第74話 帰ってきた自称ハイスペ
「やっと終わったぁああ!」
星奈が伸びをしながら近寄ってくる。
今日は赤か……。
やめろ、その体勢はシャツにブラの柄が透けて見えるから。
中間テスト最終日、全ての日程を終えた俺たちは、やっと重圧から解放された。
無事シエルも赤点は回避したはずだ。アホなようでいて、やればデキる子だからな。
テストも終わり開放的になるこの季節。制服も緩みがちになるのは仕方がない……のか?
もう五月も下旬に入り初夏の陽気だ。上着を脱いでいる生徒も多い。
特に普段から胸元が大きく開いていたり、制服スカートを超ミニにしている星奈は刺激が強すぎるぞ。
何だそれ、見せつけてるのか?
「そうちゃむ、どこ向いてるし」
俺が視線を逸らした方向に星奈が動く。
「きょ、今日は暑いな」
「だから何で横向くの?」
「見えてるんだって」
「何が……って、ぬしし♡」
途中で気付かれてしまった。俺が星奈の胸元をチラ見しているのを。
「そうちゃむのエッチぃ♡」
「だから見せるなって」
おいやめろ、星奈が胸を近づける度に、後ろからシエルの殺気をビシビシ感じるのだが! 息の根止められたらどうすんだ!
「ふーん、やっぱり壮太君って大きいのが好きなんだ」
更に横から明日美さんの刺すような視線が。
「そういう訳では……」
「わ、私も暑くなっちゃったかも」
そう言って制服のネクタイを緩める明日美さん。いつもキチッとしている彼女が気崩すと、見てはいけない禁忌的なものを感じる。
「どうかな、壮太君? ねえ♡ ねえ♡」
「う、うん、良いと思うよ」
「えへっ♡ 壮太君には小さい子の良さを教えてあげるね♡」
おい、危険なワードを出すんじゃない。それ胸が小さい女子って意味だよな。
そんなこんなで、俺たちはテストの慰労を兼ねて、学校帰りにフェミレスに寄ることになった。
どうしてこうなる?
四人用ボックス席に入った俺たちだが、シエルが強引に俺の隣を確保したのだ。
「えっと、シエル?」
声をかけてみたが、ムスっとした氷の女王顔で済ましているだけだ。
どうしたシエル? 下校途中ずっと星奈と明日美さんが俺をガードしてたから妬いてるのか?
それは無いか。
「シエルさん?」
「ふん」
「シエル女王様?」
「んっ」
「シエルお姉ちゃん?」
「むふっ♡」
くっ、分かりやすいやつめ。お姉ちゃん呼びされると機嫌が直るみたいだな。
ちょっとドヤ顔になったシエルとメニューを覗き込む。体を寄せたシエルの肩から体温が伝わってくるが心地いい。
ああ、いつも素直なら可愛いのにな。
「むぅ、やっぱりそうちゃむとしえるんって仲良いよね」
「だよね。いつも喧嘩しているようでいて、ホントは信頼し合ってる気がする」
テーブルを挟んだ向こうから、星奈と明日美さんの視線が痛い。ついでに息がピッタリだ。仲良しかよ。
「そ、そう言えば、六月は文化祭をやるんだよな」
ジト目を避けるように話題を変えた。
一年の時は文化祭なんて興味が無いと思っていたが、今年はちょっと違う。
シエルにノエル姉、そして星奈に明日美さん。女子の友達も増え、何かを期待してしまうのだ。
文化祭デートとかな。
って、ちょっと待て! ちょっと前まで恋愛せず省エネモードとか言ってたのに、もう彼女欲しがってるじゃないか。
俺はどうしちゃったんだ。
「それそれ! 今年のミス富岳院は、ちょー激戦って噂だし」
星奈が乗ってきた。
「ミス富岳院か。今年は誰が出るんだろ?」
「去年のミス富岳院、鳳凰寺麗美先輩が連覇確実って噂だったでしょ」
「まあ大本命だな」
美人で有名な先輩だ。お高く留まっているようで俺は苦手だが。
「そうちゃむ、忘れてるでしょ! 今年はのえるん先輩がいることを」
「あっ!」
そうだ、ノエル姉がいた。去年は鳳凰寺先輩の独壇場だったが、ノエル姉が転校してきたことで形勢は逆転したぞ。
なんたってノエル姉は天使だからな。
「それに美人って言ったら、しえるんもいるし」
星奈がシエルを指差す。
「そう言えば、シエルが出たら優勝狙えるかもな」
「出ないけど」
シエルは連れない返事だ。
まあ、そうなるよな。
「ミスコンなんて恥ずかしい」
「だよな。コスプレコンだったら優勝……痛っ!」
グリグリグリ!
テーブルの下でシエルのローファーが俺の足を踏んでいる。
「おい、シエル、なぜ俺の足を踏む?」
「あれは内緒」
「そうだったっけ?」
「そ、壮太にだけなら……見せるけど」
「えっ?」
シエル? 俺にだけコスプレ見せてくれるのか?
「ちょっとぉ、二人でイチャイチャするなしぃ」
「やっぱり壮太君と姫川さんって怪しい」
しまった、星奈と明日美さんの視線が。
何かフォローせねば。
「あっ、えっと、ミスコンなら二人が出ても優勝できそうだよね?」
「「えっ?」」
星奈と明日美さんが言葉に詰まる。
あれっ? 俺、変なこと言ったかな?
「だから、星奈も明日美さんも美人で凄く可愛いだろ。出場したら優勝するかもって思うんだよね。男子人気も凄いし。って、あれっ、俺……やっぱり変なこと言ってる?」
しまった。また余計な発言をしてしまったのか。女子と会話するのに少しは慣れたかと思ったけど、まだまだだったのか。
「ううっ♡ そうちゃむって無意識にぶっこんでくるよね♡ 嬉しい♡」
星奈の顔が赤い。どうしたんだろ?
「そそそ、壮太君♡ 壮太君が命令するならミスコンに出ちゃうけどな♡ で、でも、私、妊娠するなら相手は壮太君って決めてるんだ♡」
ん? 今、明日美さんの口から変な発言が出た気がするぞ。気のせいかな?
グリグリグリ!
再びシエルのローファーが俺の足を踏んでいる。だからやめろって。
結局、ミスコン優勝はノエル姉に決定という話で落ち着いた。本人が出るかは知らないけど。
まあ、出たら絶対優勝だよな。
男子だけでなく女子にも人気みたいだから。
そんな話で盛り上がり、皆がスイーツを食べ終えた頃だった。
「えっ、これってマジ?」
突然、星奈が声を上げる。スマホの画面を注視しながら。
「どうしたの?」
「そうちゃむ! これ見て!」
突き出されたスマホを見ると、そこにはグループチャットのような画面が。
これって、前に見たクラスのアレだよな。
「ここ」
「えっ、なになに……僕は陰謀により――」
それは意味不明な書き込みだった。
『僕は陰謀によりハメられたんだ! 必ず富岳院に舞い戻ってやる! 僕はエリートの上流階級だからな! 人間には二種類いる。支配する側とされる側だ。支配される側の豚どもは、僕の命令に服従するべきだろ! 覚えていろ、キモオタ男とアバズレ女どもめ!』
その文面だけで犯人が誰かは分かってしまう。
「これ、軽沢だろ?」
「だよね。どうしよう、そうちゃむ」
不安そうな顔になる星奈。その隣で、明日美さんは肩を震わせている。
「俺が……何とかするから」
自然と言葉が出た。何となく予測していたからだ。
クズは執念深いことを。
だから俺は面倒な生徒会の仕事を引き受けたんだ。いつか奴が仕返しに来た時のために。
武器は多いに越したことはないからな。
「壮太ぁ……」
シエルが俺の袖を掴む。不安な顔をして。
「大丈夫だ」
「うん」
シエルの目を見て応えると、彼女の目が潤んだ。
そうだ、俺はシエルを守らないと!
今度こそケジメを付けてやる。
省エネモードは一時やめだ。ここからは断罪天使×天才戦略家ゲイル提督モードで行かせてもらうぞ。
オタクは様々なアニメで権謀術数を学んでいるからな!




