第8話 この女、デキる!
朝、ダイニングに向かうと、すでに大人気美人姉妹は食事をしていた。
トーストをかじる姿も、目玉焼きを食べる時に開けた口も、手についたジャムをペロッと舐める仕草でさえ様になっている。
何だこの天使は。
くっ、恋愛しないで省エネモードで生きると決めたはずなのに、家にこんな可愛い女子がいるとか反則だろ。
どうしても意識しちゃうのだが!
「いつまで突っ立ってるの?」
横からクールなツッコみが入った。
シエルが呆れたような顔で俺を見ている。
「ああ、ちょっと二次元と三次元と相対性理論について考えていてな」
俺の言葉でシエルがジト目になった。
やめてくれ。その超美人顔で睨まれると怖いから。
そんなやり取りをしていると、ノエル姉が俺の腕を掴んできた。
「そうちゃん、早く座って。遅刻しちゃうよ」
「うん、一気に食べちゃうから大丈夫だよ」
俺は椅子に座ると、パンに目玉焼きを挟んで口に持ってゆく。
「うふふっ、そうちゃんたら」
「もぐもぐ……これが意外とイケるんだよ」
「じゃあ、お姉ちゃんも今度やってみようかな」
今日もノエル姉は優しい笑顔だ。
ああ、三次元女子とは関わらないはずなのに、ノエル姉の笑顔を見ていると甘えてしまいたくなる。
何だその魅力は。天使というより淫魔なのか!?
「ジィィィィィィ……」
ふとシエルの視線が気になり顔を向けると、もの凄い目力で俺を睨んでいるところだった。
だからお前は暗殺者なのか!?
俺はシエルの視線を無視してノエル姉の方を向く。
「そういえばノエル姉、昨日は遅かったけど?」
「うん、クラスの皆がね、一緒にカラオケに行こうって」
おい、何だこのコミュ力お化けは!
「そうちゃんも今度一緒に行く? 全員女子だけど」
「遠慮しておきます」
「ええーっ! 行こうよぉ。先輩女子全員でおもてなししちゃうわよぉ」
「それは……天国のようで地獄のような……」
一見ハーレムのように聞こえるが想像して欲しい。初対面の陽キャ女子に囲まれるオタク陰キャ男子の画を。
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ……」
さっきから凄い圧を感じる。
シエルが目力だけでなく闘気まで出しているのだろうか。
「もうっ! 壮太! お姉! いつまで喋ってるの、遅刻するよ! タイムイズマネーだよ!」
食べ終わったシエルが席を立った。プリプリした不満顔で。ついでに変なカタカナ英語を使いながら。
「あらあら♡ 仲が良いのね」
莉羅さんは満足気な表情で俺たちを眺めている。きっと『あらあら、この子たち本当の姉弟みたいだわ』とか思っているのかもしれない。
◆ ◇ ◆
相変わらずシエルは大人気だった。
教室に入るなり、男子全員の視線が集まる。
「姫川さん今日も可愛いよな」
「お前、声かけてみろよ」
「やめとけって、俺らじゃ相手にされないって」
「あの氷のように冷たい目であしらわれるだけだな」
「俺……姫川さんに睨まれると……ゾクゾクしちゃうぜ」
男子たちがコソコソと話す声が聞こえてくる。
それ、本人にも聞こえてるだろ。
まあ、あのシエルの瞳でゾクゾクするのは理解できるところだ。きっと、シエルが女王様をしたら、俺も彼女の足に隷属のキスしてしまいそうだ。
おいヤメロ。キモい妄想は。
ガラガラガラ!
「ホームルームするぞ、お前ら席に着け」
さやちゃん先生が入ってきた。変な箱を手に持って。
あの箱はもしかしてアレか。くじ引き的なアレだな。
「よーし、昨日はバタバタしてたからな。今日はお前らお待ちかねの席替えをするぞ。後は委員会決めもな」
「「「うぉおおおおおお!」」」
教室が一気に沸いた。
きっと誰もがシエルの隣を狙っているのだろう。
結果……こうなるなんて誰が予想した!
「安曇君、隣になっちゃったね」
俺の右隣は蜷川さんだった。
少し緊張したような笑顔で話しかけてくる。
「よ、よろしく」
「うん」
普通に笑顔で話してくれるんだよな。
もう蜷川さんは気にしていないのかよ。俺はこんなにも引きずっているのに。
「ジィィィィィィ……」
言い忘れたが、俺の後ろの席はシエルだ。今も凄い目力で俺を睨んでいる。
せっかく窓際後方の席になったのに、この状態は針の筵なのだが。
因みにクラス委員長は陽キャで成績優秀な軽沢成彬だ。女に手が早いと有名なのだが。
そして副委員長が蜷川さんになった。
真面目で清純派の蜷川さんが、軽沢の毒牙にかからないか心配になってしまう。
今も林間学校の説明とやらで、二人で前に出て何やらやっているのだが。
「よーし! お前ら、林間学校で盛り上がるぞ!」
「「「ウェエエエエーイ!」」」
軽沢の掛け声でクラスの陽キャどもが盛り上がる。
やめてくれ。そういうノリは苦手なんだ。
「おい、安曇! おい!」
俺の肩を揺するは誰だ。岡谷だ。
「何だ岡谷よ。推しヒロインの作画でも崩壊したのか?」
「崩壊してねえよ! それより今は林間学校だろ」
どうやら俺がボーっとしている隙に、クラスは林間学校の班決めタイムに入っていたようだ。
「そもそも何だよ林間学校って。そういうのは一年で終わるもんだろ」
そんな俺のボヤキなどスルーされ、どんどん班が決まってゆく。
「安曇、早く班を決めないとあぶれるだろ! 想像してみろよ、先生が『誰かこの子たちと一緒になってくれる人はいませんか?』とか言われちゃう未来を」
それは最悪だ。ボッチを強調されるみたいで居たたまれない。
「しかしどうする? 陽キャグループは、どんどん男女で班を作っているぞ」
「そこを安曇が何とかしてくれよ。お前、意外と女子と接点あるだろ」
「無いぞ。陰キャの俺を何だと思ってるんだ」
家では美人姉妹と一緒なのだが、それは内緒だ。
「有るだろ。無いぞで片づけるなよ」
「岡谷よ、お前は俺をテルモピュライの戦いに挑めと言うのか? 大軍勢に勝てるのは一部の勇者だけだぞ」
「マニアック過ぎるだろ。せめて彭城の戦いと言え」
「どっちもマニアック。そこは桶狭間の戦い」
俺と岡谷がオタトークに花を咲かせていると、クールで冷徹な美声が割り込んできた。
「えっ、ええっ! ひ、ひひ、姫!」
岡谷が固まってしまった。
それもそのはず。声をかけてきたのはクラスのアイドル姫川詩愛瑠だからだ。
おいおいおいおい!
学校では他人じゃなかったのかよ!?
何で話しかけてんだシエルよ!
待て待て、ここは冷静に対応せねば。
「ひ、姫川さん、どうしたのかな?」
俺の声かけに、シエルは『なに言ってるのよ、この愚弟が!』みたいな視線を向ける。やめてくれ。
「ん、班決め……入るとこ無いから……」
シエルさぁああああぁん! さっきクラス中の陽キャ男子から声かけられまくってましたよね?
喉まで出かかった言葉を、俺は飲み込む。
「そ、そうなんだ。姫川さんなら、どの班でも入れそうだけどなあ……」
「入れて」
有無を言わせぬ顔で迫るシエルだ。
だからその目は怖いからやめてくれ。
俺とシエルが見えない攻防を繰り広げていると、放心状態になっていた岡谷が戻ってきた。
「お、おい、安曇! 姫様が我らの班をご所望であるぞ。ここはレオニダスが来たと思ってだな」
「項羽じゃなかったのかよ」
「だから信長」
またシエルにツッコまれた。この女、デキるぞ!
「入れて。転校したばかりで心細い」
「それは……そうですよね」
シエルは隠す気あるのかよ。堂々と俺に話しかけているのだが。
俺たちが同居しているのがバレたら大騒ぎだぞ。
もうクラス中の男子が俺たちに注目している。
俺にはこう聞こえるぞ。『俺たちの天使が、何で安曇のところに!』ってな。
この絶体絶命のピンチに、まさかの人物が手を差し伸べてきた。
「じゃあ、私も一緒に入るね。安曇君、ダメかな?」
蜷川さんだった。
遠巻きに俺に視線を送っている気がしていたのだが、いつの間にか隣に来ていたのだ。
俺は織田信長じゃなく今川軍だったぁああああ!