様ごときの言うことを信じるのですか?」


「この目で見たわ」


 蝶番はトキサダを真正面から見つめ返していた。


 が、トキサダは唇をすぼめるだけだった。まだ疑っているだろう。


 ややあって――


「薬をここへ」


 トキサダの命令を受けた裏方の一人が、お盆の上に三本のアンプルを載せてやってきた。


「本日、この三つのうち、二つの効能を明らかにする予定(・・)だった」


「どう? この中にありそう?」


 蝶番に訊かれ、おれはお盆に載った三つの薬にざっと目を通す。


 赤、青、黄色のアンプルにはいずれもラベルが貼られていなかった。


 が、ジーっと眺めていたら、それぞれのアンプルについての文字情報が浮かび上がってきた。


【いずれも飲んだ者を見たことがある】


【赤】【瞬間発情剤しゅんかんはつじょうざい】【惚れ薬】【飲んだ男に言い寄られて困惑した】【持続時間長し】【使うなら好意をもった異性に】【くれぐれも嫌いな同性に使うな】


【黄】【逆言症原液ぎゃくげんしょうげんえき】【逆を言う病に罹る】【嘘ばかりつくようになり非常に迷惑】【その者の言葉から類推し、病気を特定した】【思いとは裏腹の言を吐く】【非常に迷惑】【友を失くす】


【青】【万病素(まんびょうそ)】【※絶対に飲むな!】【大ハズレ】【口にした瞬間、すべての病が襲い来る】【時を待たずして死に至る】【大量に吐血し、ほどなく死ぬ】


「絶無ですな。っていうか、死ぬほど禍々しい薬があるんですが……お宅の薬品選考基準、オワッてません?」


「貴様……神聖な禊を邪魔するだけでなく、愚弄までするか!」


 トキサダは腰の後ろからアイスピックのような長い針を取り出した。明らかに武器のようだが、ダンジョン内に持ち込めているということは――


【宝物:万枚通(まんまいどお)し】【鋼鉄をも貫く鋭利な(きり)】【ダンジョンの壁をも通す】【近寄るべからず】


 やはり宝物だった。首筋に万枚通しの先端を突きつけられる。


「発言を訂正しろ」


「おれは見たままを言っただけだ。この中に飲むと死ぬ薬がある」


「あまりナマを言うなよ、新参の。即死剤ごときで臆する我らではないわ。それに、もし即死剤(それ)を口にしたとても、その者を救う手立てはいくらでもある――さあ、禊をするのか、しないのか……しないなら敵とみなし、それ相応の対応をさせていただく」


 ピリッと殺気立つ。どうやらマジのようだ。


 マジかよ。ダンジョン内での人間同士の加害行為はご法度のはず……でも、この様子だと、そんなルール、あってないようなものなのか。


「やめなさいトキサダ!」と、蝶番。


「いいえ、やめません。こればっかりはいくらお嬢とて口出し無用に願います」


 柔らかい口調で言った後、トキサダは声音を一段低くして、 


「さあ、どうする? 新参の――飲むのか、飲まないのか」


 本来ならここで飲むという選択は絶対にない。だが、飲まなかったら、さらにめんどくさくなるのが目に見えていた。


 ただでさえ、すでにクソめんどくさい展開なのだ。これ以上は勘弁願いたい。


 それに、さいわい三つのうち二つはあまり害がなさそうな薬だった。


 だったら――


「わかった。飲むよ」

「よく言った。では、二人、前へ」


 トキサダが声だけで呼び込むと、本日加入したという裏方さんが前にでてきた。女性と男性の裏方さんだ。いずれも不安と覚悟の入り混じった難しい顔をしていた。無理もない。


「大丈夫か? マジで人死にが出るぞ?」


 隣の蝶番に小声で訊くと、彼女もおれの音量に合わせて答える。


「トキサダも言ってたけど、即死剤を引いた者を助ける方法ならあるわ。あるけど――」


「さあ、それぞれ、これぞと思う杯を持て」


 トキサダの号令で蝶番の言葉がかき消された。


 くそっ、こうなったら飲むしかないか。


 おれは、何が悲しくて自ら病気にならなくちゃならないんだ、と思いながらも黄色のアンプル、逆言症原液を手に取った。


「アンプルの蓋を開けろ」


 いっせいにキュポッと開ける。


「では、志半ばで朽ちていった同志たちに、献杯」


「け、献杯」


 二人の裏方さんがアンプルを高々と掲げるのを見て、それを真似る。

 そして一気にあおる。


 ごくごく――


 おれは逆言症原液を一気に飲みほした。


 酸っぱ! 酢の物の残り汁を一気に飲み干したような甘酸っぱい風味が鼻から抜けていく。


 が、特段、身体に変化は見られない。


 即効性がないのだろうか。まあ、あってたまるか案件ではあるのだが。 


 すると、隣にいた女性の裏方さんが、はぁん、というなんとも気の抜けた声を出し、いきなりおれにしなだれかかってきた。


 かと思うと、彼女の手がもぞもぞとおれの股間をまさぐりはじめる。赤の惚れ薬を飲んだのだ。


「うわっ、気持ちいいなこのやろう! やめないで! もっとくっつけよ!」


「ちょっ、何言ってるの?」 


 おれのまさかの変態発言に、蝶番は正気を疑うような顔を向ける。


 が、言った本人が一番驚いている。


 あれ!? おかしいぞ……なんで思ったのと逆のことを言ってしまうんだ!?


【逆言症とはそういうもの】【思ったことの逆を言え】


 てことは、もっとくっついてほしいと言えばいいのか?


 ほんとうか? ここで思った通りの言葉が口から出ると、変態まっしぐらだぞ、おれ……。


 恐る恐る、おれは思ったことの逆を言ってみることにした。


「ちょっと離れろ!」


 ほんとだ!! 思ったのとは逆の言葉が出た!!


 めんどくさっっっ!!!


「あんた……バカじゃないの」


 心の中で感動しているおれに向かって、蝶番は冷ややかな罵声を浴びせてくる。


 つーか、こいつ……おれの苦労も知らないで……。


「おまえのそういうところが好きなんだよ」


「えっ」


「あっ、しまってない! 天才かおれは!! 最高だぜ!!!」


 しまった! 逆言症だった、バカかおれは!! 最悪だ!!!


 蝶番は唐突な告白にきょどきょどしはじめる。女子か。


 バカばっかりか!?


「いや、とても嫌いと言おうとしたんだ」


 おれは半泣きになりながらも必死に弁明する。


「これのせいだ。これ、思ったのと逆を言う薬なんだ」

「なんだ、だったら早くそう言いなさいよ」


 蝶番はなぜか少しがっかりしたようだった。


 一連のバカ騒ぎに一区切りついた、その時だった。


 青のアンプル、万病素を飲んだ男性の裏方さんが大量に血を吐いた。


戸羽(とば)の! しっかりしろ! 戸羽の!!」





★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


万枚通(まんまいどお)し レア度:C

アイスピックに似た形状を持つ鋭利な近接武器。その名の通り、一万枚の紙を苦もなく貫通するほどの切れ味を誇る。かなりの硬度を誇るダンジョンの壁も、薄い箇所なら穴を穿つことも可能。外界のモノがいっさい持ち込めないダンジョンにおいて、これ以上頼りになる近距離武器はそう多くはない。






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