第97話 むぎゅむぎゅな夏休み
夏休みに入ったばかりの今日は海の日。まさに俺たちは海に向かっていた。
三条先輩が企画した怪し気な旅行……おっと、怪しいとか言っちゃダメだな。多少恋愛的トラップが有りそうだが、せっかく別荘を提供してくれたのだから。
そんな訳で、俺たちは三条先輩の別荘に向かっているところだ。
三条先輩が手配してくれた大型のミニバンは、海岸線の国道を南下する。若者で賑わうビーチを横目に。
この車には俺たちだけが乗り、三条先輩と進藤会長は別の車だが。
外は夏真っ盛りだが、車内はエアコンで快適な気温を保っている――はずなのだが、俺の周りだけ湿度高めだ。
どうしてこうなった!
「そうちゃん♡ お腹空いてない? ジュース飲む? お姉ちゃんに何でも言ってね♡」
車の二列目ベンチシートの中央に座った俺は、右側からノエル姉の甘々お世話焼きを受けていた。
Gカップ巨乳を押し付けられながら。
夏ということでノエル姉も薄着になっている。Tシャツから、薄っすらと巨乳を包むブラが透けているのだが。
「そうちゃむ♡ アタシの相手もしろし♡ ほれほれぇ♡」
左側からは星奈が抱きついている。背が高くグラマラスなボディを押し付けながら。
こちらはもっと過激だ。谷間や横乳が見えているキャミに、大胆に太ももを露出したデニムホットパンツ。
ギャルかよ! ギャルファッションかよ! って、星奈はギャルだったぜ。
「お、おい、近いって! 運転手さんに見られてるだろ」
俺は運転席に座った三条家専属ドライバーのおじさんを気にする。何となく執事のセバスチャンっぽい。
そのセバス(勝手に命名)が、ルームミラーで俺を見て微笑む。
「ご心配いりません、安曇様。寧々お嬢様から申し付かっております。安曇様が車内でエッチなことをおっぱじめてもスルーするようにと」
「おっぱじませんから!」
三条家に忠実なドライバーさんだった。
旅行に行く前から三条先輩は言っていたのだ。『わたくしにお任せください。姫川姉妹とくっつくように手配しておきますわ』と。
あの上品でお堅い先輩が、今では恋愛脳になっているなんて。変われば変わるものだ。
「ほら、そうちゃん♡ お姉ちゃんがマッサージしてあげるね♡」
むぎゅ♡ むぎゅ♡ むぎゅ♡
文化祭以降、ますます甘さに磨きがかかったノエル姉が言う。胸を押し当てながら。
もう完全にわざとだろ。
「ちょっとぉー! そうちゃむのイジワルぅ♡ アタシを無視すんなし♡」
むぎゅ♡ むぎゅ♡ むぎゅ♡
星奈も負けじと胸を押し当てる。スケベ姉に対抗してるのか!?
「ちょ、マズいって! 限界っ! もう限界だから! てか、トイレ行くから車止めてくれ!」
トイレと聞いて、ニマァっとエロい顔になったのは星奈だ。
「ぬししぃ♡ そうちゃむ、トイレで何するのかなぁ? もうっ、エッチぃ♡」
「何もしねえよ! 普通にトイレに行くだけだって!」
本当にトイレに行きたいだけなのに、ノエル姉まで恥ずかしそうな顔になった。
「そ、そうちゃん、我慢できないの? なら、お姉ちゃんが……ううっ♡」
「何の話だよ! トイレ行くだけだよね!?」
最近のスケベ姉とスケベギャルは、一体どうなってんだ。前より数段激しい気がするけど。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
当然ながらこうなるんだよな。分かっちゃいるのだが。
そう、俺の後ろの三列目シートから凄まじい殺気がする。もうヤンデレを超えてヤンギレみたいな。
「壮太君……やっぱり大きいのが良いんだ? そうだよね。小さい胸じゃ満足させてあげられないよね? もう世界も巨乳も滅べば良いのに……」
怖っ! 明日美さん怖っ!
三列目シートから身を乗り出した明日美さんは、俺の耳元に顔を寄せている。呪いの言葉をはきながら。
「壮太……極刑……。このエッチ、スケベ、ヘンタイ。お仕置きは極刑……」
反対側の耳にはシエルの声だ。冗談のようだが本気で怒っている気がする。
「ちょっと待て! 俺が望んで挟まれてる訳じゃないよね!?」
反論しようにも二人は許してくれない。
ヤンデレ目になった明日美さんは、俺の耳に口を付けるようにして囁く。
「壮太君って私に冷たいよね。中学の時は告白してくれたのに。もう知らない!」
「そ、それは、今はその話は。皆も居るから……」
「ふんだ、もう強引に既成事実を作るしかないのかな。壮太君が悪いんだよ」
明日美さんの目が本気だ。油断したらパパになりそうな気がする。
「そぉ~うたぁ~!」
一連の会話でシエルの威圧感が激増した。もう女王様ってレベルじゃねえぞ。
「待て、シエル! これは不可抗力だ! ヤンデレは自然災害だ! 話せば分かる!」
「問答無用!」
「痛っ! 痛ったた!」
シエルが俺の頬をつねってきた。
「やめろぉ! くっ、安曇死すとも自由は死せず!」
「それは板垣退助!」
「ナイスツッコみ! さすがシエルだぜ」
因みに『話せば分かる』で撃たれたのは犬養毅だ。
「壮太のバカ。もう許さない。極刑! 後で壮太の好きな足責め♡」
「ごめんね壮太君♡ 嫌いにならないで♡ 壮太君♡ 壮太君♡ 壮太君♡」
両耳からASMRボイス作品ばりのヤンデレ美声を無理やり聞かされる。
しかしそれだけではない。
ノエル姉と星奈も参戦だ。
「そうちゃん♡ お姉ちゃんがお世話するから♡」
「そうちゃむ……じゃなくご主人様♡ アタシ、ご主人様のエッチなメイドになっちゃうし♡」
むぎゅ♡ むぎゅ♡ むぎゅ♡ むぎゅ♡
「なんじゃこりゃあぁああああ!」
「それはこっちのセリフだぜ! この叡智ぱいマスター安曇め!」
我慢の限界で叫んだ俺だが、助手席に座っている男も一緒に叫んだ。
そうだ忘れていた。助手席に座っているのは岡谷だ。今回の旅行は彼も一緒である。
やつは三条先輩に禁句を言ってしまい、以来忠実な僕になったのだ。
『下働きお願いしますわね』と言う三条先輩の命令で、今回の旅行で色々とこき使われているのだが。ちょっと嬉しそうな顔して。
おい、岡谷! それで良いのか?
そんなことより、もう限界なのだが。
「セバスさん、トイレでスッキリしたいから止まってください」
「はい、承知しました、安曇様。あと、私はセバスではなく瀬場です」
ドライバーさんはセバスじゃなくセバだった。
◆ ◇ ◆
「ふう、スッキリしたぜ」
休憩で寄ったコンビニのトイレから出た俺は、洗った手をヒラヒラと振りながらつぶやいた。
スッキリといってもエッチなことはしていないからな。そりゃスッキリしたいのは山々だが、そんなのバレたら恥ずかしすぎる。
店を出ると、外のベンチではシエルたち四人が並んでアイスを食べていた。
さっきまで張り合っていたりピリピリした雰囲気だったのに、今は仲良し女子グループみたいだ。
「女子って難しいぜ」
「くっそ! くっそ羨ましい……」
独り言をつぶやいていると、横から岡谷が首に腕を回してきた。
「暑苦しいぞ、岡谷よ」
「お前らのイチャコラを見せつけられている俺の方が暑苦しいわ!」
「ですよね」
すまん岡谷。俺もよく分からん。セクハラにならないよう配慮していただけなのに、いつの間にか状況が悪化していたんだ。
そうこうしていると、もう一台の車から進藤会長が出てきた。
彼女にしては珍しく、ちょっと疲れた顔をしている。
車は黒塗りの高級車。広い後部座席で、会長と三条先輩は二人っきりらしい。
「お、おう、安曇か」
俺を見つけ声をかけた会長だが、その声は上ずっている。心なしか体も火照っているような?
「会長、どうかしましたか?」
「ど、どうもしないぞ!」
そう言って俺の肩を叩く進藤会長だが、いつもの精彩が無い。てか、ちょっと乙女っぽい。
「会長、三条先輩と何かありましたか? 俺で良かったら相談に乗りますよ」
「なっ! そ、それは」
三条先輩の名前を出した途端、会長の様子がおかしくなる。しどろもどろだ。
「ちょっとコッチに来るんだ」
会長が俺の手を引っ張って、皆から離れたところに連れて行くのだが。
やっぱり何かあったのか。
「安曇、最近の我はおかしいのだ」
「はい」
躊躇いながら会長は話し始める。
「実はな……このところ三条と家を行き来していてな、一緒に風呂に入ったり寝たりしておるのだ」
いきなり百合っぽい話なのだが。
「そ、それでな。三条は我に良くしてくれてな。疲れているからとマッサージしてくれたり、優しく抱きしめてくれたり……」
マズいでしょ、それ!
「ああぁ♡ いけないとは分かっておるのだがな。三条に触れられる度に、我の胸がドキドキと高鳴ってしまい……」
あっ、これアレだ。烈×寧々じゃなく寧々×烈だ。
カップリングはしないと思ってけど、これは意外と……。会長がその気なら良いのかな?
「三条先輩なら、大概のことは許してくれると思いますよ。あの人って見かけによらず男前ですから」
「そ、そうか。やはり安曇は頼りになるな」
進藤会長はスッキリした顔で戻っていった。
仕事だけじゃなく恋愛も手が早い三条先輩が末恐ろしくなる。いったいどんなテクニックなのか。
 




