第87話 もう大人だね
夕暮れのショッピングモール、肩を寄せ合った俺とシエル。そして、目に涙を溜めたノエル姉。
悲しそうな顔を見た俺は、胸がギュッと締め付けられる感覚になった。
「あの、ノエル姉……」
「ううっ、ヒドいよ。そうちゃん」
涙目のノエル姉が俺の腕を掴む。縋る様な目をして。
やっぱり誤解してるよな。ここはフォローせねば。
「ごめん、ノエル姉。ダサいって言ったのは誉め言葉なんだ。サイだけに」
「えっ、何のこと? って、ダサくないよ!」
先に安心させようとして、思い切り外してしまった。サイのぬいぐるみは忘れろ。というか、遠かったから俺たちの会話は聞こえてないよな。
アホなこと言ってないで真面目に説明しないと。
「とりあえず、ノエル姉がダサいのは置いておこう」
「それはどうでも良いからっ!」
良いんだ。
「それよりヒドいよ! 今日は私の大切な日なのに、そうちゃんったらシエルちゃんとデートして。忘れちゃったんだ? もうお姉ちゃんは要らないんだ? ふえぇええええぇ~ん!」
困った。ノエル姉が子供みたいに泣き出してしまったぞ。この人、たまに赤ちゃんになるよな。可愛いけど。
「だから誤解だって。忘れてないよ」
「ほんと?」
上目遣いに俺を見るノエル姉の瞳が揺れる。宝石のような瞳が涙で濡れ、より一層輝きを増しているように。
ダメだ。もう人目もはばからず抱きしめて俺の彼女にしたい。
俺はバカだ。さっきまでシエルと恋人気分だったのに。もうノエル姉に心を奪われている
好きだ。もう隠せないくらいに好きだ。シエルとノエル姉が。二人とも好きだ。
「そうちゃん! そうちゃん!」
ノエル姉が俺の顔を覗き込んできた。
俺がボーっとしてたからだよな。
ちゃんと説明しよう。
「バカだなあ、ノエル姉は。そのプレゼントを買いにきてたんだぞ」
「うんうん。お姉の誕生日プレゼントだよ」
俺の言葉にシエルが相槌を打つ。
「えっ、じゃ、じゃあ……今日は私のために……。ご、ごめんなさい。私ったら早とちりして……。って、バカじゃないもん」
さっきからノエル姉の表情がコロコロ変わる。思い出したようにバカにツッコんだぞ。
「俺とシエルが誕生日プレゼントを選んでるのを見て、忘れてデートしてると誤解するとか。これをバカと言わずして何とする。もう、おバカ姉かな?」
「変な名前つけないでぇ~」
いつものノエル姉に戻ったぞ。これで一安心かな。
「そういうことだから。分かったのならノエル姉は先に帰って良いぞ。俺たちはプレゼントを買って帰るから」
ここでプレゼントがバレちゃったら楽しみが減っちゃうしな。
しかしノエル姉は不満顔だ。
「私も一緒に買い物するぅ♡」
「一緒に買ったらサプライズにならないだろ」
「サプライズじゃなくて良いから。それにもうドッキリしたから。ドッキリ大成功だよ」
「ドッキリ企画なんてしてないのだが」
勝手にノエル姉が尾行してドッキリしただけだぞ。
「むぅ……そうじゃないの。お姉ちゃんだけ除け者なんて許さないんだから」
「はあ?」
「シエルちゃんとだけデートするなんてズルいズルい。デートするなら、お姉ちゃんとしなさぁーい!」
駄々っ子になってしまったぞ。どうすんだ、このワガママ姉は。
「しょうがないなぁ。シエル、作戦変更だ。お姉陥落作戦は中止する。ノエル姉と行動を共にするぞ」
「了解」
俺とシエルが『やれやれ』といった顔をすると、ノエル姉は満面の笑みになった。
「ほら、行くよ。プレゼントを買いに」
「自分のプレゼントを買いに行くとか何なんだ? てか、デートじゃないし」
「男女が一緒に出掛けるのはデートなんだよ」
この過保護姉、俺がクラスの女子と出掛けようもんなら、保護者気取りでついてきそうだな。
「どうしたの、そうちゃん? お姉ちゃんの顔をジッと見て」
「俺に彼女ができても過保護姉が同行しそうだと思ってな」
「だ、ダメダメ! 彼女なんて許しません!」
「はあ?」
「ダメったらダメぇええ! 彼女は絶対ダメぇええ! 一生お姉ちゃんとデートするのっ!」
愛が重い! まあ、姉弟愛だろうけど……。
ったく、こっちの気も知らないで。俺がどんだけノエル姉を想っているか。どんだけエッチな目で見ているか知らないんだろ。
もう、妄想の中では何度も何度もエッチしてるんだぞ。
「えへへっ♡ そうちゃんとデートだよ」
俺の欲望をくすぐるように、ノエル姉が腕を組んできた。
「壮太、お姉にくっつき過ぎ♡」
シエルまで反対側の腕を取ってきたのだが。
「お、おい、これはマズいって。クラスメイトに見られたらどうすんだ? 変な噂が……」
「その時はぁ♡ お姉ちゃんと付き合ってることにしよっ♡」
「そ、壮太のバカ♡ もう知らない」
待て待て待て待て! 何だこれは?
ニッコニコのノエル姉と、そっぽを向いたシエルに腕を引っ張られているのだが。
捕まった宇宙人じゃねえぞ。
その日、俺は二人の美人姉妹と同時デートする栄誉にあずかれた。知り合いに見られないかヒヤヒヤしながらだがな。
◆ ◇ ◆
「ハッピーバースデートゥーユー♪ ハッピーバースデートゥーユー♪ ハッピーバースデー、ディアおバカ姉♪」
「真面目にやって! もおぉおおっ♡」
自宅のダイニング、テーブルの上には買ってきたイチゴのケーキと莉羅さんの作った料理。
俺が誕生日ソングを歌うと、隣で緩み切った顔のノエル姉が抱きついてきた。
「待て、胸が当たって」
「イジワルなそうちゃんにはお仕置き♡」
「マジでやめてくれ! もう俺、限界かも」
このお姉、わざとやってるだろ。思春期真っ盛りの男子を興奮させてどうする気だ。
「あらあら、相変わらず仲が良いのね」
莉羅さんは止めるどころか煽っている気がするぞ。実の娘が目の前で男とイチャコラしても良いのかよ。
「ママもハグしたいわぁ♡ ほら、リラちゃんにもぉ♡」
「そ、それは勘弁してくれ」
「壮太……息の根……」
正面に座っているシエルの視線が怖い。本当に息の根を止められそうだぞ。
何とかこの場を収めないと。
「シエル、ほら、プレゼントを。ノエル姉はろうそくの炎を消そうか。フーだぞ、フー」
十八本のろうそくを「フー」っと消したノエル姉が、俺の耳元に顔を寄せる。
「もう大人だよ、そうちゃん♡ し、しても……良いよ♡」
ドキッ!
は!? 何のことだ? ノエル姉……何をするって? 聞き違いかな? まさか、そんな……。
「じゃああ~ん! サイぐるみぃ」
シエルが某長編アニメキャラみたいな声でプレゼントを出した。
クールな美人顔で突然かましてくるのがツボだ。
「わぁあ、やっぱり可愛い」
「私と壮太から」
「ありがとう。シエルちゃん、そうちゃん」
良かった。喜んでくれて。
最初に見たサイのぬいぐるみが気に入ったからだけどな。ノエル姉本人が。
「あと、これも」
そう言って俺はプレゼントの袋を差し出す。
トイレに行くフリをして、こっそり買っていたものだ。
「えっ、そうちゃんが?」
「開けてみて」
「うん」
ノエル姉が袋を開けると、中から紺色のジャージが出てくる。
「ジャージ?」
「うん、今着てるのはお尻が擦り切れてるし、Gカップが収まらないし。何より洗濯していなそう――」
「も、もうっ♡ それは良いから♡」
頬を染めながらノエル姉はジャージを抱きしめる。
俺が選んだ、機能性とフィット感とダサさを兼ね備えた逸品だ。これならノエル姉の魅惑のGカップとムッチリした尻を包んでくれることだろう。
「そうちゃん、ありがとね♡」
そう囁くノエル姉の瞳が熱を帯びているような。もう、お互いに歯止めがきかなくなりそうな予感がする。
◆ ◇ ◆
風呂上がりの俺は、自室のベッドの上で使い込んでボロボロになったジャージを眺めていた。
「ど、どど、どうしよう……。ノエル姉の古いジャージを回収してしまった」
そう、俺がプレゼントしたジャージを喜んで着たノエル姉は、古いボロジャージを脱衣所に脱ぎ捨てていたのだ。
このままではゴミに一直線だろう。
「勿体ない。ノエル姉成分が染み込んだ聖遺物だぞ! こんなの勿体なくて捨てられねえ!」
興奮と愛おしさと収集欲でおかしくなっていた俺は、禁忌を犯してしまったのだ。
そう、義理の姉の使用済み衣類を拝借するという。
「だだだ、だめだぁああああ! これじゃ変態だぁああ! どど、どうする、今からでも処分するか!? 待て、今はマズい。こんなの誰かに見られたら。冷静になるんだ。今夜は寝て明日考えよう」
俺はジャージを机の上に置き、邪念を打ち払って布団に入った。肝心なことを忘れたまま。
カチャ!
それからどれだけ時計の針が進んだだろう? いや、デジタルだから針は無いが。
ドアが開いて誰かが部屋に入ってきた。
そう、いつもの催眠が…………って、待て! 机の上にはノエル姉の使用済みジャージが!
俺は人生最大のピンチを迎えてしまった。




