第93話 禁断への誘い
七月が近付くと、気候も制服も一気に夏らしくなる。
木々は青々と生命力にあふれ、道行く女子生徒も夏服から伸びる生脚が……。
「って、俺は何を言っているんだ」
通学途中の俺は、前を歩く女子生徒の脚から目を逸らした。ジト目で睨むシエルの視線を気にしながら。
「壮太のエッチ」
「んぐっ」
図星なので何も言えない。
ただ、一つだけ言い訳させてくれ。本当はシエルの脚を見たいんだ。
だが、それでは俺が義姉(義妹)をエロい目で見ているみたいなので、仕方なく他の女子生徒が視界に入っただけである。
「壮太、脚が好きなんだ?」
「グハッ!」
これも図星だった。
何で女子って男の視線に敏感なんだろ。
「誰のせいだよ」
「えっ?」
「シエルの美脚が俺を脚フェチにしたのだが。お前はもう少し自分の魅力を自覚しろ」
「くぅううっ♡」
俺が本音を漏らすと、シエルが大人しくなった。
あれから……文化祭が終わってから、俺の周りは色々と慌ただしい。
ノエル姉は、いつにも増して意味深な発言や密着が増えたように感じる。
そう、先日だって――――
『そうちゃん♡ あ、あのね♡』
今日も今日とて、意味深な上目遣いで俺を見るノエル姉。やっぱり超可愛い。
『あ、あのね♡ そのぉ♡ ああぁん♡ 恥ずかしくて聞けないよぉ♡』
『どうしたの、ノエル姉? ついに汚部屋がパンクとか?』
『違うからぁ! 違わないけど』
やっぱり汚部屋なのか。
『で、でもでもぉ、もしあれが私じゃなくシエルちゃんに言ったのなら……』
『ノエル姉、そのダサジャージ似合ってるね』
『もうっ! もうもうっ! 話のキャッチボールが大切だよ! メッだよ!』
プリプリ怒るノエル姉が面白い。
『ああぁ~ん♡ 私ばかり意識しちゃってるよぉ!』
やっぱりノエル姉がおかしい。最近は特におかしい。
心ここにあらずだったり、ずっと俺を見つめていたり、突然体をクネクネさせたり。
しかしノエル姉は何を着ても似合うよな。俺がプレゼントしたダサジャージも可愛い。
因みに古い使用済みジャージは俺が保管している。何に使うのかは聞かないでくれ――――
「ふっ、ふふふっ……」
「うわぁああ……思い出し笑い」
俺がにへらっと笑ったものだから、シエルが引き気味だ。やめろ、その『キモッ』みたいな顔は。
そのシエルだが、普段は同居がバレないようノエル姉と一緒に通学しているのに、今日は俺と一緒なのが怪しい。
先に家を出たはずなのに、忘れ物をしたと戻ってきたのだ。何故か忘れ物を取りに行かず、俺と一緒に玄関を出ただけなのだが。
「なに? 私の顔に何か付いてる?」
ジト目になったシエルが俺を睨む。俺がシエルの顔を凝視していたからだ。
「べ、べつに……」
「そう……」
今日もクールビューティーな女王様だ。
「やっぱり塩対応だよな」
「えっ?」
何気なくつぶやいただけなのに、急にシエルが慌て始めた。
「ち、違う。それは壮太が悪い。お姉とは楽しそうに話してるのに」
「だから、俺はシエルと話すのも楽しいんだって」
きょとんとした顔のシエルの頬が、徐々に赤く染まってゆく。
「うっ♡ そ、そうなんだ……。うくぅ♡」
急にぎこちなくなるシエルだ。だから深夜だけ饒舌なのに、何で昼間はこうなんだろ。
そんなシエルだが、最近は料理に目覚めたらしい。
先日も莉羅さんに教わっていた――――
『お母さん、料理教えて』
突然、家庭的になった娘に、母親の莉羅さんは目を丸くする。
『あら、あらあらぁ♡ どうしたのシエルちゃん? 急に恋する乙女みたいになっちゃってぇ♡ 恋よね? それ恋よね?』
ウザ絡みする莉羅さんに、シエルは背を向ける。
『やっぱいい。やめる』
『うそうそ、冗談よぉ。一緒に料理しましょ』
拗ねたシエルを宥めながら、莉羅さんはタマネギと包丁を手に取る。
そして俺の方を向き意味深な笑顔になった。
『壮太君、良いわねぇ♡ シエルの手料理を食べられるわよ』
『ちょっと、お母さん!』
当然、シエルは真っ赤な顔で反論するのだが。
『そ、壮太は関係ない! ち、違うから! こっち見んな』
『へいへい。好きな男に弁当でも作ってやれよ』
言われた通り顔を逸らすと、余計にシエルの機嫌が悪くなる。
『バカ! 壮太のバカ! せっかく手料理を覚えようとしてるのに。バカ壮太!』
どっちだよ。相変わらず、よく分からん女だぜ。
回想から戻った俺は、横でモジモジしているシエルを見た。
相変わらず美人でスタイル抜群なのに面白い女だ。俺の視線を捉えて離さない。
シエル……まさか俺のために?
文化祭の時、俺があんなこと言ったからか? 俺は好きな子に料理作ってもらうのが夢だって。
前にシエルは好きな人がいるって言ったけど。もしかして、それって俺なのでは? 待て待て待て、自意識過剰だろ。
でも…………もしそうだったら……俺は。
◆ ◇ ◆
「安曇さん安曇さん、聞いてくださいまし」
さっきから三条先輩がウザい。菩薩のような笑みを浮かべながら、延々とのろけ話を続けているのだが。
ここは二人っきりの密室だ。
そう、廊下を歩いていていた俺は三条先輩に捕まり、生徒会室に連れ込まれてしまった。
連れ込まれるといっても、変な意味じゃないぞ。
「そして二人は一緒にお風呂に入るのですわ♡」
三条先輩の話がサービスシーンに入っただとっ!
「そこで会長が『三条、一緒に入ろうか。女同士だから問題あるまい』と言い、わたくしは『何処へでもお供いたしますわ』と返したのです」
しかも一人二役になって説明まで始めるし。意外と声真似が上手いぞ。
「三条、綺麗な肌をしているな」
「会長こそ剣道で鍛えた肉体が眩しいですわ♡ お腹の筋肉とか」
「おいおい、触るんじゃない。くすぐったいだろ」
「まあ、会長ったら、もう音を上げるのですか? 意外とか弱いですのね?」
「言ったな。三条の攻撃など全て耐えてみせよう」
「きゃああああああああぁああぁん♡ 天国ですわぁああああ!」
一人で小芝居を始めたかと思ったら突然絶叫して、俺は引っ繰り返りそうになる。
「びっくりしたぁああ……」
何か良く分からんが、進藤会長が貞操の危機かもしれない。変な勝負を持ちかけられて、いつの間にか身も心も堕とされそうな気がするぞ。
「三条先輩って、穏やかで慎ましい雰囲気なのに、意外とドスケベ肉食系ですよね?」
ふと本音が漏れた俺に、三条先輩は強キャラっぽく目を見開いた。
「何か言いましたか?」
「いえ、何も……」
やっぱり怖い。この人には逆らわないようにしよう。
そんな三条先輩だが、ご機嫌な顔で言うのだが。
「それもこれも安曇さんのおかげですわ」
「俺は何も……」
てか、一時はパンチラメイドで抹殺されそうだったけどな。
「またまた、ご謙遜を。実はあのエッチなメイド服も計算の内だったのですよね?」
「えっ?」
「あれから会長は、ミスコンの話になると顔を赤らめて……。きっと、わたくしのメイド姿に見惚れていたのですわ♡」
それは共感性羞恥では?
「安曇さん、わたくしは嬉しいのです。会長と距離が縮まり、一緒にいる時間も多くなりました。もっと先に進みたいのは山々ですが……。でも、わたくしには今の甘く穏やかな時間が大切なのですわ」
三条先輩は本当に幸せそうな顔をする。相手はノンケだろうから、結ばれるのは難しいかもしれない。でも、きっと一緒に居られるだけで幸せなのだろう。
「良かったですね」
「安曇さんにもお礼をしませんと」
「べつに良いですよ」
「そうだ、夏休みにバカンスなど如何ですか? 姫川姉妹も一緒に」
パチンと両手を合わせた三条先輩が、首を傾けながら言った。
「バカンスですか? でもお金が……」
「家の別荘が葉崎にありますの。お金は心配いりませんわよ」
「べべべ、別荘だと!」
この人、やっぱりお嬢様なのか?
「わたくしに任せてくださいまし! 安曇さんと姫川姉妹をくっつけてさしあげますわ! あの見事なパンチラ作戦のように!」
それ、不安しかねーぞ!