第81話 孫ができちゃうわ
ガチャ!
ヒタッ、ヒタッ、ヒタッ――
いつものように深夜零時を回った頃、部屋のドアが開いて誰かが入ってきた。まあシエルだろうけど。
来ると思ってたんだよ。学校で星奈や明日美さんに抱きつかれてたからな。
しかし最近の二人は行動が過激化しているような? いくらふざけてとはいえ、異性に抱きつくのはどうなんだ。
カサッ!
俺が寝たふりをしていると、入ってきた誰かが枕元に座った。
「壮太……今日こそ息の根を止める」
いきなりそれかよ!
てか、やっぱりシエルだよな!
「コスプレメイド喫茶……やぱり壮太はコスプレ好きなんだ」
うっ、そうだよ。コスプレ好きだよ。前にシエルのマジカルメアリーを見た時もドキドキが止まらなかったぜ。
「でも、私が簡単にコスプレするなんて思ってないよね?」
ん?
「私はやらないよ。壮太以外の人に見せるのは恥ずかしいから……」
だよな。シエルは恥ずかしがり屋だよな。
まあ、シエルにはコスプレのことを教えてもらいたいんだよ。衣装とかな。
「それに……壮太のバカ。他の女にデレデレして……。あの時、言ったよね? 好きな女だって……俺の女だって……」
ああああぁ! それは聞かなかったことにしてくれぇええ! 家族なのに、姉弟になったのに、シエルをそういう目で見てるのがバレるのはキツいって!
「ふふっ♡ 壮太って私のこと好きなんだ?」
ぎゃああああ! やめてくれぇええ!
「はっ、も、もしかして……あれ、蜷川さんのことだったとか? だったら息の根止める」
だから止めるんじゃねえーっ!
「壮太が私を大切に想ってくれてるのは分かるよ。だって、あの時も……あの時も……あの時だって、壮太は私を助けてくれたね」
そんなの当たり前だろ。シエルは俺の妹……姉とか言ってるけど。とにかく俺の大切な人なんだ。
何となく思い出したことがある。それは、俺がシエルをずっと大切に想っていたことだ。
「でも……」
今まで甘々だったシエルの声音が変わる。
「もし、あの発言の相手が蜷川さんだったら……絶対許さない。それって婚約破棄だよね?」
ドスの利いた声を出すシエル、それは完全に悪役令嬢のようで。
婚約破棄? 俺……シエルと婚約したっけ?
そ、そういえば……小さい頃にそんな約束をしたような? うーん……。
「婚約破棄……婚約……」
どうしたシエル? 一人でぶつぶつと。
「わたくしを婚約破棄するなんて許しませんわ。王国を滅ぼしてさしあげます。おーっほっほっほっほ」
唐突な悪役令嬢だったぁああああ!
だから、いきなりギャグや声真似はやめろって! 笑いそうになっちゃうだろ!
「パンがないのなら納豆ご飯を食べれば良いじゃない。えっ、この世界に納豆は無いですって? だったら、わたくしがこの世界に納豆を流行らせてみせますわー!」
だから何の話だよ! 何で納豆なんだよ!
もしかして、今期のアニメ『転生OL悪役令嬢の異世界納豆チート物語』なのか? それって、そんな話だったのか?
女性向けかと思って一話切りしたけど、意外と面白そうだから全話観てみるわ!
「おお、この腐った豆、何て豊かな風味なのだ。それに栄養もバッチリだ。これは貧困にあえぐ国民の救世主になるやもしれぬ」
急に低い声になったシエルが男性商人の役を始めた。
どうした? 実は文化祭の出し物、演劇の方が良かったか?
「ふふっ、しかし納豆には致命的な欠点がありますわ」
また悪役令嬢役に戻ったぞ。
「そ、それは……」
「この腐ったような臭いとネバネバですわ」
「そ、そうだった。これは食べたことのない者にはハードルが高い」
シエル……なに一人で子芝居をしてるんだよ? ちゃんと声音を使い分けてるところが何気に凄いのだが。もう声優になれそうだよ。
てか、これいつまで続くの?
「そこで作戦ですわ。水戸光圀納豆祭りです」
何で水戸黄門なんだよ! もう納豆の話はいいから寝かせてくれぇええ!
「おっと、いけないいけない。ついアニメの話をし過ぎちゃった。壮太とオタクな話をすると時間を忘れちゃうね♡ コスプレやメイド服も楽しみ♡ 可愛いメイド服が良いな」
やっぱりコスプレしたいんじゃねーかよ!
素直じゃないな!
あと、そういう話は昼間してくれ! それならいくらでも聞くから! 寝ている前提の相手にオタ話するんじゃねー!
しかし毎回思うけど、何でシエルって、昼間は塩対応なのに深夜だけノリノリなんだよ!
ゴソゴソゴソゴソ――
やっぱりシエルが布団の中に入ってきた。今夜も添い寝催眠をするつもりか。
「壮太ぁ♡ ギュッてしてあげるね♡」
ぎゃああああ! シエルが俺を優しく抱きしめているのだが!
それ、お姉ちゃんに甘えたい心理を突いた作戦だよな? 恐るべし、シエルめ!
「良いんだよ♡ 私の胸の中で休めば♡ いつも壮太は頑張ってるんだから。夜くらいシエルお姉ちゃんの胸でゆっくりしようね♡」
ああ、心が浄化されてゆくみたいだ。シエルの甘々な声で脳が蕩けそう。
俺は何に囚われ生き急いでいたのか。
このままシエルお姉ちゃんに溺れていたい。
もう完全にシエルの術中にはまっているのを自覚しながら、今夜も俺は催眠を受け続けるのだった。
「壮太ぁ♡ 私のこと好きだよね? 良いんだよ。好きになっても♡ 壮太はシエルが大好き……壮太はシエルが大好き……」
ゼロ距離で甘々催眠を受ける。もう何も考えられない。いや、違った。シエルのことしか考えられない。
もう大好きだぁああああ!
チュンチュンチュン――
窓の外では小鳥のさえずりが聞こえる。いつもの朝だ。
「ふぁあ♡ そうちゃぁん♡」
そう、いつものノエル姉だ。って、それどころじゃねえ!
「ノエル姉、起きろって! 何で毎回俺の布団に潜り込んでるんだよ!」
俺はムッチムチに柔らかくて心地よくて良い匂いのお姉を揺する。
もう隠そうともしない。堂々と俺の布団に潜り込んでいるのだが。
本当に困ったポンコツ姉だ。
「ふにゃあ♡ そうちゃん、いただきまぁす♡」
「なんのいただきますだよ? てか、太るぞ」
パチッ!
ノエル姉が、『太る』のワードで目を覚ました。
「ふ、太ってないよ! 太ってないよね!?」
「ノエル姉は太ってないよ」
「だ、だよね……って、あれっ?」
やっと目を覚ましたノエル姉が、俺と目が合って慌てだす。
「あ、あれ? わ、私、変な寝言を……?」
「いただきますとか食いしん坊な寝言だったぞ」
「ちち、違うのぉ! あれは食べ物じゃなくてぇ、そうちゃんを食べようとしてたの」
「俺を食べるんじゃねー! お仕置きだこらぁー!」
「きゃぁああああぁん♡」
今日も今日とて、ノエル姉にお仕置きという名のイチャイチャ攻撃だ。
最近はプロレス技もキレまくってるぜ。
ガチャ!
「ちょっと、壮太君。学校遅れるわよ……えっ!」
「どうだ、ここが弱いんだろ!」
「いやぁああぁん♡ そうちゃん、激しすぎぃ♡」
急にドアが開き莉羅さんが顔を出した。しかも、俺とノエル姉がベッドで絡み合っているところに。
「あらぁ♡ あらあらまあまあ♡ どうしましょう! リラちゃん、孫ができちゃうわぁ~!」
「できませんから! ぜっんぜんやってませんから!」
案の定、莉羅さんが誤解したので、俺は全力で否定しておく。
「そ、そうちゃん♡ 私、先に行ってるね♡」
トタトタトタトタトタ――
散々誤解を広げたまま、ノエル姉は部屋を出て行った。真っ赤な顔で。
どうすんだこれ。
「あの、ちょっとプロレスごっこをしてただけですから。如何わしいことはしてませんよ」
乱れた布団とパジャマを直しながら説明する。全く説得力が無いが。
さっきまでニヤニヤしていた莉羅さんが、ズボンがずり落ちてパンツ一丁になった俺を見て真面目な顔になる。
「壮太君ってば、大人しそうなのに意外とアッチは強そうなのよね♡ 心配だわ。学生出産とか……」
「しませんから! そういうのは!」
「壮太君……前にも言ったけど、二人同時なのはダメよ。せめて時期をずらしなさいよね」
ぎゃああ! もう俺が娘二人に手を出してる前提に! まだ何もしていないのに!
「あ、安心してください、莉羅さん。してないですから」
「でもでもぉ♡ リラちゃんならいつでもOKなんだぞ♡」
「は?」
「どうしても壮太君が我慢できなかったらぁ♡ リラちゃんを押し倒しちゃえば良いからね♡」
「できるかぁああああ!」
この人……たまに本気なのではと思ってしまう。
「やっちゃえ壮太君♡」
「やりません」
「壮太君のケチぃ♡ ママ寂しいのぉ♡」
「お断りします」
本当に困った人だ。冗談抜きにマジで魅力的だから困る。
もう俺の我慢も限界だ。




