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第03話 深窓の令嬢

 駅前の路地――


 真っ白な冷気の向こうから現れた銀髪ショートのJKは、スマホを耳にあてていた。どうやら救急車を呼んでいるようだ。彼女が一言一言を発するたび、口からは白い吐息が漏れていた。


「はい、男女山学園の蝶番(ちょうつがい)ナギです。救急車をお願いします。場所は……駅裏の路地です。はい、使用しました。なので急いでいただけると……はい――」


 銀色に輝くショートボブと、氷細工のように整った輪郭が印象的な彼女は、同じクラスの蝶番ナギ。理事長の娘にして蝶番家の次期当主。深窓の令嬢という言葉がピッタリの、まさに令嬢の中の令嬢だ。


 そんな通話中の令嬢を横目に、おれは氷漬けのウェンディゴをためつすがめつする。


「すげぇ……ガッチガチに凍ってる」


 透き通った氷の中に、二本脚で立つオオカミが閉じ込められていた。その形相たるや息をのむほど恐ろしい。が、どことなく美術品のような優美さも兼ね備えていた。


 静と動を同時に見ているような不思議な感覚に陥る。彼女が現れてから周囲の温度が一気に下がったが、寒さ由来ではない震えがブルっと身体中を駆け巡った。

 

 蝶番ナギが通話を終えたのを見計らい、おれは彼女に声をかけた。


「……これって、やっぱ蝶番の宝物なんだよな?」


 ハァ、と吐き出された蝶番のため息がキラキラと輝く。


「同じクラスなのに私の宝物を知らないなんて……まあ、万年追試エモ――外様(とざま)だから無理もないか」

「いま万年追試エモンて言った? 言ったよね? くそっ、やっぱりおれのあだ名は万年追試エモンで確定か。泣きそう」


「ええ、そうよ」蝶番はおれの独白を無視して、「私の吐息に触れたものはみな凍る。【極低温(きょくていおん)肺腑(はいふ)】それが私の利得した宝物」


「へえ。氷の息か……ラーメンとかふぅふぅするとき便利そう」

「生意気な口を封じるのにも使えるわ」

「ひえっ」


 氷だけに。

 

 蝶番ナギは凍りつきそうなほど冷たい視線をこちらに飛ばしてきた。

 どうやら気分を害されたようだ。話題を変えよう。


「ってか、特務課じゃなく救急車を呼んだってことは――」


「……お察しの通り、彼は元は人よ。生粋のモンスターじゃない」


「やっぱり……」


 よく見ると氷の中のモンスターには元人間の痕跡がちらほら散見された。腕にひっついた衣服の一部、それに破れたくつの一部。通常、モンスターはこれらを着用しない。


「ちなみに感染して三時間といったところね」

「三時間!? 三時間でこんななるのか!?」


 ……この毒、怖すぎない?


「あなた……ダンジョンのこと何も知らないのね」

「サーセン。なにぶん追試ばっかなもんで……」


 後頭部を掻き掻き下手(したて)に出ると、蝶番は呆れたように頭を振りつつ、毒についての講義をはじめる。


「ダンジョン最下層近傍に生息するモンスター、ウェンディゴによる毒よ。やつらの爪が掠っただけでもこの通り、手がつけられなくなる。だから男女山はウェンディゴの流出には細心の注意を払ってた――」


「でも、流出しちゃった?」


「特務課の調べでは、何者かが故意に放った痕跡があったらしいけど」


「故意に放った? なんでまたそんな危なっかしい真似を?」


「さあ、人類を滅ぼしたかったんじゃない?」蝶番は肩をすくめる。


「まさか――」


 だが蝶番ナギはふざけている風でもなく、真顔だった。

 人類を滅ぼしたいって、マジか? にわかには信じられないが。


「ところであなた、石原君だっけ?」

「惜しい。石川な」

「さっき表通りで私と患者の間に割って入ってたけど、あれ、どうして?」


 蝶番は本当に意味が分からないといった顔で訊いてきた。


「どうしてって……蝶番がモンスターに襲われてると思ったから、とっさに――」


「私が追っていたのよ。感染した彼を」


 蝶番はちょっとムッとした感じでそう言った。


「そうだったんだな。それは余計なことをした。素直に謝罪します。素謝(すしゃ)


 まあ、そうだよな。こんなに強い宝物を持っていたら一人でなんとかなるもんな。フフッ、余計なことをして勝手に死にかけただけとか、とんだピエロだな。

 これはもう、あれだ。寮に帰って泣きながら風呂に入るしかない。


「もう、なんか、いろいろと泣きたいので、今日は帰りますね」


 氷漬けのオオカミとそれを作った張本人を尻目に、とぼとぼと帰路につく。


「待ちなさい」

 

 ギクッ。鋭い声で呼び止められ、足が止まる。


「あなた……下界から奨学金待遇で上がって来たってことは、生体癒着型の宝物を継承してるんでしょ?」


「……」

「さっき、獣化徘徊病患者の攻撃を全部避けてた。あれ、宝物でしょ?」

「ちょっと何言ってるか――」


「フッ!」


 彼女の吐息と同時だった。蝶番の口から真っすぐこちらにナニカが飛んでくる。

 

 即座に視界が反応。


【→→→】【避けろ!】【ツララ注意!】


 おれに向かって飛んでくるツララを最小限の動きで避ける。


 避けられると思っていなかったのか、瞠目する蝶番ナギ。


 ややあって視界に詳しい情報がずらずらと表示されていく。


【宝物反応アリ:極低温の肺腑】【攻撃名:溜息(ためいき)垂氷(たるひ)】【利得者の口元より飛来】【非常に鋭利な氷柱(ひょうちゅう)】【眼球に刺されば失明不可避】【真正面に立つな】【喉への攻撃が有効】【肺を潰すのもあり】


「あっぶねー。てか、なんでいきなり攻撃!? おれそんな悪いことした?」


 訊ねるも、問答無用とばかりに、フッ! フッ! と何度かツララを飛ばされる。

 

 ――が、すべて躱す。


「なんで当たらないの!? こっちは学園でも二家族しか持ってないレア度Sの宝物なのよ!?」

「知らねーよ。そんな日もあるんじゃない?」

 

「あるかッ!」


 バキンッ! 怒れる彼女の一喝で路地の大半が針状の(しも)で覆われた。


 が、前もって後退していたおれにダメージはない。


一息(ひといき)氷室(ひむろ):周囲を瞬間冷凍させる】【接触個所の凍傷、および壊死に注意】【円錐状の霜による裂傷も】【5歩ほど下がれ】【速やかに下がれ】【これ以降、あまり息をするな】【肺が凍る】


 というか、何なんだこの女。生来の癇癪持ちなのか? 


「ちょい待ち! 悪いことをしたならガチで謝るから、何をしたかだけ教えてくれ」


「その軽薄な態度が(しゃく)(さわ)るのよ!」


「いや、それは……ここまで遺伝子を紡いできた先祖たちに言ってくれとしか……」


【それはない】【見損なった】【遺伝子は関係ない】【資質】【個人の問題】【情けない】【資質】


「ええ……先祖めっちゃ見放してくるやん。だるっ」


 どうやらこの場に味方はいないようだ。

 

 蝶番はすぐそばの壁にあった鋼管にフゥ~と息を吹きかけると、氷の剣を創った。柄の部分を持つとパキッとプラモデルみたいに外れる。


「おいおい嘘だろ……」


青色吐息(あおいろといき)氷雨刃(ひさめじん)】【切れ味抜群】【一振りで周囲が凍りつく】【遠距離武器を探せ】【ないなら逃走を図れ】


 蝶番は氷の剣を肩に担ぎながらこちらににじり寄ってくる。先ほどまでとは違い、ものすごい冷気だ。


「ちょっ、待て! 話せばわかる! だっておれたちホモサピじゃん? 同じ種じゃん?」


 ダメだ。止まる気配がない。それに目がガンギマっている……こわすぎだろ。


 これはもう会話による解決は望めそうにないな。仕方ない。


 ええい、ままよ!


 おれはビルのパイプにしがみつくと、ゴキブリよろしくしゃかしゃかとビルをよじ登った。


「逃がすか!」


 ジャギン! と蝶番が氷剣を一閃、虚空を()いだ。


 見ると、おれのすぐ下の壁が三日月状にパックリとえぐられていた。


 っぶねー、間一髪。


 この状態でツララを吹かれたら肛門から脳天まで開通するので、急いで登頂する。


「ったく、誰だよ、蝶番ナギを深窓の令嬢って言ったヤツは。新種の冷獣(れいじゅう)の間違いじゃないのか。やたらめったら凍らせてきやがって」


「ちょっ!! 待ちなさい!!」

「って言われて待つホモサピは絶滅しました、と」

 

 下からの静止を無視し、やっとのことで屋上へと這い上がった。


 屋上から遥か下、路地を見下ろすと、オモチャを買ってもらえなかった女児のごとく悔しがる女子高生がいた。けっ、いい気味だ。


「逃げる気? 降りてきなさい!」

「降りて何するんだよ。和平会談か?」

「勝負に決まってるでしょ」

「勝負て。ないわー……令和だぞ今……帰る! あばよ!」

「あっ、こら、待ちなさい!」


 怖かったけど、グッジョブだ、おれ。

 

 フハハハハハッ。



 街頭に灯がともる時間帯。

 電柱に貼られたポスターが、夏祭りが近いことを告げていた。


 もうそんな季節か。

 

 おれの住む学園寮は男女山神社の裏手、墓場の真横に建っていた。

 帰ってくるたびに思う。もっとほかに場所はなかったのか、と。


 まあ、死ぬほど静かだから暮らしやすくはあるけども。


 オートロックを抜けてエレベーターで5階へ。新築の3LDK。遮音性、断熱性能は最上級。キッチンも広く、お掃除ロボットのおかげでフローリングはいつもピッカピカ。

 こんないい部屋が三年間無料というのだから、万年追試はやめられない。


 風呂に湯を張り、肩までザブンとつかる。至福の時間だ。


「は~幸せとはこのことを言う~。今日は冷えたからな~、夏前なのにな~」


 ぴんぽーん。


「ったく、誰だよ人の幸せに水差す奴は。ま、今日は宅配便の予定もないし、すまんが居留守をつかわせてもら――」


 ぴんぽーん……ぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴぴぴぴぴんぽぴぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴぴぴぴぴんぽぴぴぴぴぴんぽぴぴぴぴぴんぽ――


「うざっ!!!」


 バスタオルでさっと股間を隠して玄関ドアを開けると、深窓の令嬢、改め、新種の冷獣がインターホンを連打していた。


「連打してもおらんもんはおらん!!!!!!!!!」


「いるじゃん」


「おらん!!!!!!!!!!!!」


 キレすぎて思わず出た故郷の言葉が、墓場の上にむなしくこだました。 





★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


極低温(きょくていおん)肺腑はいふ レア度:S

害意を込めると極低温の息が吐ける肺臓(はいぞう)。もちろん無尽蔵にというわけではない。一日に吐ける氷の息の量は決まっており、それを超過すると突然気を失う。息の絶対値は利得者の肺活量とは相関がなく、何をしても増やすことができない。なのでまずは自身の限界を知る必要があるだろう。






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