第96話 愛妻弁当
「んっ、お弁当……」
俺は夢でも見ているのか? あのシエルが恥ずかしそうな顔をして、俺に弁当を差し出しているのだが。
何だそれ? ラブコメのヒロインなのか? 可愛すぎるだろ!
朝起きるとシエルがキッチンで料理をしていた。最近やけに熱心だなと思っていたら、まさかの俺の弁当だったという事態なのだが。
「むぅ……要らないならいい」
俺が受け取らないからなのか、シエルが弁当を引っ込めてしまう。
「い、要る! 欲しい」
「ホント?」
「ああ、ちょっとビックリしてただけだぞ」
「うん」
俺が弁当を受け取ると、シエルは満足そうな顔になった。
ピンク色をしたキャラクター系ランチクロスに包まれた弁当だ。ちょっと愛妻弁当っぽい。
嬉しい。素直に嬉しい。女子の手作り弁当を貰える日が来るなんて。
「シエル……これ作るために早起きしてたのか?」
「う、うん。で、でも、べつに壮太のためじゃない。練習……そう、練習」
「練習なのか」
「練習じゃない!」
「どっちだよ?」
「むぅ!」
シエルが口を尖らせる。よく分からん女だ。
「でも嬉しいよ。ありがとうな」
拗ねてそっぽを向いているシエルに声をかけた。
「う、うん♡」
相変わらずそっぽを向いているのに、シエルの顔は笑っているような気がする。
「シエルちゃん、私のお弁当は?」
一部始終を見ていたノエル姉が近寄ってきた。期待を込めた顔をして。
「えっ、無いけど」
「ガーン!」
期待が失望に変わり、ノエル姉が膝をつく。
てか、妹に弁当をねだる姉って、どうなんだよ?
「ほら、お姉のはお母さんが作ったから」
姉に莉羅さんの弁当を渡すシエルに、ノエル姉は意味深な顔をする。
「そうちゃんのだけシエルちゃんの手作りなんだ?」
「だ、だから練習……」
ノエル姉に追求され、シエルの顔が赤くなってゆく。
よく見たら、本当にシエルの手作り弁当は俺だけだった。
「まだ上手く作れないから。壮太で練習したの」
「やっぱり練習なのか?」
「練習じゃない! 壮太のアホ!」
余計なことを言ってシエルに怒られた。
「そうだよ、そうちゃん! 女の子の気持ちを察しないとダメだよ! メッだよ!」
ノエル姉にも怒られた。
本当は何となく察してるんだよ。俺のために一生懸命作ってくれたんだってな。恥ずかしいから言わないけど。
俺は気付かないふりをしているだけかもしれない。
だって、もし本当にそうだったなら……俺は自分の気持ちを抑えられる自信がないから。
◆ ◇ ◆
キーンコーンカーンコーン!
昼休みを告げるチャイムが鳴り、教室内は騒然となる。皆それぞれ弁当を広げたり学食に行こうと席を立ったり。
そんな中、俺は期待と不安でいっぱいになっていた。
カタッ!
机の上にシエルの弁当を出したのは良いが、フタを開くのを躊躇しているのだ。
マズいぞ。よくよく考えたら隣に明日美さんが座っているからな。勘の鋭い彼女なら、一目見て莉羅さんの弁当じゃないと気付いてしまうのでは?
それでなくても普段から『壮太君、姫川さんと同じお弁当なのがバレないようにしないとね』とか小さな声でフォローしてくれるし。
ジィイィィィィィィ――
後ろの席からシエルの圧が凄い。早く食べろと言わんばかりの。
「どうしたの、壮太君? お弁当箱をジッと見つめて」
弁当を前に躊躇する俺を不審に思ったのか、明日美さんが声をかけてきた。
自爆だ。余計に注目を集めてしまった。
「食べないの?」
「た、食べるよ……」
カパッ!
俺は覚悟を決め、弁当箱を開けた。
「って、こ、これは!」
本当に愛妻弁当かよっ!
少し焦げたウインナーに形が崩れた卵焼き。不揃いな野菜の炒め物。どれも努力の跡が見て取れて微笑ましい。
だが、問題はそこではない!
下半分を占めるご飯の上には、何故かピンクの桜でんぶをハート形に敷き詰めている。
その下には海苔を刻んで『バカ』の文字だ。
「ふふっ」
後ろの席からシエルの笑い声が聞こえた。きっと、ドヤ顔で含み笑いしているはずだ。
これじゃ夫婦喧嘩した後に照れ隠しで作った愛妻弁当みたいじゃないか!
「壮太君……それ愛妻弁当みたいだね?」
明日美さんも同じ意見のようだ。って、怖っ!
凄い威圧感なのだが。また明日美さんがヤンデレ目になっているのだが! そもそも台風の夜の電話で、俺とシエルの仲を完全に誤解しているのだがぁああ!
な、何とか収めないと。
「え、えっと、これはシエルが練習でね……」
「ふーん、やっぱり二人は仲が良いんだね」
「そ、そうかな……」
明日美さんと落ち着かせようとしたものの、今度は後ろのシエルの圧が強まる。
「壮太……毒は入ってないから召し上がれ」
「怖ぇえよ! ローマ皇帝みたいに毒見役が欲しいよ!」
「そこは異世界後宮のお毒見役」
シエルが大人気の中華後宮ファンタジーアニメの名前を出す。良いツッコミだけど今じゃない。
「やっぱり仲が良いんだね」
ほら、明日美さんの圧が強まった。言わんこっちゃない。
「これは、その……」
「私も壮太君にお弁当を作ろうかな?」
明日美さんの目が艶っぽくなる。ドロドロとした欲望を孕んだような。
「あの、そんなに食べられないから」
「遠慮しなくても良いよ♡ 壮太君♡」
「明日美さんには旅行の時に団子を貰ったから。貰ってばかりじゃ悪いよ」
俺の言葉で明日美さんの圧が更に強まった。
「あれカップケーキなんだけど」
「そ、そうそう、カップ団子」
「壮太君、わざと言ってるよね? もう知らない!」
余計に明日美さんを怒らせてしまった。慌てていたのもあるが、俺の中では強烈にデバフっぽいのに意外と美味しい団子なんだよ。
「なにやってんの、そうちゃむ?」
「大将、弁当がどうかしたのか?」
更にピンチが広がった。星奈と岡谷までやってきたのだが。
もうこうしてはいられない。
ガツガツガツガツ!
俺は一気に弁当を掻き込んだ。主にハートマークの部分を。
「美味い! 弁当美味い!」
「ふふっ♡」
後ろからシエルの嬉しそうな笑い声が聞こえた。
きっと、してやったりと満足気なんだろう。でも、ちょっとだけ俺と同じ気持ちな気がする。この甘酸っぱくて胸がドキドキするような。
「そうちゃむ怪しい。もう、このドS男ぉ♡ わざとアタシに電話で聞かせたりしてぇ」
星奈に蒸し返された。あの台風の夜の電話を。あれは誤解……じゃないか。本当に一緒にお風呂だったし。
しまった。岡谷が俺たちの会話を聞いて不審な顔になっているのだが。
「なんだよ電話って、大将、まさか……。このギャルコマシオタクめ!」
「コマシてねえ! オタクしか合ってねえぞ」
俺は岡谷にそう言い、弁当を食い続ける。
まあ、電話で聞かせてドSなんて言われたら怪しすぎるがな。
ガラガラガラ!
まだ岡谷が何か言おうとしたところで教室の扉が開き、最近話題沸騰中の先輩が顔を出す。
「失礼しますわ」
落ち着いた声音でそう言った三条先輩は、周りの男子の歓声をガン無視したまま、一直線に俺の席に近寄ってきた。
「ちょうど皆さんお揃いですのね。夏休みのバカンスの件でお話がありまして」
三条先輩の話で、星奈と岡谷が色めきだつ。
「えっ、バカンスってなに? ちょー気になるんですけど」
「なっ……んだと! まさか大将、また女を侍らせハーレム旅行なのか!?」
しまった。まだ皆に説明してなかったぞ。
そんな俺の戸惑いは置いてけぼりで、三条先輩は話を続ける。
「わたくしの別荘にご招待するお話ですわ。よろしかったら皆さまもどうかしら?」
三条先輩の話を聞いた皆は、一瞬だけ固まり、すぐにテンション爆上げになる。
「えっ、ええっ! べべ、別荘! アタシもそうちゃむと行きたい!」
「壮太君とバカンス! わ、私も一緒で良いのかな? 壮太君♡ 壮太君♡ 壮太君♡」
「さすが大将だぜ! パンチラ阿修羅デコ先輩ともコネがあるなんて凄いぜ!」
若干一名、禁句を言って三条先輩に詰められているが。
「あなた、安曇さんのご友人ですよね? お名前は!?」
「お、岡谷佑人であります」
「岡谷さん、ご忠告しておきますけど、阿修羅もデコもパンチラも厳禁ですわよ!」
「は、はい」
「長生きしたければ口を慎むことですわね!」
「ひぃいいいい!」
強キャラっぽく目を見開いた三条先輩に、岡谷の生命力がもうゼロだ。
と、こんな感じで、俺たちの夏休みバカンス計画が決まった。波乱と百合とムフフに満ち溢れた。
 




