第94話 トリプル台風
ゴォオオオオオオオオオオオオオオ!
ガタガタガタガタ!
「けっこう降ってきたな」
俺は部屋の窓から空を見てつぶやく。
横殴りの雨が窓を叩き、強風は窓枠をガタガタと揺らしている。
期末テストが終わり夏休み目前となった今日、ここ藤倉市に大型の台風が上陸した。
何やら、中心気圧が930hPaという大型で強力な台風とのことだ。
「930hPaか……。バスト93センチのエッチなパイって意味じゃないよな?」
ノエル姉を思い浮かべながらアホなギャグをかましてしまった。
空は重苦しく厚い雲に覆われている。もう時刻も遅くなり、辺りは薄暗い。冗談を言ってる場合じゃないよな。
ガチャ!
部屋を出て一階に下りると、莉羅さんたちは大慌てだった。
「た、大変よ! 台風が上陸したのよ! 早くお風呂に入っちゃいなさい!」
「お母さん! コロッケがないよ!」
シエルがネットスラングを叫んでいる。
それをノエル姉が真に受けているのだが。
「シエルちゃん、今から買いに行ったら風で飛ばされちゃから!」
「そうだ、壮太に買いに行かせよう」
こら、シエル。だれが行くかよ。
しかし台風が近づくと女子は不安になるもんだと聞くし、ここは俺が落ち着かせた方が良いのか。
「シエル、一緒に買い物に行くか?」
俺が暴風雨になっている窓の外を指差すと、シエルがジト目になった。
「は? バカなの? 飛ばされちゃうよ」
「今、俺に行かせるって言いましたよね!?」
もう冗談なのか本気なのか分からないぜ。
台風でパニクってるだけなのか?
「そそ、壮太君!」
もう一人パニクってる人がいた。莉羅さんだ。
「壮太君、天気予報で落雷と停電の可能性があるって言ってたわよ。先にお風呂に入っちゃいましょ! 私と二人で」
「えっ?」
「さっ、行きましょ。ママが全部洗ってあげるからぁ♡」
ぼよんっ!
莉羅さんの柔らかな体に抱きつかれ、官能的な香水の匂いに包まれた。
もうそれだけで健全な男子は我慢できねえぞ。
「ちょ、ダメですって! 俺たち義理の親子だから」
「お願いよぉ♡ ママもイチャイチャしたいのぉ♡ さきっちょだけ、さきっちょだけで良いからぁ♡」
台風のせいなのか欲求不満のせいなのか、ついに莉羅さんが壊れ始めた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!
当然、姉妹が黙っていないのだが。
「お母さん! いい加減にして! 壮太とお風呂入るのは私!」
「お母さん! いい加減にして! そうちゃんとお風呂入るのは私!」
シエルとノエル姉の声がシンクロした。
「って、そんな場合じゃねえ! 一緒にお風呂だと!」
そんな俺の叫びなど掻き消すように、三人の女子(うち一名は人妻)が俺に縋り付いてくる。
「壮太君! 台風なのよ! 四人バラバラに入ってたら夜になっちゃうわ!」
「そ、そうだよ、そうちゃん! 停電したらどうするの!?」
「そそそ、壮太ぁああ! 早くお風呂入ってコロッケ買いに行かないと!」
むぎゅっ、むぎゅっ、むぎゅっ!
「ああぁああ! 分かったから、入るから! あと、コロッケは買いに行かねえぞ!」
三方向から密着するムチムチな体に、俺の理性が飛びそうだ。もう台風どころじゃない。
ガラガラガラ――
「どうしてこうなった……」
脱衣所に入った俺は、茫然と立ち尽くす。何故か姉妹と一緒に入浴することになったのだ。
「は? これは夢か? そうだ、きっと催眠だ…………って、そんな訳ねぇええええ!」
自分で自分にツッコんだ。
いくら台風だからって、女子と一緒にお風呂とかおかしいだろ。しかも姉妹揃って。姉妹丼かよ!
実は莉羅さんも一緒に入るとごねたのだが、そこは必死に頼んで許してもらった。
あんな色っぽい人妻とお風呂だなんて、もう間違いを起こす未来しか見えねえぞ。
ピンコーン!
服を脱いでいる途中に通知音が鳴った。
「ん? 明日美さんだ。どれどれ……」
『壮太君、台風が上陸したけど大丈夫?』
「えーっと、大丈夫じゃない……じゃなく大丈夫っと」
ピロロピロロピロロ――
「うわああっ!」
俺が返信する前に電話が掛かってきた。
最近の明日美さんは追いメッセ&鬼電で超積極的なのだ。ちょっと怖いくらいに。
ピッ!
「はい」
『壮太君♡ 今何してるの? 私ね――』
ガラガラガラ――
「そうちゃん、まだぁ? 早く服脱いでよぉ」
電話中にドアが開き、ノエル姉が入ってきた。
「ちょ、ノエル姉、今はマズいって」
「そうちゃん! 早く脱ごっ! お姉ちゃんが手伝ってあげるから」
「待て待て待て!」
当然、電話の向こうの明日美さんが誤解するのだが。
『壮太君! 脱ぐって何を? 何してるの!? もしかして……エッチ? ねえ、壮太君! 壮太君! 壮太君! 壮太君! 壮太君!』
ピッ!
しまった。怖くなって電話を切ってしまった。完全にアウトかもしれない。
ピロロピロロピロロ――
また電話だ。明日美さんだったら弁解しようと思ったが、今度は星奈だった。
ピッ!
「おう、ギャルか。どうした?」
『どうしたじゃないしぃ! もうっ、そうちゃむったら♡ アタシ、台風が怖くてぇ♡』
ガラガラガラ――
「壮太! 早くお風呂だよ! レッツ、ニューヨーク!」
またしても電話中にドアが開いた。今度はシエルが入ってきてオヤジギャグっぽいカタカナ英語をかます。
「アホか、シエル! だから電話中だって!」
「電話は後にして、壮太! 停電したら怖いから、先にお風呂入るよ」
当然、電話の向こうの星奈が誤解するのだが。
『ちょっとそうちゃむ! お風呂って? もしかして一緒に? どういうことか説明しろし! そうちゃむ! そうちゃむ! そうちゃーむ!』
ピッ!
しまった。また怖くなって電話を切ってしまった。というか電源も切ってしまった。もう完全にアウトかもしれない。
「どうしよう……絶対誤解されたよな」
ゴロゴロゴロゴロ!
「きゃああああああ!」」
遠くで雷鳴が轟き、シエルとノエル姉が抱きついてきた。
「ちょ、抱きつくな! まだ遠いから大丈夫だって」
「そそそ、壮太! 早く! ドゥーユーアンダスタンド!?」
「そうちゃん、そうちゃん! 停電しちゃうから!」
だから抱きつくなぁああああああ!
カポーン!
「どうしてこうなった?」
一緒にお風呂と聞いて少しだけ期待していたが、何故か俺は目隠しされ何も見えない。
「壮太のエッチ! 当然だよ。壮太だけ目隠強制」
シエルの声が聞こえる。すぐ横に居るようだ。
あの後、服を脱いでタオル一枚になったのは良いのだが、後から入ってきた姉妹に目隠しをされてしまった。
何も見えないまま、二人の服を脱ぐ衣擦れの音を聞かされただけである。
「ほら、そうちゃん♡ お姉ちゃんが背中洗ってあげるね♡」
ノエル姉が俺の肩を掴み、風呂椅子に座らせた。
「自分で洗うから」
「いいからいいから♡」
「って、くすぐったい!」
コチョコチョコチョコチョコチョ!
ボディーソープで泡泡になったノエル姉の手が、俺の背中を這いまわる。もうそれ、くすぐってるんじゃないかってくらいに。
「こら、ノエル姉! それ、わざとやってるだろ!」
「ふふふぅ~ん♡ どうかなぁ?」
ちょっと小悪魔系になったノエル姉の声が聞こえた。耳元で誘うような声が。
「わ、私も壮太を洗う」
シエルまで加わってきたのだが。
おい、まさか……。
コチョコチョコチョコチョコチョ!
シエルとノエル姉、四本の手が俺の体をまさぐる。背中に、胸板に、腋に。
「壮太ぁ♡ うふふふふっ♡ どうだ、参ったか!」
「ほぉら、ご主人様ぁ♡ お姉ちゃんメイドがお世話しますねぇ♡」
「ぎゃああああああああ! なんじゃこりゃぁああ!」
ああ、ずっと我慢してきたけど、もう限界かもしれない。もう……我慢しなくても良いよね?
って、良くなぁぁぁぁーい!
「ま、待て! タオルが落ちそうなんだって! 直させろ! 色々限界でマズいんだって!」
ピタッ!
俺がそう叫んだら、二人の手が止まった。
「えっ、そ、壮太、ななな、なに見せようとしてんのよ!」
「そそそ、そうちゃん! お、大人だね♡」
見せてねえ! てか、何も見えねえ!
ちなみに何が大人かは不明だ。
「理不尽だぁあああああああああ!」
◆ ◇ ◆
やっと解放された。隅々まで洗われた俺は、風呂を出てリビングのソファーでぐったりしているところだ。
二人は二階に上がり、今は莉羅さんが風呂に入っている。
「ったく、あいつら雷を怖がってたわりに、ノリノリで背中を洗いやがって。若干、背中じゃない部分も洗われた気がするけど……」
いつも俺がお仕置きしてるから、その仕返しなのか?
ピカッ! ズドドドドドドドドドドーン! バリバリバリバリバリッ!
「うわぁああっ! ビックリした!」
突然、凄まじい閃光と雷鳴が轟いて家具が震えた。そして真っ暗になる。停電だ。
「きゃああああああああ! 誰かぁああああ!」
風呂場から悲鳴が聞こえた。莉羅さんだろうか?
「大丈夫ですか?」
俺は手探りで真っ暗な部屋を移動する。懐中電灯が有ったはずだけど見つからない。
ガラガラガラ!
「莉羅さん」
「きゃああああっ! 怖いわぁ!」
ええええええええええ叡智っ!
ムッチムチに柔らかな感触に抱きつかれ倒れ込む。禁断の香りに包まれながら。
 




