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第04話 新種の冷獣

 寮のドアを開けると、またしても銀髪ショートの同級生、蝶番(ちょうつがい)ナギだった。


 セーラー服に身を包んだ蝶番はブスッとした顔でおれを睨みつけていた。不思議だ。なんでインターホンを死ぬほど連打された人より機嫌が悪そうなんだろう。


「一つ訊いていい? いったいどんな教育を受ければインターホンを連打する人間になるん? 目の前にボタンがあったらとりあえず連打しなさいって教わったん? 親に」


「いるならさっさと出なさいよ」


 普通にスルーされた。なんだろう、普段、温厚なおれでもさすがにピキる。


「えっ、一言目がそれ? 人ん家のインターホンを連打して住人呼び出しといて一言目がそれ? もう……なんというか……終わりやねこの国」

「というか、なんで半裸なの?」

「おほっ」怒り過ぎてオネエタレントみたいな声が出てしまった。「お前が入浴中に来たのであって好きで半裸になってるわけではない!!!!!!」


 おれの魂の咆哮が隣の墓場にむなしくこだました。 


「あっそう」

「……ヤバい。うざすぎて死ねる。うざ死する……死因うざ死て世界初じゃない?」


 一連のツッコみによる立ち眩みがおさまってから、あらためて用件を訊く。


「で? なんだよ? まさか勝負の続きをしようってんじゃないだろうな」

「違う」


 短くそう言うと、蝶番はカバンの中から茶封筒を取り出した。そして――


「ん」と、ぶっきらぼうにその封筒を差し出してきた。

「なんだよ、これ」

「お母さま――じゃなかった。理事長からの親書。預かってきたわ」

「親書? って、お手紙ってことか……」


 今朝のこともあるし急にドキドキしてきた。


 平静を装って手紙を広げる。


 えっと、なになに……。

 

 文面を読み進めるにつれ、手がプルプルと震えはじめる。イヤな予感が的中してしまった。


 書いてあることをざっくり要約すると、石川サンエモンに払っている奨学金と生活費は安くない、でも当の石川何某(なにがし)は追試ばかりで本番のダンジョンに行く気配がない、それはちょっと……なので、今回の追試は特例で70点ということにしてあげる、だから一週間以内にダンジョンに入れ。入らないと奨学金プラスアルファは打ち切る、とのことだった。


 さいわい、一週間以内にダンジョンに入って探索記録を提出すれば今まで通り奨学金は継続される、とはあったが、事実上の最後通牒で間違いなかった。


「ついに来てしまったか……この時が……」


「転ばぬ先の慧眼」


 ギクッ!

 慌てて手紙から視線を蝶番ナギに向ける。今確かに彼女はおれの宝物の名を口にした。


「あなたが継承した宝物の名称。違う? 効能は、一度見たものを記録する。たしかに効能的にはD判定ね」

「なんでそれを?」

「理事長に頼み込んでクラスの利得者リストを見せてもらったの」

「それは……プライバシーの侵害というやつでは?」

「特権よ。理事長の娘の」

「……くっ、またしてもリジノオサ……」


 上級国民め。


「で、親書にはなんて?」

「このまま奨学金生活がしたいなら、一週間以内にダンジョンに入れって」


 ばしゅっ、と手紙をひったくられる。


「へぇ、今日の追試、特例で70点だって。よかったじゃない」


 ぜんぜんよかないわ!


 って叫びたい。くそっ、こんなにも早くおれの人生安泰化計画に暗雲が立ち込めるとは……正直、一年は粘れると思っていた。


「で、でも、まあ、一度越境すればいいみたいだから、一瞬だけ越境して速攻で戻ってきたら――」 

「そんなんで通用するはずないでしょ。どこに何があるか事細かに報告しないと探索したと認められない」


 それなら転んだ先の慧眼で、めちゃくちゃ安全なルートを厳選していけば……あるいは。


「なに? ダンジョンに越境するのがイヤなの?」


 イヤに決まってんだルォ!!!!


 言えるわけがない。言ったが最後、奨学金その他もろもろが瞬時に打ち切られる。


「わかった」蝶番は何かを察したような顔で、「初めての越境が怖いのね。無理もないわ。でも、安心しなさい、今回は私も一緒に越境してあげる」


「いや、それは結構です」


「……」蝶番ナギは数秒の微笑を経て、「えっ!? いま断ったの!? S級の利得者が同伴してあげるって言ってるのよ?」 


 ダンジョンに長居したくないんだよ!! 


「おれは、アレだ……そう、根っからのソロプレイヤーなんで」

「……邪魔はしないわ」


 存在が邪魔なんだよ!!! 


「……転校しようかな」

「無理。血判(けっぱん)の契約、交わしたんでしょ? 男女山は一度入山すれば出られない。死ぬまでね」


 なんで心なしか嬉しそうなんだ、この子。


 でも、そうだ。入学する直前、細い針で親指の腹を刺して血を出し、その血で契約書に判を押したのはほかならぬ、このおれだ。

 

 くそっ、奨学金プラスアルファにつられたあの時のおれをしばきたい! 


 でも、一度でもダンジョンを探索したらまた安寧が戻ってくる。またこの生活に戻れる。


 ハァ……ここらが限界か――


「わかった。逝くよ。ダンジョンに」


「そう、じゃあ明日(みょうにち)1730(ヒトナナサンマル)に私の家に来て――」

「いや、それはとてつもなくめんどくさいんで、今からサクッと越境する」

「今から?」

「ああ」


 イヤなことは早く終わらせるに限る。


「わ、わかったわ。下に車を待たせてるから、それで――」

「いや、【()(もん)】はもうウチに運ばれてるから、こっから入る」


「はあ!?」


 今日一でかい声を出した蝶番は、おれを突き飛ばすと、ローファをポイポイ脱ぎ散らしながら、どたどたとおれの部屋へと入っていく。


「あっ!! ちょっ!! まだ使用済みのティッシュが!!!!!」


 慌てて追いかけると、ゴミが散乱した広いリビングの真ん中で蝶番は愕然と立ち尽くしていた。


「……あなた……これがどういうことかわかってるの?」


「鼻をかんだだけです!!! 重度の花粉症なんで!!!!」

「そっちじゃないわよ!! 貼り門のことよ!!」


 貼り門――リビングの壁には畳一畳ほど不自然に真っ黒な部分があり、その真っ黒な壁に青い鳥居が貼りつけられていた。見ようによってはオシャンな調度品に見えなくもないが、何を隠そう、入寮初日に特務課を名乗る黒スーツが勝手に貼りけていった代物だった。


「ああ、そっちか…………起きてすぐ働け?」

「違う! 貼り門は言わずもがな、これを貼れる【()(かべ)】すらレア度Aの宝物なのよ!? なのに、それが個人宅にあるなんて――」

「へー知らなかった。ってか、押しピン刺さなくてよかったぁ……」


 蝶番ナギは呆れた表情で銀髪ショートをフルフルと振った。


「……信じられない……奨学金といい、あなた、いったいどこまで期待されてるの……」

「下界からのスカウト組はみんなそうなんじゃないのか?」

「ここまでVIP待遇の外様なんて見たことも聞いたこともない。皆無よ」

「ふーん」

「ふーんて」


 蝶番は何かを思い出したように青鳥居に近づくと不意に壁に頭を突っ込んだ。


「うおっ」


 すごい。女子高生の頭が壁にめり込んでいる。


 かと思ったら、すぐに引っ込めた。

 と、リビングの壁が水面ように波打つ。


 非現実的な現象に思わず声が漏れる。


「へえ、別の世界に行くとは聞いてたけど、そうなるんだな――」


「って、これ最下層じゃない!?」


 蝶番の驚きまじりの指摘に、おれはまたしてもピキる。


「はい! 本ダンははじめてなんで! 怖いんで! 最下層からでいいっすかね!?」


 いや実際おれはキレていた。なんで人のダンジョン事情を他人にとやかく言われなきゃならないんだ。こんちきしょーめ。


 蝶番はそれでも納得していなさそうな顔だった。仕方ない、少しだけ本当のことを言うか。


「まあ、ガチなことを言うと、あんたら先行組の探索漏れがあるかもしれないだろ。隠し部屋とか、隠された宝箱とか。そういうの気持ち悪いんだよ。おれはおれのやり方でマッピングしたい」


 もし万が一ダンジョンに入るなら、一番下から、と学園には伝えていた。


「いいわ。だったら私もここから入る」


「はあ? なんでだよ!? お前はお前の攻略中の門があるんだろ? そっから入れよ」

「また一から探索したくなったの。悪い?」

「悪い! 自分とこの門から入れ」

「門は全て男女山の所有よ。誰の門とかないわ」

「屁理屈を……ってか、なんでそうまでしておれと一緒に入りたがるんだよ。さっきからずっとつきまとってくるし……あっ、もしかしておれのことが好――」

「それ以上言ったら殺す」

「す――――酢豚か何かと勘違いしてませんか?」


 蝶番ナギは観念したのか、おれと越境したい本当の理由を話しはじめる。


「正直、あなたの実力が見たいってのが本音よ。本当(・・)の実力をね。さっきの路地での戦闘(あれ)。見たものを記録するだけじゃ説明できない。もっとほかにあるはずよ」


 まあ、そうなるか。だるっ。


 すると突然、蝶番はセーラー服のリボンをシュルっと抜き取った。そして、そのまま服を脱ぎはじめた。

 いきなり脱衣を始めた同級生に、おれはパニックに陥る。

 

「おい! ちょいちょいちょい! ちょい! 思い通りにならないからって不同意性交罪でおれをハメる気か!?」


 が……彼女の制服の下から現れたのは柔肌ではなく、黒の装備一式だった。ピッチリとした黒の七分袖に、膝上までのスパッツ。カバンからは黒いくつも出していた。


「なに?」

「いや、きょとんとした顔でなに? って……ってか、それって、もしかしてダンジョン用の装備か?」

「そうよ」


 どうやら制服の下にダンジョン用の装備を着ていたようだ。まぎらわしい……。


「というか、いま不同意がどうとかって言ってなかった?」

「いや、全然。言ってないです。ブドウって美味しいよねって」秒で否定する。聞こえてなかったのならそれが一番だ。「てか、こんなに脱ぎ散らかして……脱いだものはきちんと畳むって教わらなかったのか?」


 フローリングにはセーラー服にスカート、紺のソックスが脱ぎ散らかっていた。すぐそばに使用済みのティッシュが転がっていたりして、なんかちょっとエッチだ。


「そんなの、後でお手伝いさんがやってくれるわよ」

「なにその、パンがなければケーキを食べればいいじゃない的発言……てか、すげーな。そんな思考形態のお嬢様、ほんとに存在するんだ……令和だぞ今。信じらんない」


 ? という顔で小首をかしげる蝶番。


 どうやらガチで言ってるらしい。すごいな、生まれながらのお嬢様というやつは。


「というか、そっちこそ装備はあるの? 知ってると思うけど、本チャンのダンジョンは模擬ダンと違って持ち込みができないわよ。中で利得したもの以外は」

「ああ、それなら特務課が置いてったのがある」


 クローゼットの中から、埃のかぶった服とくつを持ってくる。どちらも布製。


「武器はないな……死ねってことかな?」

「さあ? 私には肺腑があるから」

「え……セコない?」


 時間もないし、ささっと着替える。黒の七分袖に、黒の長ズボン。それに真っ黒なくつ。なんか、全体的にパッツンパッツンで動きにくい。これもダンジョンで作られた生地なんだろうか。

 

「あの、じゃあ、前衛任せていいっすか」

 

 お先にどうぞ、とジェスチャーされる。

 なんの、おれは食い下がる。


「いや自分、宝物的に後衛に向いてて――」

「奨学金プラスアルファ」

「あっ、はい」


 蝶番ナギの魔法の一言で、おれは素直に門をくぐった。

 ダンジョン童貞、卒業の瞬間だった。


★ ★ ★


 ――理事長、蝶番サザナミ視点――

 

 薄暗い理事長室。


「トキサダ……密偵班(みっていはん)は何と?」


 訊くと、机の前に立つオールバックの大男、トキサダはスマホを耳から離した。


「たった今、お嬢と共にダンジョンに越境した、と。本当にこれでよろしかったのですね?」


 思い通りの展開に、蝶番サザナミは笑みを噛み殺しながら、


「治験モニターは多ければ多いほどいいですから。それに、あの子はただの外様ではない――」


「いっても簒奪者の子でしょう?」トキサダはすかさず反論する。「所詮は、我々門を守る一族を出し抜いて、ダンジョンから宝物を盗み出した盗人の血筋。(けが)れです」


「けれど踏破者を出した唯一の血筋でもある」


「踏破者!? まさか、その外様の名は――」


「石川サンエモン」

 

 イシカワ、と口の中で小さく発音して、トキサダはハッとなった。





★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


()(もん) レア度:A

ダンジョンへ通じる門扉。門といっても形状は多種多様で、日本では鳥居型が最も多く確認されている。一方、ユーロ圏ではドア型が主流。

日本国内では、現在16基の貼り門の存在が確認されている。


()(かべ) レア度:A

貼り門を設置できる唯一の壁。貼れ壁以外の場所では、貼り門を貼り付けることはできない。

また、貼れ壁にはモンスターを寄せつけない特殊な効能があり、安全地帯としての役割も果たす。

日本国内では、現在17枚の貼れ壁が確認されている。






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