第90話 文化祭デート
俺たちのクラスの出し物は大盛況だった。主に、女子のメイド姿目当ての男子が多いからなのだが。
多めに用意していた材料も底を突き、一部メニューは完売したほどだ。
「やっと落ち着いてきたな……」
午後に入ってからは順番待ちも解消され、順番に休憩もできるようになった。まあ、パンケーキや一部ドリンクが品切れになったからなのだが。
「むぅ…………」
さっきからシエルの視線が気になる。ジッと俺を見つめているようで、たまに視線が合うのが気まずい。
「どうしたんだ、シエル?」
プイッ!
俺が声をかけると、慌ててそっぽを向くのだが。何度も言うようだが、何で昼間は塩対応なんだよ。
「グヘヘ、大将」
そんな俺のところに岡谷がやってきた。多少グヘりながら。
てか、何で大将なんだよ?
「どうした岡谷」
「さすが安曇の旦那だぜ。クラスの陽キャをそそのかしてメイド喫茶をやっちまうなんてよ」
「文化祭にはメイドがつきものだろ。あと大将じゃなかったのかよ」
いまいち大将なのか旦那なのか分からんな。
「どっちでも良いってことよ。それより眼福だぜ。いつもは怖い陽キャ女子が、メイド服姿で『おかえりなさいませ岡谷様♡』って言ってる姿がよ。グヘヘッ」
岡谷のグヘりが酷くなった。
「おいおい、誰も『岡谷様♡』なんて言ってないだろ」
「俺の脳内ではそう変換されてるんだよ。クラスカースト上位の陽キャ女子が、俺に跪く姿がな」
「やめておけ。女子にキモがられたらおしまいだ」
「ぐはっ!」
岡谷の幻想は打ち砕かれた。まあ、カースト上位女子を屈服させるのが男子の夢なのは分からなくもない。
そんなことを考えていると、そのカースト上位っぽい女子がやってきたのだが。
「安曇は休憩に入って良いよ。もうキッチンは暇になったし」
「ああ、じゃあお言葉に甘えて」
俺がエプロンを外すと、岡谷もそれに倣う。
「岡谷、あんたはサボってたでしょ! こっち来なさい!」
「ひぃいいいっ! 許してくれぇ」
岡谷は陽キャ女子に連行されてしまった。脳内妄想と正反対じゃないか。
「さて、どうしようかな?」
ふと教室内を見回すと、ちょうとシエルも休憩に入るところだった。
「あっ、壮太……」
「シエルも休憩か?」
「うん」
俺が声をかけると、シエルは何か言いたそうな顔で頷く。
おいシエル、その目で訴えかけるような顔は何だ? もしかして、俺と文化祭デートしたいとか?
待て待て待て、もし違ってたらキモがられるだろ。
でも…………。
「えっと……その、文化祭……一緒に回るか?」
「うん」
シエルが嬉しそうな顔になった。
だからその顔だよ。誤解しちゃうだろ。シエルも俺を好きなんじゃないかって。
「じゃ、着替える」
「そのままで良いだろ。文化祭だし」
メイド服を着替えようとするシエルを止めた。だってメイド服のシエルとデートしたいから。
「そ、壮太のエッチ……」
「くっ、何も反論できねえ」
俺は金髪美女メイドと一緒に文化祭を回ることになった。そう、ジト目で俺を睨むシエルと。
「人が多いな」
「うん。そだね……」
俺とシエルが校内を並んで歩く。家では距離が近いけど、学校では新鮮だ。
まるで文化祭デートだな。
「シエル……」
「うくぅ♡」
頬を赤らめるなよ、シエル! 俺まで恥ずかしくなっちゃうだろ! もう完全に初々しい付き合いたてカップルみたいじゃねーか!
何か、何か話題を作らないと。
「あっ、あれは……お化け屋敷か?」
廊下を歩いていると、やけにリアルなゾンビが目に留まった。そのゾンビの格好をした生徒が呼び込みをしている。
ちょうどいいタイミングだな。
「シエル、あれに入ろうか?」
「ぐぬぬぬぬ……」
「何で怒ってるんだよ!?」
しまった。思い切り外したか。
そういえば、シエルって怖いの苦手だったよな。
「やっぱり別の――」
「入る。壮太が入りたいなら」
「えっ?」
結局入るのかよ。
ひゅぅ~どろどろどろどろ!
「「「ぎゃああああああ!」」」
お化け屋敷の中は真っ暗だった。おどろおどろしい音楽と女子生徒の悲鳴が響いていて、余計に雰囲気が増している。
制服の裾を掴むシエルから、微かな震えが伝わってくるようだ。
「ははっ、意外と本格的だな」
「そ、そそ、壮太、速い。先に行かないで」
暗くてよく見えないが、シエルが怖がっているのは分かる。
「シエル?」
ドドォーン!
「きゃああああああ!」
何か話そうとした時、突然すぐ近くで大きな音が鳴り、悲鳴を上げたシエルが抱きついてきた。
「お、おい、抱きつくな!」
「怖い怖い怖いぃいい~!」
最初は腕だけだったのに。もう、俺の胸に顔を埋めるように、シエルは全身で抱きついている。
柔らかかったり良い匂いがしたりで、お化け屋敷どころじゃないぞ。
「あっちが出口だ。俺がついてるから」
「うん……うん……」
俺は震えるシエルを抱きながら、光の見える方へと向かった。
「で、出たぞ。もう大丈夫だから」
「う、うん♡」
これ、どういう状況? シエルが俺を放してくれないのだが。抱きついたままなのだが。
ついでに、周囲の男子生徒の羨望の眼差しが集まっているのだが!
「おい、あれ」
「姫川さん、やっぱり安曇と……」
「くっそ、羨ましい」
「あの姫川女王をモノにするとか、安曇は何者だよ」
モノにしてねーよ! 勝手な噂を流すんじゃない!
このままだとヤバい。俺とシエルが付き合ってる疑惑が広がってしまう。
「シエル、あっちで休もうか?」
「うん♡ 行こっ♡」
素直だな。どうしちゃったんだ?
中庭のベンチに座った俺たちは、途中で買った女子バスケ部屋台のたこ焼きを広げる。
「意外とマトモなたこ焼きだ」
もっとこう生焼けとか焦げ焦げを予想していたが、店のと比べても遜色がない。
ただ、さっきまで素直だったシエルの態度が急変しているのだが。
「女バスの先輩と仲良いんだ?」
「えっ、それ? それで怒ってるの?」
「仲良いんだ?」
「べつに良くないよ。前に生徒会関係の仕事で顔見知りになっただけだぞ」
「ふーん」
安心したような顔になるシエル。相変わらずよく分からんやつだ。
「食べるか?」
爪楊枝で刺したたこ焼きを向けると、シエルはジッと俺を見つめてきた。
「フーフーして」
「は?」
「熱いから、フーフーして冷まして」
あれっ? 今度は甘えん坊になったぞ。もしかして、こいつはシエルの顔をしたノエル姉かな?
「は、早く。冷ましてから食べさせて」
「分かった分かった。フーフー……ほら」
「あーん」
どうしたんだシエル? まだ昼間だぞ。深夜の催眠時みたいに甘々なのだが?
「あっ、熱っ! はふはふ……」
「ぷっ! まだ熱かったか」
「むぅううっ! 壮太ぁ……はい、お返し」
恨めしそうな顔をしたシエルが、たこ焼きのパックを奪い取る。爪楊枝で刺したのを、俺の口元に差し向けてきた。
「おい、それ熱いだろ」
「問答無用、仕返し」
「こらっ、あっ、はふっ! 熱っ!」
「あははは♡」
熱がる俺を見て笑うシエルだ。ちょっとだけ女王様みたいで背筋が震える。
「シエルって絶対Sだよな?」
「ち、違う。普通……」
「普通かな? シエルと付き合う男は大変そうだ」
「べ、べつに大変じゃない。付き合ったら尽くす妻」
妻じゃねーだろ! 付き合ったら結婚まっしぐらかよ!
「そ、それに……手料理も食べて欲しい……」
「えっ? シエル……」
それって? あれだよな。俺が言った理想の……。
シエルは赤い顔をしたまま黙ってしまった。
女子と二人っきりで無言なんて、本当なら苦痛なはずなのに、不思議とシエルと一緒なら居心地が良い。
このまま、ずっと一緒に居たい。もう、自分の気持ちを誤魔化せない。
俺は……どうすれば。
◆ ◇ ◆
無事にメイド喫茶を成功させた俺には、もう一つ重要な任務があった。
そう、蝦夷共和国作戦が!
土方歳三
新選組副長として、鉄の掟で隊をまとめ上げた彼は、現代でもドラマや小説や漫画などで人気を誇る人物だ。
己の誠を信じ、日本各地を転戦し、ついには蝦夷(北海道)にまで舞台を移し散った姿は、誰しもロマンを感じるはず。
「よしや身は蝦夷が島辺に朽ちぬとも魂は東の君やまもらむ」
「安曇さん、そういうのは結構ですから。話を進めてください」
土方歳三辞世の句を述べる俺に、三条先輩は冷静な顔でそう言った。
くっ、だからこの先輩はノリが悪いんだよ。シエルならノリノリでツッコんでくれるのに。
しかし俺って、いつもシエルのことばかり考えている気がするよな。さっきの昼休憩が決定的になった気が。
ここは生徒会室。クラスのメイド喫茶が一段落した俺は、新選組のコスプレ衣装を持って抜け出したのだ。
今は三条先輩に作戦内容を説明しているところである。
ちょっと話しは逸れたがな。
そう、これからミス富岳院を決める大事な戦いが始まるのだ。
強烈にシエルを意識してしまう。それは深夜の催眠のせいなのか? それとも何気ない日常のせいなのか?
変な作戦やってる場合じゃないぞ。




