第89話 謎のウサギ
三条先輩が恥ずかしい目に遭う少し前――――
「会場の設営OK、メイド服の用意OK、ドリンクとスイーツの準備もOK」
カラフルなインテリアに飾り付けられた教室。今日は文化祭当日だ。
俺はクラスの文化祭イベントであるコスプレメイド喫茶の最終確認をしていた。
コミュ障気味の俺が実行委員なんてと思っていたが、クラス委員の明日美さんや星奈が張り切ってくれたので、準備は順調に進んだ。
後は本番だな。
女子の方に目を向けると、星奈が衣装を配っている。
「じゃあ、女子はメイド服に着替えて。男子は一旦、教室の外に出てろー」
メイドや執事は陽キャの人たちに任せておこう。やる気になってるし。
俺は静かに裏方をやるぜ。
そう、俺は裏でキッチン業務をし、たまに女子のメイド姿を眺める。これがベストだ。
しばらく廊下で待っていると、星奈の声がした。女子の着替えが終わったようなので教室に入る。
壮観だな。普段は制服姿しか見ていない同級生女子が、メイドやアニメキャラにコスプレしているのは不思議な感じだぞ。
「壮太、ど、どうかな?」
シエルの声が聞こえて振り向くと、そこには天使が降臨していた。
ポニーテールにしたダークブロンドの髪と、クールで超美形の顔が、不思議とメイド服にピッタリ合っているだと!
「えっ、可愛い。って、ヤベっ! しかしこれは、アニメから出てきたメイドさんかな? 教室で見ると一段と可愛く見えるような? 何だこれ? 天使かよ」
「えっ♡ そ、壮太?」
俺の心の声がダダ洩れになり、シエルがモジモジし始めた。マズい。学校では誤解される行動は慎むべきなのに。
だがしかし、シエルが可愛すぎて止められないぜ。
「しまった。喋り過ぎたか……」
「壮太君、わ、私はどうかな?」
続いて明日美さんがやって来た。
どう表現すれば良いんだよ。
最近、明日美さんの表情が艶っぽくて対応に困るのだが。小柄で胸も控えめなのに、形容し難い艶めかしいエロスを感じる。
「う、うん、良いね」
「壮太君! 姫川さんの時と反応が違うよ」
「そう言われても……」
「壮太君♡ 壮太君♡ 壮太君♡ 壮太君♡」
今日も今日とて明日美さんは妖しかった。
「そうちゃむ、アタシのメイド服が無いんだけど?」
さっきまで皆の衣装をチェックしていた星奈が駆け寄ってきた。
思ったよりメイド服の人気があるのか?
俺は衣装の入った段ボールを覗き込むと、一つだけ余った袋を取り出す。
「確かメイド服がもう一着あったよな……これこれ」
俺が渡した袋から衣装を出した星奈が、目の前で広げて見せた。
「って、これ超ミニスカのエロ奴隷メイドだしぃ!」
丈が極端に短いエロメイドだった。長身の星奈が着ると、常にパンツ丸見えになる危険な代物だ。
「あれ? これは俺が買ったのだよな。間違えて一緒に持ってきちゃったのか?」
「買った?」
「な、何でもない」
慌ててエロメイド服を回収すると、代わりに新選組の羽織を手渡す。
「こっちを着てくれ。星奈は背が高いから似合うだろ」
「あっ、これ和服なんだ。ありがと、そうちゃむ♡」
何とか誤魔化したぞ。エロメイド服はしまっておこう。
「ねえねえ、そうちゃむ♡」
ニマニマした表情になった星奈が顔を寄せてきた。
「そんなにアタシをエロメイドにしたいんだ?」
「ち、違うって」
「ぬへへぇ♡ 二人っきりの時なら着てあげるし♡」
ギャルっぽく顔の前でポーズを決めた星奈は戻ってゆく。「にししっ」と不敵な笑みを浮かべたまま。
しまった。何だか俺が女子をエロメイドにしたいみたいじゃないか。
一旦忘れろ。邪念を払わねば。
◆ ◇ ◆
「2Bの教室でメイド喫茶やってまーす」
恥ずかしい。俺が宣伝要員になってしまうとは。
人の多い昇降口付近で、前と背中に看板を吊るして呼び込みとか。目立つじゃねーか。
しかも、ろくにチラシを受け取ってもらえんのだが。
ピコピコピコピコピコ――
変な足音が聞こえて振り向くと、そこにはウサギの着ぐるみを着た人が立っていた。
「えっ、誰?」
ピコピコピコ!
返事の代わりに足踏みをする。コミカルなジェスチャー付きで。
何だこのプロ意識の高い着ぐるみは! 千葉と東京の間辺りにあるテーマパークかな?
ポンポン!
ウサギが俺の肩をポンポンする。
「何だ、俺を労わってくれるのか?」
ピコピコ!
「チラシを寄こせって?」
俺からチラシを受け取ったウサギが、コミカルな動きで配り始めたぞ。
すぐに人だかりができる。
「うおぉ! 変なウサギだ!」
「ウサギさんだぁ、かわいい~!」
「ママ、あそこに行きたい」
「はいはい」
たちまち子供の人気者になったのだが! 何だこのコミュ力が高いウサギは!?
チラシ配りが、あっという間に捌けてゆく。
「あら、チラシ配りですか? 愉快な仲間ですのね」
突然、落ち着いた声色で話しかけられた。ちょっぴり百合の波動を感じる話し方で。
今日は千客万来かな。
「三条先輩」
俺が返事をすると、声の主、三条先輩は良い笑顔になる。菩薩みたいに慈愛の満ちた。
「ふふっ、似合ってますわよ。安曇さん」
「冗談やめてください」
「本当に似合っていますのに。ウサギさんも」
いくつか会話を交わしてから、おもむろに三条先輩が顔を近づけてきた。
それに合せるよう、ウサギも近づけてきたのだが。
「安曇さん、例の件は大丈夫でしょうか?」
例の件、三条先輩を進藤会長とくっつける作戦だろう。
「大丈夫です。準備は万端。任せてください」
「うふふっ、さすが安曇さん、頼りになりますわ」
そこで三条先輩は俺の色恋ネタまで振ってくる。
「安曇さんの方はどうなっていますの?」
「どうもなってないですよ」
実際のところシエルとノエル姉は家族なのでどうしようもない。三条先輩には説明できないのだが。
「あら、お似合いだと思いますのに」
「俺とじゃ釣り合わないですって」
「そうかしら? 成功率は極めて高いはずですわ」
俺も三条先輩も、意図的に固有名詞を出さない。この場にはウサギさんも居るからな。
分かる人が聞いたら分かるかもしれないが。
「仲が良く見えるけど、恋愛的な好きじゃないと思いますよ」
「そう思っているのは安曇さんだけかもしれませんわよ」
「そうですかね?」
「そうですわよ。好きなのでしょう?」
「それは……好きですけど」
ピョコピョコピョコ!
ウサギが変なダンスを始めたのだが。こいつ、恋バナ好きのウサギなのか?
「じゃあ、俺は戻りますね」
「はい、それではまた」
三条先輩にお辞儀をしてからウサギの方を向く。
「何処の誰だか知らないけど、ありがとうございました。プロ意識の高い着ぐるみの人」
俺は教室に戻った。
◆ ◇ ◆
俺たちのメイド喫茶は大繁盛していた。廊下まで順番待ちの人が溢れ、列を作っている。
主に富岳院と他校の男子生徒が多いのだが。
それもそのはず。男子生徒はメイドになったシエル目当てらしい。
「おい、あの金髪の子」
「噂の富岳院一の美女、姫川女王らしいぜ」
「うおおっ! 姫川さん、超可愛いな!」
「あのクールな横顔がたまらん」
さっそく噂になっている。
俺のシエルをエロい目でみるんじゃねえ!
そう思ってから急に恥ずかしくなる。『俺の』とか考えた自分に。
「くっそ……」
俺が女子目当ての男子どもに目を光らせていると、エプロンを着けたクラスメイトが手招きしてきた。
「ちょっと安曇! キッチン忙しいから手伝って!」
「お、おう」
衝立の裏側にあるキッチンは大忙しだった。予想外に客が入ってしまい、調理が追い付かないようだ。
俺はオーダー表を確認する。
「パンケーキのイチゴとハチミツとあずきか? なら一気に焼いちゃえば良いだろ」
そう言って、ホットプレートに生地を流す。
ジュゥゥゥゥ!
メニューは簡単なのに決めたからな。教室でやるような喫茶店に複雑な料理は不向きだ。トッピングだけで済むようなものが最適なんだよ。
どんどん完成したパンケーキを皿に載せてゆく。後はホイップクリームを絞ってトッピングを添えるだけ。
「安曇君って料理上手なんだぁ」
オーダーを取りに来た笹野が言う。感心したような顔で。
「まあ、たまに作ってたからな」
「ふーん、将来結婚したら良い旦那さんになりそう」
「そ、そうかな? 俺は好きな子に料理作ってもらうのも夢だけど」
近いんだって! 何で陽キャ女子って距離がバグってるんだよ!
シエルに見られたら……って、やっぱり見られた!
「壮太……」
トレイを手にしたシエルがジト目になる。
「えっと、シエル……これ、完成したから……」
「壮太、好きな子の手料理が食べたいんだ?」
「は?」
相変わらず意味深発言が多い女王様だな。