第98話 二人っきりになりたいのは
落ち着け。落ち着くんだ俺!
三条先輩の別荘は壮観だった。
開放的な吹き抜けのリビングに、現代的でありながら薪ストーブなどレトロさも取り入れた内装。窓からは海が一望できる。
おっと、ベランダにはバーベキューも可能な広いウッドデッキまで完備だ。
問題はそこではない。何故か俺の部屋が姫川姉妹と同室なのだが。
こんなあからさまな作戦はヤバすぎるだろ。大丈夫か? 三条先輩……。
「却下です」
当然俺は断った。三条先輩を廊下に呼び出して。
当の三条先輩は不満そうな顔になるのだが。
「あら、いけませんでしたか?」
「いけませんも何も、問題あり過ぎでしょ」
他の女子も居るのに何をやろうとしてるんだよ。
そもそも姉妹同時って? 3Pなのか? それ、姉妹丼なのか? ダメに決まってるぞ。
「進藤先輩と良い感じになって色ボケしたのかな?」
「何か言いましたか?」
「いえ何も」
だから、急に目を見開くのはやめてくれ。怖いから。
「とりあえず俺は岡谷と同室にしてください。女子は四人部屋で良いでしょ」
「はあ、わかりましたわ。意気地なし」
おい、この先輩、毒を吐いたぞ。
「俺のことより三条先輩はどうなんですか? ちゃっかり進藤会長と同室にしたりして」
俺の下世話な意味を込めた質問に、三条先輩は「ふふん」と笑った。
「烈火様ったらお可愛いですのよ。お風呂で背中を洗ってあげたりベッドで優しくマッサージをしてあげると、お顔を真っ赤にして恥ずかしがるの。うふふふふ♡」
ああ……。想像できる。とんでもないテクニシャンだぞ、この先輩。あの鬼烈火も三条先輩にかかると赤子扱いかな。
進藤会長……もう貞操の無事を祈るしかないです。
◆ ◇ ◆
水着に着替えた俺は、すぐ目の前に広がる砂浜に下りた。別荘から歩いて二分といったところか。
こんな絶景のロケーションなのに、俺の後ろでは初々しい百合カップルが何かしているのだが。
「ほら、烈火様♡ 日焼け止めを塗ってさしあげますわ」
「お、おい、三条! 我は日に焼けても構わぬ。あと、『様』を付けるのはやめないか」
「日焼けはお肌に良くないですわよ。烈火様♡」
「こら、そこを触るな! ああぁ♡」
ちょぉーっと待て! イチャイチャし過ぎだろ。あの鬼烈火が乙女になってるじゃないか。
「先輩、ビーチパラソルはこの辺っすか?」
ビーチパラソルやクーラーボックスを抱えた岡谷が、あくせくと働いている。こき使われているのに嬉しそうだ。
「おい、岡谷、百合の間に挟まる男はヤバいだろ。ぶち殺されるぞ」
古今東西、百合を邪魔する男は極刑と相場は決まっている。
「待て、おっぱいマスター安曇よ」
「誰がおっぱいマスターだ」
「安心しろ。俺は『イエス美少女、ドントタッチロリ』だぜ!」
「そっちの方が心配だぞ!」
まあ、岡谷は二次元オンリーなロリ好きだから大丈夫だろう。
「しかし何で三条先輩に?」
俺の疑問に、岡谷は苦悶の表情になった。
「安曇よ、俺はな……凶悪ドスケベギャルと淫乱黒髪ボブに詰められているうちにな、怖い女に命令されるとゾクゾクする体質になっちまったんだよ!」
ドMかっ! 難儀な体質だな!
まあ確かに三条先輩は謎の迫力があるけど。
「おまたせー!」
そんな俺たちのところに眼福タイム。
星奈の声がして振り向くと、そこには攻め攻めなビキニを着たギャルと、妙に艶めかしい黒髪ボブの美少女がいた。
「どう? そうちゃむぅ♡ うりうりぃ」
ギリギリまで布を少なくしたビキニでポーズをとる星奈。胸も零れそうだし下はハイレグで尻を強調するようになっている。
こんなの直視できない。
「お、おい、見せ過ぎだろ」
「そうちゃむになら見せてあげるし♡」
そう言って星奈がビキニの紐を引っ張る。胸の谷間を見せるように。
これに明日美さんがキレ気味だ。
「壮太君! 嬬恋さんばかり見てる! 私も水着姿なんだよ!」
「ちょっと待って。むしろ明日美さんの方がヤバい」
明日美さんもビキニだ。白い普通のタイプに見えるが、よく見るとローライズされているセクシーなやつだ。
「ちょ、見えそう……。それ丈が短くない?」
「ふふっ♡ 壮太君、何が見えるのかな?」
「な、何でもないです」
何が見えそうかは秘密だ。
「でも、あの紐みたいな水着じゃなくて安心したよ」
「あれはコスプレだよ。変な壮太君」
明日美さんなら着そうだから心配なんだよ。まあ、外じゃ着ないだろうけど。
あと岡谷は何で逃げ腰なんだよ? 二人が来たら速攻で離れたぞ。そんなに怖がらなくても。
「そうちゃん♡」
今度はノエル姉の声だ。期待を込めて俺は振り向く。
「って、な、なんじゃこりゃああ!」
しまった。つい驚き過ぎて変な声を出してしまった。
デカいデカいとは思っていたが、生……じゃなく水着で見ると凄い破壊力だぜ。温泉の時は湯気やタオルで見えなかったからな。
「どうしたの、そうちゃん?」
ばるんっばるんっ!
ノエル姉が動く度に、奇跡のように美しいGカップが揺れる。もう猫じゃらしを見た猫みたいに目を離せない。
「どうかな? 新しい水着だよ」
そう言って胸を強調するノエル姉。ピンク色のビキニが似合っている。
だからGカップを突き出すんじゃない。
「そ、そうなんだ。似合ってるね」
「えへへぇ♡ なんか去年のがサイズ合わなくなっちゃったからぁ」
「それ太っ――」
「太ってない! 太ってないからね!」
ノエル姉が全力で太ってないと主張する。大丈夫だ、太ってないから。ある部分が大きくなっただけで。
ギュゥゥゥゥー!
「って、痛っ! 痛いって! つねるなシエル!」
シエルが俺の背中をつねっている。
実はさっきから居たのだが、俺がノエル姉のGカップばかり見ていたので。
ちなみに水着はシエルの美しさを際立たせる紫色のビキニだ。恥ずかしがり屋なだけあって、下はパレオを巻いているけど。
「壮太ぁああ!」
「すまん。ついノエル姉に目を奪われて」
「こらぁああああああ!」
怒ったシエルが俺を追いかける。
俺は海まで逃亡だ。
ザブッ、ザブッ! ザバーン!
「お、おいっ!」
「きゃあああぁ!」
シエルに捕まり、一緒に倒れ込んだ。
口の中に海水が入り、塩の味が広がる。
「やぁああぁん、目が染みる! 壮太のバカ!」
「誰のせいだよ――ガボボボ」
ザッパーン!
喋ろうとしたら追撃の波がきて海水を飲んだ。
「ちょっと待て! シエルが俺に乗ってるから立ち上がれんぞ」
「きゃああっ! もうお仕置き! あははっ!」
と、まあこんな青春っぽい戯れをしているもんだから、皆の視線が痛くなるのだが。
「もうっ、そうちゃんったら!」
「そうちゃむ! また、しえるんばっかり構ってるしぃ!」
「壮太君! 私も押し倒して!」
若干一名、問題発言が聞こえた気がするが。
◆ ◇ ◆
別荘に戻った俺たちは、ウッドデッキでバーベキューをして盛り上がった。
俺は海で疲れてヘロヘロだが。
そんな俺のところに三条先輩がやってきた。
「あら、お疲れですか?」
「インドア派なもので」
「岡谷さんは海でもバーベキューでも働いてくださいましてよ」
三条先輩の忠実な僕となった岡谷は、バーベキューでも張り切って働いていた。
岡谷、お前ってやつは……。
「俺は肉を焼いていましたので」
「肉に挟まっていたの間違いでは?」
「くっ、否定できねえ……」
海で皆に散々乗られたり踏まれたりしたのだが、別荘に戻ってからも密着され続けたのだ。
確かに挟まっていたが正しいかもしれない。女子にという意味だが。
「安曇さん、この後はお待ちかねの肝試しですわよ。くじ引きでペアになって」
三条先輩が目を輝かせる。
「肝試し? まさか……くじに細工を?」
「ふふっ」
俺の疑問に答えるよう、三条先輩は笑った。
悪い先輩だ。ちゃっかり会長と二人っきりになるつもりだろう。
「安曇さんは誰とペアになりたいですか?」
その一言が、俺の心に波紋を作る。
俺は……誰と?
ノエル姉……憧れのお姉ちゃん……。俺は……ずっと好きなんだ。小さな頃から。
でも…………。
シエル……ちょっと変わっていて、いつも素っ気なくて。でも話が合って、一緒に居ると楽しくて。
俺はシエルと一緒に居たい。
ああ、むしろ姉妹両方好きだ。大好きだ。エッチもしたい。どちらかに決められない。
姉弟になるって分かってるはずなのに、こんな想いを抱いちゃダメなのに。
それに……星奈と明日美さん……。最初はからかわれてるって思ってたけど、今日もあんなにグイグイ来てくれてるし。
もう誤解じゃないよな……。
俺が二人っきりになりたい人は――――




