第92話 花は咲き乱れ
興奮気味に、司会の男が絶叫する。
「ミス富岳院、今年の優勝者は――――規律正しい副会長でありながら、セクシー衣装と恥じらう仕草で多くのファンを獲得したこの方、エントリーナンバー6、三条寧々だぁああああ!」
まさかのまさか。三条先輩が優勝してしまった。
会場の男子も司会進行役も大興奮で大盛り上がり。審査員も生徒による拍手での投票も、満場一致で三条先輩に決まってしまったのだが。
「「「うぉおおおおおおおおおおおおお! 寧々! 寧々! 寧々! 寧々!」」」
会場の男子生徒から寧々コールまで湧き上がってしまう。
「み、見ないでぇええっ! あんっ♡ ダメですわぁ!」
必死にスカートの裾を押さえる三条先輩だが、優勝トロフィーを渡されて両手が塞がった。
当然ながら、パンツ丸見えなのだが。
「いやぁあああぁ~ん♡ 堪忍してくださいましぃいいぃ~っ! ああぁん♡ 見ないでぇええぇ♡」
ああ、破廉恥かつ地獄絵図に。
「ど、どうしよう……。俺、後で三条先輩にぶっ殺されそうな気がする。むしろ社会的に殺されそうな気も……」
そんな心配をしながらも、ステージに立つ彼女を見つめてしまう。作戦とは別の意味で輝いているから。
◆ ◇ ◆
文化祭が終了した直後。ここは生徒会室だ。
当然ながら、三条先輩から呼び出しをくらった俺は説教されているのだが。
「安曇さん! 何か申し開きはありますか!?」
カッと目を見開いた三条先輩が俺を睨みつける。咎めるよう強い眼差しで。
もう強キャラ感が半端ない。
「すみません。何も弁解の余地がありません……」
俺はといえば、椅子の上に正座して小さくなっている。仁王立ちした三条先輩に見下ろされながら。
きっとドMな男なら、最高のご褒美かもしれない。
「ちょっと遅れましたが、こちらが新選組の羽織です。どうぞお使いください」
パシッ!
俺が差し出した袋を、三条先輩は手で跳ねのけた。
「今さら何に使うのですか! あ、あんな辱めを受けた後で……あっ、ああっ♡」
三条先輩は両手で体を抱き身震いする。何か新しいフェチシズムに目覚めたかのように。
「ああぁ♡ どうしましょう……。多くの男子生徒が、わたくしを好奇の目で……」
「進藤会長にモテるはずが、男子生徒にモテちゃいましたね」
「誰のせいですか!」
「す、すみません……」
マズい。このままでは非常にマズい。何とかして進藤会長とくっつけないと、俺は三条先輩に抹殺されそうだ。
多少強引でもやるしかねえ!
「三条先輩、やらせてください!」
「は? はぁああぁあっ!?」
俺が椅子から立ち上ると、三条先輩は後ずさりする。
逃がすまいと、俺も距離を詰めるのだが。
「な、何をするつもりですの!?」
「服を脱いでください」
「ひゃあぁああああ! う、訴えますわよ!」
「間違えました。羽織を着てください」
しまった。これじゃ俺が三条先輩に関係を迫ってるみたいだったぜ。
「三条先輩! このまま終わったら、先輩はただのパンチラメイドですよ」
「だから誰のせいですのよ!」
「蝦夷共和国はまだ終わっちゃいねえ! ここに総裁の榎本武揚が居る限りな!」
「誰が榎本ですのよ!」
「土方さん、最後に一花咲かせようぜ」
「もう演劇部に入ってくださいまし!」
場が温まってきたところで新選組の羽織を渡す。嫌な顔しながらも、三条先輩は受け取ってくれた。
作戦は成功だ。
しぶしぶ着替えてくれるところが、やっぱり良い先輩だったりする。俺の強引さに根負けした気もするが。
「ど、どうですか? 似合っているかしら」
一度部屋を出てから戻ると、三条先輩が新選組隊士になっていた。やっぱり和服が似合う人だ。
「良いですね。これなら進藤会長もイチコロですよ」
「本当ですの?」
「あとは髪型も合わせた方が……。やっぱり土方歳三なら総髪だよな」
総髪とはポニーテールみたいなやつだ。時代劇で若い剣士が結いでいるアレである。
「ほら、手伝いますから。髪を結いましょう」
「ああぁ、もうっ! その強引さを恋愛方向に活かせないのですか?」
「ふっ、オタクとは……趣味には積極的なのに、恋愛には消極的なのですよ」
「あああぁ、もう難儀な男ですわね!」
ガチャ!
「おう、待たせたな。後片付けの確認がな――」
ちょうど髪を結い終えたところでドアが開き、背が高く日焼けした王子様系女子が入ってきた。言わずと知れた進藤烈火だ。
「あっ、ちょうど良かった。進藤会長、三条先輩がコスプレしてまして」
「なっ! 何だと!」
俺が説明しようとするが、進藤会長の目には三条先輩しか映っていないように見える。
「ひ、土方歳三だと! 見まがうはずもない! まさしく我が探し求めていた理想だ!」
進藤会長が自分の世界に入ってしまった。この人もアレだな。
俺はすかさず耳打ちする。三条先輩に。
「先輩、今ですよ。ゴニョゴニョゴニョ」
俺の言ったとおりに動く三条先輩。浅葱色に白のだんだら模様の羽織をなびかせポーズを決める。ノリノリだ。
「今から五稜郭を出て新政府軍に奇襲をかける! 弁天台場に向かうぞ! 俺に続けぇええ!」
「うおぉおおおおおおおお! まさに土方歳三その者だぁああ!」
子供みたいにはしゃぐ進藤烈火を見て、三条寧々の気合も急上昇。もう完全に土方歳三に成り切っている。
あんなにノリの悪い先輩だったはずなのに。
「前進あるのみ! この柵より下がる者は俺が斬る! 進めぇええ!」
「うおおおおおおおお! こんな身近に居たのか! 我の理想の漢が!」
漢じゃないですよ! それ、三条寧々ですよ! 穏やかで気品ある副会長ですよ!
「やっぱり三条は最高の相棒だ! 今夜は家に泊まらないか? 新選組について一晩中熱く語ろうではないか!」
「ひゃあぁあああああああああああああああああああん♡ 天国ですわぁああああああ!」
二人が抱き合ったところで俺は部屋を出た。見てはいけないものを見た気がして。
安曇壮太はクールに去るぜ。
まあ、進藤会長は違う意味かもしれないが、三条先輩が幸せなら良いかもしれないな。
こうして、三条先輩に抹殺されるのを免れた俺は、無事に生きて帰宅するのだった。新たな問題が発生しているのを忘れたまま。
◆ ◇ ◆
学校からの帰り道。もう辺りは真っ暗だ。
俺は一人で家路を辿っていた。
「ふうっ、予想以上に片付けに手間取ったな。衣装も返却しなきゃならんし大変だぜ」
そんな独り言をつぶやきながら歩いていると、背後から駆け寄る足音が聞こえてきた。
「そうちゃん♡」
それは甘く優しい声。俺の心を解きほぐす魔法のような音色だ。
「ノエル姉」
俺は駆け寄ってきたノエル姉に声をかけた。弾むGカップに目を奪われそうになりながら。
「そうちゃんも帰り遅いんだね」
「うん、ノエル姉もなんだ」
「後片付けが長引いちゃって」
俺が近付こうとしたら、ノエル姉が後ずさった。いつも密着したがるのに珍しい。
「あっ、今日はいっぱい汗かいちゃって。お姉ちゃん、汗臭いから」
その言葉で思い出した。プロ意識の高いウサギさんを。
「やっぱりノエル姉だったのか。あのウサギ」
「えへへぇ♡ バレちゃった。うちのクラスは着ぐるみイベントだったの」
「それにしても、ミスコンまで着ぐるみで出なくても」
ミスコンの話題を出すと、ノエル姉は恥ずかしそうな顔でモジモジと指を合わせる。
「だ、だって、そうちゃん以外の男子に、体をジロジロ見られるのは嫌だから」
「えっ、そ、そうなんだ」
もしかして、それであんな格好のまま。
嬉しい! 嬉しい! 嬉しい!
ノエル姉は俺以外の男に見せたくないんだ。それって……俺は特別って意味なんだよな。
「それにね♡ そ、そうちゃんが♡ す、す……すき……って、い、い、言った……ああぁん♡ もうダメぇええっ!」
ノエル姉が壊れ気味だ。急におかしくなったぞ。
「どうしたの、ノエル姉?」
「どうしたじゃないよ! 何でそうちゃんは普通にしてるの? もうっ♡ もうもうもうっ♡」
ポコポコポコ!
やっぱりノエル姉の様子がおかしい。