第83話 メイド姉
俺は慌ててカーテンを死守し、明日美さんの痴態が皆の知るところとならないよう努めた。
そう、これは性なる戦いだ。
「どうした姉姫様の従者安曇よ。そんなところで」
俺が試着室のカーテンを押さえているものだから、不思議に思った岡谷が寄ってきたのだが。
ここは絶対守らねば。明日美さんの恥ずかしい水着姿は誰にも見せないぜ。
「どうしたの壮太君?」
カーテンの隙間から明日美さんが首を出した。
何をする覚醒せし大いなる蜷局明日美! 俺がキミを守っているというのに。
「明日美さん、ダメだって! 隠れて!」
「どうしたのかな? うふふっ♡ 壮太君ったら慌てちゃって」
艶っぽい表情の明日美さんが、俺の耳元で囁く。
それを見た岡谷が余計な詮索をするのだが。
「どうしたんだよ安曇? 蜷川さんがどうかしたのか?」
「岡谷、悪いことは言わねえ。これは見ない方が良いぞ。見たら原初の魔王の逆鱗に触れてしまう」
俺の一言で何かを察したのか、岡谷の足が震え出した。
お前も明日美さんの恐ろしさが分かるのか。
「お、おう……そうか。色欲の魔王の怒りを買ったら学園では生きてゆけねえ……」
ガタガタと震えた岡谷が後ずさる。そのまま回れ右して逃げていった。
危機は去ったぜ。
「壮太君ったら、私の体を他の人に見せたくないんだよね♡」
いや、危機は去っていなかった。
カーテン越しに明日美さんの色っぽい声が聞こえる。男を惑わすような声が。
あれっ、明日美さんってセイレーンかな?
「と、とにかく服を着てくれ。その格好はヤバいって」
「うふふ♡ 壮太君、私のコスプレで興奮してるんだ?」
明日美さん、それはコスプレというより露出狂では? そのヒモ水着、一体何のコスプレだよ。
「早く着替えようか? 他の人に見られたらマズいだろ」
「そうだね。今度、壮太君にだけ見せるからね♡」
「見せなくて良いから。そんなの見たら我慢できなくなっちゃうだろ」
「ふふっ♡ やっぱり壮太君には強引に行かないとね♡」
なおも艶っぽい顔で迫る明日美さんを必死に止めた俺は、やっとのことで着替えさせるのに成功した。
もうどうなってるんだよ!
「じゃあ、お願いします」
「ありがとうございましたー」
文化祭で使うコスプレ衣装一式を予約完了した俺たちは、店員さんに見送られながら店を出た。
コスプレイヤーのシエルと現役メイドの星奈、そしてオタク参謀の岡谷の意見を取り入れ、メイド服はクラシックでありながら現代風のスカート丈だ。
あとは前日に受け取るだけ。
「ふう、これで一先ず安心かな」
ホッと息をはく俺に、シエルは不思議そうな顔を向けてきた。
「壮太、その袋は何? 買ったの?」
シエルは俺が持っている袋が気になるようだ。
まあ、皆にこっそり買ったのだが。
「な、何でもないぞ」
「気になる……。何を買ったの?」
「だから何でもないって」
「ふーん……」
シエルが肩をすくめる。きっと、『このエロ義弟め』とか思っているのかもしれないな。
◆ ◇ ◆
「くくくっ……これが超ミニスカのエロ奴隷メイドか」
つい魔が差したのか、俺はエロ奴隷メイドのコスプレ衣装を買ってしまった。
だって超ミニスカなんだぞ! 常時パンチラなんだぞ! 健全な思春期真っ盛りの男子なら心惹かれるのもしょうがないだろ!
「し、しかし……買ったのは良いものの、これを誰に着させるのかという大問題が……。しまったぁああああ! こんなの着てくれとか女子に言ったら軽蔑されてしまう!」
今さらながら、自分のアホさに呆れる。
「い、いや待てよ、星奈なら喜んで着てくれそうだよな。だが、それをしたら危険だと俺のドーテーセンサーが鳴り響いているぜ」
見た目は怖そうなギャルなのに、実はドMメイドの星奈だ。恥ずかしいコスプレなら喜んで着そうではある。
しかし、そんな頼みをしたら、俺に下心があるのがバレバレで……。もうエッチしたいって言ってるようなもんだろ。
「明日美さんも着そうな気がするよな。あんなヒモ水着になったくらいだし」
俺のドーテーセンサーが、更に大きな音で危険を知らせている。彼女は超危険だと。
あの思い込みが激しく暴走気味の明日美さんだ。きっとコスプレだけでは済まないだろう。
やっぱり、もうエッチしたいって言ってるようなもんだろ。
「ししし、しまったぁああ! どっちもエッチしたいみたいだったぁああ! こんなのドン引きされてしまう!」
そこで姫川姉妹の顔が浮かぶ。
「ずっと考えないようにしていたけど、シエルやノエル姉は……だ、ダメに決まってるだろ。同じ家に住む家族をエロい目で見たら終わる」
もうエロい目で見まくっているのだが、それはそれ、これはこれだ。
「まあ、シエルは着ないよな。『バカなの?』って氷の女王顔で言われそうだぞ」
コンコンコン!
「うひゃあぁああ!」
妄想全開の最中にドアをノックされ、俺は変な声を出してしまった。
「どうしたの、そうちゃん?」
来訪者はノエル姉だった。
そう、これがあるから一人でスッキリするのも難しいのだ。途中で入ってこられたら俺が終わるからな。
「な、何でもないよ」
ガチャ!
「変な声が聞こえたけど?」
ドアを開けてノエル姉が顔を出した。
「き、気のせいだよ」
「あれっ? そうちゃん、今何か隠したよね?」
ノエル姉が、俺の背中を覗き込む。
普段おっとりしているのに、意外とよく見てるんだよな。
「なな、何も隠して無いよ」
「あやしぃ。エッチなのだよね? お姉ちゃんに見せなさぁい」
「だから違うって」
「そぉうちゃぁ~ん!」
ニマニマした顔になったノエル姉が飛び掛かってきた。お姉は怪盗アルセーヌ・ルパンの末裔か!?
「待て待てぇ! 当たってる! Gカップが当たってるって!」
「そうちゃんのエッチぃ♡」
「エッチなのはノエル姉だって!」
結局、俺は密かに買ったメイド服を奪われてしまった。まるで俺の性癖を見られているようで居たたまれない。
「そ、そうちゃん……やっぱりメイドさんが好きだったんだ」
「ううっ、否定できねえ……」
「よし、お姉ちゃんに任せなさい♡」
何かを決意した顔になったノエル姉が大きく頷く。
「そ、そうちゃんが望むなら、お、お姉ちゃんがメイドさんになってあげようか?」
「は?」
「しょ、しょうがないよね♡ そうちゃんが我慢できなくなっちゃって、他の子にメイドを強要したら困るし」
「えっ?」
「私がそうちゃんの専属メイドになります♡」
超ミニスカのエロ奴隷メイド服を握りしめたノエル姉が宣言する。自ら俺専属のエロメイドになると。
それって倫理的にどうなんだ?
「お姉ちゃんに任せて♡」
「それはやめておいた方が……」
「大丈夫っ! お姉ちゃんメイドさんになるよ♡」
ああ、もうどうなっても知らないぞ。
「って、服を脱ぐな!」
ファスナーを下したノエル姉のダサジャージから、パツパツのGカップが飛び出した。
「そ、そうちゃん、後ろ向いてて」
「だから、ここで着替えなくても」
「ほらほら、後ろ向いてれば大丈夫だよ」
強引に後ろを向かせたノエル姉は、そのまま俺の部屋で服を脱ぎ始める。
シュルシュル――
ああああぁ! 衣擦れの音がぁああ! 俺の部屋でノエル姉が裸になっているだと!
これヤバいよな? ただでさえ巨乳でムッチリ尻のノエル姉が、あんな超ミニのコスプレしたら。
これ、教えた方が良いのか?




