第75話 指一本触れさせない!
昼休み、俺は生徒会室で三条先輩と密会していた。
そう、誰にも知られてはならない秘密のデート……ではなく、俺の調べた進藤会長の好みを伝えにきたのだ。
「三条先輩、今日は機密情報を持ってきました」
「ふふっ、さすが安曇さん、仕事が早いですわね」
穏やかな笑みを浮かべたまま笑う三条寧々。騙されてはいけない。こう見えて意外と腹黒いのだ。
「それで安曇さん、早く会長の情報をお願いしますわ」
待ちきれないとばかりに、三条先輩はグイグイくる。普段は冷静沈着で気品ある先輩なのに、進藤烈火のことになると性格が変わるからな。
「お約束通り進藤会長の好みを調べてきました」
「なな、なんですって!?」
ほら、三条先輩の口調が変わった。そこはかとなく百合の波動を感じるぞ。
「進藤会長の好みの男性ですが……」
「そ、それは?」
「やはり強い男性でした」
「しゅん……」
一言で三条先輩が肩を落とした。
気落ちし過ぎだろ。
「待ってください。まだ俺に秘策があります」
「ほ、本当ですか?」
今度は一瞬で復活した。
この先輩、底知れぬ怖さがありそうだけど、会長の話になると可愛いな。
「は、早く教えてくださいまし。勿体ぶってないで」
「それはですね」
「それは?」
「コスプレです」
ズゥウウウウウウーン!
今度は一瞬で凄い威圧感になった。顔が穏やかなのに底知れぬ怖さだ。
「安曇さん? ふざけてますか?」
「ふ、ふざけてません。これは作戦なんです」
「ほう」
一撃で一刀両断にされそうな殺気を放つ三条先輩を前に、俺は『進藤烈火攻略作戦』の全容を語るのだった。
「進藤会長の理想は強い剣士だそうです。特に幕末もの作品が好きらしく……」
そう、俺は進藤会長から聞き出していたのだ。
剣道でインターハイ連覇するほどの腕だ。きっと幕末とか好きかもしれないと。
案の定、進藤先輩にドストライクだった。
「幕末といえば新選組ですよね。その中でも特に土方歳三が好みのようで」
「ひ、土方歳三……」
三条先輩の顔色が変わった。
「動乱の京都で鬼の副長と恐れられ。戊辰戦争で近藤局長を失っても、その志は消えず。生き残り隊士と共に、榎本武揚率いる旧幕府海軍と蝦夷に!」
「早く本題に入ってください」
「すみません……」
シエルぅ! この先輩ノリが悪いのだが。ここからが盛り上がるところなのに。
やっぱりシエルのツッコみが必要だぜ!
「そこで俺は気付いたのです。三条先輩は土方歳三に似ていると」
「わたくしが?」
半信半疑の顔をする三条先輩が、首を傾ける。
「新選組局長の近藤勇に対する副長の土方歳三。生徒会会長の進藤烈火に対する副会長の三条寧々」
「副長しか合っていませんわ」
そこは予測済みだ。
「それより何より、三条先輩は和服がめっちゃ似合うと思うのですよ!」
「そうかしら?」
「もはや新選組の隊服、浅葱色に白のだんだら模様を着るために存在していると言っても過言ではありません!」
「バカにしていますか?」
三条先輩の威圧感が更に上昇する。
「とと、とんでもない。いいですか、普段は制服の副会長が、突然、新選組の隊服を着て現れたらどうなると思いますか? 男なら……じゃなかった、会長ならイチコロで恋に落ちますって!」
「そ、そう言われてみれば……」
「はい、理想のヒーローが目の前に現れたのですから、もう思い切り抱きしめてメイクラブです!」
ぽわわわぁ~ん♡
何か三条先輩が夢見心地なのだが。
優雅で知的な表情を崩さない三条先輩が、少しだけニヤついているのだが。
「素晴らしいですわね。うふっ♡ その作戦でいきましょう」
「はい、準備は任せてください。コスプレに詳しい者がいますので」
「やはり安曇さんに任せて正解でしたわ。あなたって、人畜無害そうな顔をしながら、意外と策士ですのね」
良かった。満足そうな顔の三条先輩だ。
この人は何としても仲間にしておきたいんだよな。
圧倒的カリスマの進藤烈火だが、こと実務能力に於いては三条寧々が優れているとの噂だ。生徒会は彼女によって動いているのだと。
何者なんだろ?
まあ良いか。それより俺は、三条先輩に伝えねばならないことがある。
「三条先輩」
「何でしょう?」
「代わりと言っては何ですが、頼みごとがありまして」
俺は軽沢の件を説明した。先日のグループチャットの書き込みを。
これは取引だ。
俺が三条先輩の手助けをする代わりに、三条先輩は俺の味方になってもらう。
どうも昨今の世の中は、性善説や平和ボケを元に動いている気がするんだよな。だって実際に世間で起きた事件では、加害者は更生の名のもとに守られ、被害者は常に泣き寝入りだ。
だってそうだろう。加害者は人権が守られ手厚く保護される。しかし被害者は全てを奪われ守られない。
たとえ裁判で勝ったとしても、加害者は一円も損害賠償を支払わない例が多いらしい。『お金ないから払いませーん』だ。
ならばどうする? 被害者にならないよう様々な手を尽くし守らねば。俺と大切な人を。
そう、俺はあらゆる手段で守るんだ!
「なるほど……よく分かりました。私の方でも準備しておきましょう」
話しを聞き終えた三条先輩は、大きく頷いた。
「ふふっ、安曇さんには感謝しておりますからね」
「助かります」
「人を人とも思わないクソガキには、きついお灸をすえてやりますわ」
ゾクゾクゾク!
三条先輩の目が見開くと、俺の背中に形容し難い悪寒が走った。
だから強キャラ感を出すんじゃない。
◆ ◇ ◆
それから数日――――
対決の日は、意外と早くやってきた。
「やあ、キモオタ君じゃないか」
俺とシエル、そして明日美さんが校門を出たところで、待ち伏せていた男に声をかけられた。
忘れもしない、軽沢成彬だ。
「アバズレ女と高飛車女も一緒か。ちょうど良い!」
何だその失礼な言い方は!? 俺は良いとして……やっぱり良くないか。それより女子に対する扱いが酷すぎだろ。
あれから俺は、シエルと明日美さんと一緒に帰っていた。下校途中で襲われでもしたらヤバいからな。
やはり奴は来た。予想通りだ。
サッ!
俺は二人を庇うようにしながら、素早くスマホを操作する。準備していたメッセージを三条先輩に送るように。
あとは時間を稼がねば。
「軽沢じゃないか。久しぶりだな。転校したって聞いたけど?」
俺は至極普通に話しかけた。
「はあ? 誰のせいで転校したと思ってるんだ!」
「誰って、お前のせいだろ。停学処分になったから」
「うるさい! パパに怒られたんだぞ! お前のせいで!」
はあ? 何がパパだよ。
「お前は僕の機嫌を損ねた! 僕は家柄も良く成績も顔も良いハイスペなんだ! 僕が正義に決まってるじゃないか! 僕がやることは正しく、僕を妨害する奴は悪なのは当然だろ! 僕が命じれば、女は黙って股を開けば良いんだ! ハイスペの僕に抱かれるなら幸せだろ!」
何を言っているんだ、このカスは。どうすりゃこんな思考になるんだよ?
「おい、蜷川! それに姫川! 今からでも遅くないぞ! 僕に抱かれろ! 立派なセ〇レにしてやるから! そうしたら許してやる!」
ビクッ!
「そ、壮太君……」
「壮太ぁ……」
明日美さんとシエルが俺の背中に隠れた。
特に明日美さんは震えている。実際に脅されていたから、恐怖を思い出してしまったのだろう。
くそっ、せっかく最近はエッチな感じに男性慣れしてきたのに、軽沢のせいでまた男性恐怖症になっちゃうだろ!
「ほら、こっちに来るんだ! お前らは僕がボロボロの中古になるまで使ってやる!」
「は? 今なんつった! お、俺の、俺の……に、何をするって!」
頭に血が上って上手く言語化できない。とにかく俺はムカついている。この男に。
ジッ、ジジッ、ズバッ!
幼い頃の景色が脳裏をよぎった。
泣いている少女。俺は必死に彼女を守る。
そうだ!
必ず俺が助けるからな――――
思い……出した。少しだけ思い出した。そうだ、俺は誓ったんだ。子供の頃に。ずっとシエルを守るって。
いい加減に腹が立ってきたぞ! このクソ野郎をぶっ飛ばしたい! ここでケジメを付けてやる!
「俺の大切な人には指一本触れさせないからな!」
きゅぅうううう~ん♡
何か背中の方で変な音が聞こえたような? さっきからキュンキュンしているような?
俺の背中に張り付いている二人の体温が、どんどん温かくなっている気がするぞ!




