第73話 ドキドキ個人授業
以前の俺だったら個室で女子と二人だなんて考えられなかった。陰キャで人付き合いが苦手だったしな。
それが今はどうだ。
シエルの部屋で二人っきりなのだが。しかも土曜日の昼間から。
えっ、いつもノエル姉と一緒だって?
ノエル姉は別だ。存在自体が二次元から出てきた理想のお姉ちゃんみたいだしな。
それに汚部屋でダサジャージだから。それは関係ないか。
まあ、あの性格は緊張せずにいられる希少な存在なんだよ。
「うーん……」
数学の問題集を解いているシエルが声を出した。
部屋の中央に置いたテーブルの前に座り、肩を寄せ合うようにしている。ときおり肘や腕が触れ合ってドキリとするのだが。
シエル……今日も一段と綺麗だな。
まつ毛が長くて……目も大きくて……瞳の色も宝石みたいで……くちびるも柔らかそうで……。
ああぁ! ダメだダメだ、シエルの横顔が可愛くてジロジロ見てしまう。
昨日はノエル姉にデレデレしてたのに、今日はシエルとか節操無さすぎだろ俺!
「ふぅ……休憩しよ」
スッ!
不意にシエルが立ち上がり、フワッと良い匂いが風に乗って漂ってきた。
ミニスカートから伸びる美脚がたまらない。スラっと長く適度に肉付きが良く、まるで『シエル女王様に踏んでほしいです』とか思ってしまうくらいの魅惑的な脚だ。
何だそれ! 見せつけてるのか!?
「男と密室で二人っきりなのに、普通その生足は無いだろ……」
つい愚痴が出てしまった。俺が我慢しているのに、シエルときたら無防備すぎるだろ。
「ふふっ♡ 効いてる効いてる」
「何か言ったか?」
「何も……」
シエルがボソッと何かつぶやいた気がする。
相変わらず変な女だな。
「喉が渇いた。何か飲み物を取ってくるね」
そう言ってシエルがドアに向かう。
途中で俺の方を振り向いて。
「壮太、部屋を荒らさないように」
「荒らさねーよ」
ガチャ!
ガチャ!
一旦ドアを閉めてから、またすぐに開いた。
シエルがドアから顔だけを出す。
「特に本棚は見ちゃダメ。見たら息の根止める」
「分かった分かった」
オヤクソクのセリフを吐きながら、今度こそ本当に出て行った。階段を下りる足音が聞こえるからな。
「ふふっ、息の根止めるか。見ないと思うじゃん。見ちゃダメとか言われたら、絶対見るに決まってるだろ」
俺はすかさず本棚へとダッシュした。
「本棚にカーテンを付けるとか、それ覗いてくれって言ってるようなものだぞ。シエル」
ペラッ!
カーテンを捲った俺は固まった。そこにあった本が俺の想像を超えていたからである。
「えっ、これって……」
それはエッチな青年向けラブコメの数々。『僕と先生の熱い同居生活』『淫らな姉は好きですか?』『幼馴染のお姉ちゃんと禁断の関係♡』『義弟に〇かされちゃう!』他にも色々。
ちょっと過激な女性向けまで。
「しまった、本当に見てはいけないものだった。すまんシエル」
この場にいない義姉(義妹)に詫びた。これが逆だったら居たたまれない。
俺の同人誌お宝コレクションをシエルに見られたかと思うと……顔から火が出そうなほど恥ずかしいからな。
「しかしシエルよ、見られて困る本は別のところに隠せよ。机の奥とかさ」
そっとカーテンを戻した俺は、良い匂いがしそうなベッドへと誘われる。
「シエルのベッド……このまま布団にダイブして、思い切りシエルの匂いを堪能したい……。おっと、ダメだ! そんなシエルの信頼を裏切るような行為は」
本棚を覗いたのは無かったことにする俺だ。
自分でも何をやっているのかと思うが、熱くなった心と体はどうしようもない。
シエルがミニスカ生足なのが悪いんだ。部屋着なのに刺激的な格好しやがって。
くっそくっそ、ドキドキが止まらないぞ!
「あれは……」
ふと枕元の棚に置いてある写真立てが気になった。
ゲーセンで取ったぬいぐるみの横。引っ越し直後から置いてあった写真立てだ。その上には不自然に布が掛けてある。
「前から気になってたけど、この写真立ては何だろ?」
そっと布を取ると、そこには幼い頃の俺が写っていた。
生意気そうな顔の幼い俺。両隣にはダークブロンドの天使みたいに可愛い少女。シエルとノエル姉だ。
「これは……俺なのか? こんなに姉妹と仲良さそうに……。うっ、な、何か思い出しそうに……」
何だこれは、俺の記憶なのか……。
『これはご飯なのっ! はい、食べて』
『ヤダね! 食べられないし』
『うわぁ~ん! そうちゃんが食べてくれない。もうリコンよ』
これは……昔の……。
『はい、そうちゃん。お菓子だよぉ』
『ひ、一人で食べられるから』
『はい、あーん』
うっ、やっぱり俺は二人と……。
ガチャ!
「壮太、ジュース持ってきたよ……って、壮太」
シエルが俺の肩を抱く。心配そうな手つきで。
「シエル?」
「壮太、それ見たの?」
「ごめん、写真が気になってな」
「うん、あまり刺激するといけないから隠してた」
シエル……俺を気遣ってくれてたのか。
「記憶はゆっくり思い出せば良いから」
「そうだな。ありがとうシエル」
「う、うん♡」
シエルの顔が赤い。
やっぱり照れた顔も可愛いな。
「そ、それに、私がいつも壮太の写真を見てるみたいだから……恥ずかしい。ううっ♡」
「えっと、俺の写真を見てたのか?」
「くぅ♡ 見ちゃ悪い?」
「悪くないけど……」
「そ、壮太は私のヒーローだから♡ うくぅ♡」
えっ、ええっ! それって?
前も聞いた気がするけど、シエルって俺をそんな風に思ってるのか? もしかして……?
「はい、この話は終わり!」
「お、おい」
恥ずかしそうに下を向いたシエルが、強制的に俺の顔をの向きを変えた。強引すぎだろ。
「良かったね、壮太。本棚を見てたら息の根を止めてたところだよ」
照れ隠しのようなドヤ顔になったシエルが言い放つ。
すまんシエル。そっちも見たんだ。エッチな本が並んでいる本棚を。
しかしシエルって、普段はエッチなのが苦手なお子ちゃまっぽいのに、意外とエッチな本を観てるんだな。
実はムッツリだろ!
「淫らな姉は好きですかって、そりゃ好きだよな」
口走ってから気付いた。シエルが隠している漫画のタイトルを、俺がつぶやいたことに。
「そ、そそ、壮太ぁ!」
「違う! 偶然だ! 偶然に俺も好きな漫画なんだ!」
「もうっ、息の根止めるぅうう!」
「やめろぉ~っ!」
シエルと揉み合ったままベッドの上に倒れ込んだ。これ、前にもあったぞ。
ガチャ!
「シエル、おやつを忘れてたわよ」
そこに突然ドアが開き、お盆に乗せたケーキを持った莉羅さんが顔を出した。
これは衝撃的展開だ。
まさに莉羅さんは見た!
「あら♡ あらあらあらぁ♡ まあまあ♡」
ニマニマした顔で口に手を当てた莉羅さんがあたふたしている。
「ち、違っ、これはですね!」
「ご、ごご、誤解!」
俺とシエルが同時に弁解する。誤解なのだと。
ベッドの上で抱き合っていて全く説得力が無いがな。
「ごめんなさいねぇ♡ 気が利かなくてぇ♡」
莉羅さんの顔が上気している。
それは娘のアダルトなシーンを見た気まずさなのか。それとも興奮しているのか。
「だから違いますって!」
「壮太君、避妊しないとダメよ♡ まだ学生だからね♡」
「してませんから! エッチなの、ぜっんぜんしてません!」
「でもでもぉ♡ リラちゃんにもエッチしてほしいんだぞ♡」
「リラちゃんにはしませんから! あっ」
しまった。リラちゃんって言ってしまった。
「まあまあまあ♡ 嬉しいわぁ♡ やっとリラちゃんって呼んでくれたのね♡」
「お母さんは出てって!」
これにシエルがキレた。氷の女王に逆戻りだ。
せっかく良い雰囲気だったのに。
「むっすぅううっ!」
莉羅さんは出て行ったのだが、シエルの機嫌が戻らない。鋭い目つきで俺を見つめるばかりだ。
「壮太、椅子」
「はあ?」
細く綺麗な指を床に向ける。
それってつまり……。
「こうか?」
「むふっ♡」
俺が四つん這いになると、シエルが座ってきた。お仕置きのつもりか。もう完全に女王様だろ、それ。
うっ、美脚が俺の眼前に!
だから、そんな短いスカートで生足なんて、俺を誘ってるのかって!
「ここから足にキスですかね、シエル女王様?」
「きゃ♡ だだだ、だめぇええ!」
やっぱりシエルは恥ずかしがり屋のお子ちゃまだった。
立ち上り、スカートの裾を押さえてオロオロする。
だから勉強はどうなった!?




