第91話 ミス富岳院
ミス富岳院。毎年文化祭で行われる、生徒の投票や審査員によって決められるミスコンだ。
例年なら男子に圧倒的人気のモテ女子が選ばれるはず。だが今年は少し違う。
姫川乃英瑠
この男子だけでなく女子にも人気がある、圧倒的美のカリスマが現れたから。
「やっぱり今年はノエル姉で決まりだよな」
三条先輩を前に、俺はノエル姉の魅力を語る。親バカならぬ義弟バカかもしれない。
「ノエル姉といえば、真っ先に挙げられるのが美しいダークブロンドの髪と宝石のような瞳。あの超美形でありながら愛嬌のある可愛い顔で微笑まれたものなら、たとえ誰であっても恋に落ちてしまうというもの。そして内側から制服をパツパツに盛り上げている巨乳。しかもただ大きいだけではない。奇跡のように張りのある美乳ときたもんだ。しかし俺は別の部分を推したい。それは、くびれたウエストから制服スカートを持ち上げるプリケツだ! あれは絶対ヒップ90を超えてるだろ! スリムなはずなのに出るとこはムチッと出ているデカい(失礼)尻に――」
途中までマシンガントークをしたところで気付く。三条先輩が不機嫌そうな顔になっていると。
「安曇さん、早く本題に入ってください」
「で、ですよね」
目を見開いて迫力を出す三条先輩に、俺は軽く頭を下げた。この人、怒らせると怖いからな。
いかんいかん。ついノエル姉の尻に踏まれた記憶で熱くなってしまったぜ。
俺は軽く咳ばらいをして話を続ける。
「コホン……この際、ミスコンの優勝は関係ないんですよ」
「と、言いますと?」
三条先輩は不思議そうな顔をする。
そう、優勝はノエル姉だろう。本人は出たがらないようだが、同級生から圧倒的支持を受け推薦枠になったと聞いた。
去年の優勝者である鳳凰寺麗美先輩でも、ノエル姉には勝てないはずだ。
問題なのはミスコンではなく審査員なんだよな。
「そこで三条先輩がミスコンに出るのです」
「嫌ですわ」
即答だった。
「待ってください。これには重要な意味があるんです」
「どのような?」
「今年の審査員長は、特別ゲストとして急遽、進藤生徒会長になったんですよ」
「えっ」
三条先輩の顔色が変わった。
「つまりですね、ミス富岳院にサプライズで三条先輩が登場するんです。しかも新選組の羽織を着て。するとどうでしょう、感激した進藤会長は『おお、素晴らしい! 三条こそがミス土方歳三だ! 我と付き合ってくれ』となるはず」
少し考えた三条先輩が顔を上げる。
「アリですわね」
「意外とチョロかったぞ」
「何か言いましたか?」
「いえ何も」
こうして、三条寧々のミスコン飛び入り参加が決定した。
◆ ◇ ◆
「さあ、今年もやって来たミス富岳院! ミスコンに風当たりの強い昨今、各方面からの圧力にも屈せず無謀にも開催だぁああああ!」
司会進行の男が熱く語る。演劇とバンド演奏が終わったばかりの、熱狂冷めやらぬ体育館。ここにミス富岳院が始まった。
多くの男子生徒の熱気と共に。
俺は三条先輩の推薦者として、最前列の席を用意されていた。
飛び入りなのに好待遇だ。いや、飛び入り参加だからこそか。参加者が増えるのは喜ばしいのだろう。
「それにしても、ノエル姉は本当に出るのか? あと、三条先輩は大丈夫かな?」
三条先輩には新選組コスの入った袋を渡してある。出場者控室を兼ねた舞台袖に入り、後は着替えて登場するだけだ。
俺は、ここで見守るとするか。
「エントリーナンバー1、鳳凰寺麗美! その美貌は銀河の妖精の如く!」
さっそく始まった。話題の鳳凰寺先輩が出てきたぞ。
しかしこのナレーションは何なんだ。
「おーっほっほっほっほ! 今年も私の優勝よ! たとえ誰であっても私の連覇を止めることは不可能だわ!」
美人で有名な鳳凰寺先輩だ。いきなり優勝宣言をブッ込んできた。
華麗なステップを踏んで観衆にアピールをする。練習したのだろうか。
高飛車で苦手な先輩だが、その努力は認めたい。
「審査委員長の進藤さん」
司会が進藤会長にコメントを求めた。
「うむ! 素晴らしい!」
「以上です」
コメントは簡潔だった。
「続いて、エントリーナンバー2!」
続々と出場者が現れるが、鳳凰寺先輩のインパクトには及ばない。たまにウケ狙いの漫才をする芸人系女子が出たくらいだ。
「さあ、いよいよお待ちかね、天使の登場だ! お前ら準備は良いか!? 興奮しても前屈みになるなよ! エントリーナンバー5、姫川乃英瑠ぅうう!」
やっとノエル姉の番だ。しかし、前屈みとか何だよ。俺のノエル姉をエロい目で見るな。
ピコピコピコピコピコ――
「ん゛っ!」
聞いたことのあるピコピコ音が聞こえてきたかと思ったら、舞台袖から現れたのはウサギの着ぐるみだった。
「ええええっ! あの時のウサギさん!」
エントリーナンバー5はノエル姉じゃなく、プロ意識の高いウサギの着ぐるみだ。
ザワザワザワザワザワザワ――
まさかの展開に会場がざわつく。誰もが天使のノエル姉を期待していたのに、現れたのはウサギだから。
これには司会も戸惑ってしまう。
「えっと……姫川さん、姫川さんですか?」
ピコピコピコ!
ウサギはコミカルな動きで答えた。
「あの、何かアピールすることは?」
ピコピコ!
「本当に姫川さんですか?」
ピコピコ!
「ガソリン税は減税するのでしょうか?」
ピコピコ!
何を聞いても愛らしい動きで足踏みだ。やっぱりプロ意識が高いウサギだった。中の人なんて居ませんよ。
困った司会は進藤会長に助けを求める。
「進藤さん、どうしましょうか?」
「うむ、素晴らしい!」
「い、以上です」
司会が無理やり切り上げたので、ウサギは手を振って舞台袖に戻ってゆく。もうどうなってるんだよ。
「あれって、本当に中身はノエル姉なのか? もしかして……それでチラシ配りを手伝ってくれたのか。ちょ、ちょっと待て! 俺、何かマズいことを話してなかったか……?」
三条先輩と会話した時に、何か重要なことを言った気がする。
まあ、気のせいにしておこう。
「続いて、この方だ! 頭脳明晰、品行方正、常に理知的なお嬢様! 校則違反は許しません! 人呼んで阿修羅デコ……おっと失礼! エントリーナンバー6! 三条寧々ぇええええ!」
ドヨドヨドヨドヨドヨドヨドヨ――
「「「うおぉおおおおおおおおおおおおおお!」」」
三条先輩が現れた瞬間、会場にどよめきが起こった。やがてどよめきは熱狂的歓声に変わる。ほとんどの男子生徒が立ち上がり拳を突き出して大喜びだ。
「み、見ないで! ダメっ♡ 見ちゃダメですわ! あっ♡ 見ないでぇええええ!」
ステージに立っている三条先輩は土方歳三……ではなく、何故か超ミニのエロ奴隷メイドだった。
「えっ、あれっ? 何で…………あっ! もしかして俺、間違えた? 新選組の羽織を渡すつもりが、間違ってエロ奴隷メイドコスを……?」
俺の背中に冷たい汗が流れる。
やらかした。
俺のせいで三条先輩が羞恥プレイに。
まあ、着る方も着る方だが。
「くっ、こ、殺しなさい! きゃっ♡ だ、だめっ♡ ぜ、全校生徒の前で辱めを受けるくらいなら、潔く自決を選びますわ!」
まさかのくっころ発言だと!
「あ、ああぁ♡ いやぁ♡ 見ないでぇ♡ 下着が見えちゃいますわ♡」
必死にスカートの裾を引っ張る三条先輩だが、まさに焼け石に水だ。いや、むしろ火に油を注いでいるような?
短いスカートからチラチラ見える可愛い下着もたまらないが、それよりも、あの常に凛々しく表情を崩さない三条先輩が、恥ずかしそうに悶えているのが超興奮なのだが!
そんな三条先輩に、会場の生徒は大盛り上がり。
「うおおっ! あの阿修羅デコが可愛いだとっ!」
「三条副会長がエッチな姿に!」
「たまらねえ……今夜のオカズをありがとう」
「正直いけ好かねえ女だと思ってたけど、実はこんなに可愛かったんだな」
ここにきて三条先輩の人気が急上昇だ。会場の誰もがパンツ……じゃなく三条先輩に釘付けになっている。
「えっ、ええっと……審査員長の進藤さん?」
司会も苦し紛れに進藤会長の顔を見る。
「うむ、素晴ら……三条、よく頑張ったな」
あの鬼神進藤烈火が照れているだと! 額に手を当てて直視できていないだと! 共感性羞恥心かよ!?
てか、最前列にいる俺の席からだと、パンツ丸見えなんですけどぉおおおおおお!




