第7話 嫉妬?
生徒指導室に連れ込まれた俺は、さやちゃん先生の尋問のような視線を受けているところだ。
これは刑事ドラマかな? まだ俺は何もしていないぞ。
むしろ地味で目立たない品行方正なオタクのはずだが。
そんな俺の困惑など他所に、さやちゃん先生はコーヒーを用意しているのだが。そこはカツ丼じゃないのかよ。
「まあ、これでも飲め、安曇。インスタントだがな」
「はあ……。でも俺は無罪です」
「お前は何を言っているんだ?」
少し呆れた顔になったさやちゃん先生は、俺の正面のソファーに座った。
「安曇、お前も大変だな。まあ、気を楽にしろ」
「大変……というのは、今期の新アニメが豊作でチェックしきれないことでしょうか?」
「前言撤回する。元気そうじゃないか」
あれっ? 先生は俺を心配してくれていたのか。
「親御さんから話は聞いてるよ。再婚して複雑な家庭環境だそうじゃないか」
どうやら親から学校に話が行っているようだ。俺と姉妹の関係が。
「分かる。分かるぞ。多感な時期に同級生女子と家族になるのは大変だよな。その、色々と……」
一瞬だけ先生の視線が俺の下半身に向いた気がする。下ネタなのか? そっち系なのか?
「えっと、それで先生、話というのは?」
「そうそう、話なんだがな。姫川姉妹と姉弟というのは我々も内緒にしておくからな」
「助かります」
「学校側としてもな、たとえお互いの親が籍を入れても、これまで通り安曇と姫川で通すのも考えている」
有難い。学校も同居がバレないよう協力してくれるようだ。
まあ最近は離婚や再婚が多いからな。複雑な事情の家庭にも対応するのだろう。
「しかし羨ましいな。安曇よ」
「は?」
途中から話がおかしくなった。
「同級生、しかも異性と一つ屋根の下とか、ラブコメか!」
「先生……」
「それ完全に恋が芽生えちゃうパターンだろ! ああ、禁断の恋。ちくしょう、私もあやかりてぇ~!」
何を言っているのだ。この先生は。欲求不満なのか?
「コホン……すまぬ、取り乱した」
さやちゃん先生は小さく咳払いをした。
襟を正してから真面目な顔になる。
「ちなみに、親御さんは何処で再婚相手を見つけたんだ?」
「えっと……駅前の喫茶店とか言ってたような」
「よし、今日から喫茶店巡りをするか」
おい、婚活目的なのかよ。
もう俺は気になっていることを聞いてみることにした。
「先生は容姿も良いですし性格も良さそうだし、異性にはモテそうですけど?」
「安曇! お前、奥手そうに見えるのに意外と言うじゃないか」
「そうですかね?」
「世の中はな。私のように何でも自分でする女より、『いやぁん♡ お願ぁい♡』とか言うアホな女のほうがモテるんだぞ」
「それ、全国の女性を敵に回しますよ」
何となくさやちゃん先生がモテないのが分かったかもしれない。この人、ぶっちゃけ過ぎだ。
きっと男性の前でも本音をズバズバ言ってドン引きさせているのだろう。
「結婚なんて、そんなに良いものですかね? 俺は独身が気楽だと思うけど」
そう、俺は省エネモードで行きたい。人間関係は疲れるのだ。
しかし、さやちゃん先生は遠い目をしている。
「安曇、私もお前くらいの頃はそう思っていたさ。だがな、三十路を過ぎると人肌恋しくなるんだよ。ちくしょーっ!」
最後は先生の人生相談のようになってしまった。これじゃどっちが相談を受けているのか分からない。
◆ ◇ ◆
生徒指導室を出て下駄箱に向かうと、柱の陰に綺麗なダークブロンドの髪が見えた。
「シエル……じゃない、姫川さん」
つい名前で呼んでしまい、慌てて言い直す。
「姫川さん、どうしたの? こんなところで」
「別に……」
シエルはそっぽを向きながら、指先で髪をクルクルしている。
相変わらずクールな女だな。
「俺は帰ろうと思うんだけど……」
「そう、じゃ私も」
シエルが俺の後をついてくる。何がしたいんだ?
「もしかして、俺を待っていてくれたのか?」
「悪い?」
「悪くないけど……」
「そう」
シエルが俺の後をついてくる。何だろう? 遠い昔に同じようなことがあったような?
俺とシエルが、こうして一緒に遊んでいたような?
ダメだ、思い出せない。
「ねえ」
後ろからシエルの声がした。
「ん?」
「今朝、話してた女子……誰?」
「えっ、蜷川さんのことか?」
「付き合ってるの?」
「はあ? そんなわけ――」
「寝たの? エッチしたの? ねえ?」
「し、してない……けど。付き合ってないし」
おいおいおい、何だよ急に。シエルの目が滅茶苦茶怖かったぞ。
「そう、してないんだ……」
「してたらどうなるんだよ?」
「べつに……」
それ以上、シエルは何も言ってこなかった。
一体何なんだよ。
◆ ◇ ◆
少女の声がする――――
『わぁぁーん!』
近所の公園だろうか。大きな声を上げ涙を流す少女を取り囲むように、見るからに悪ガキっぽい複数の少年が立っていた。
『こいつの髪の毛って変な色だな!』
『うわぁ! 変な色! 変な色ぉお!』
『髪の色が犬みたいだぞ! ワンって鳴いてみろよ!』
『うわぁぁぁ~ん! 犬じゃないもん』
悪ガキにイジメられた少女が泣き声を上げる。
胸糞悪い!
小さな女の子に寄って集って。
『待てぇええええ! 〇〇〇をイジメるな!』
そこに少年……俺が現れた。
あれは……俺か? 小さい頃の俺だ。
そうだ、これは俺の夢だ。
俺は夢を見ていた。
『〇〇〇、俺の後ろに隠れてろ!』
『そうちゃん』
颯爽と現れた小さな俺だが、多勢に無勢だ。悪ガキたちに取り囲まれてしまう。
『何だこいつは!』
『ナマイキだぞ!』
『やっちまえ!』
ボコボコにされながらも俺は反撃する。
『愛と正義の使者、断罪天使マジカルメアリー参上!』
『何だこいつオタクだぞ!』
『女児向けアニメでカッコつけんじゃねー!』
『やっちまえ!』
『うわぁああああ! 断罪天使は負けない!』
やめてくれ。子供の頃の俺がイタ過ぎる。
この頃は本気で信じてたんだ。愛と正義の使者を。
結局のところ、悪ガキにボコられた俺は負けてしまった。ただ、少女だけは無事だったのだが。
『そうちゃん、だいじょうぶ?』
少女が倒れている俺の顔を覗き込む。
『俺は断罪天使だぞ。このくらい何でもねー!』
『ううっ、そうちゃん。うわぁーん!』
『こら、泣くなよ。〇〇〇』
泣きながら俺の後をついてくる少女。その口から感謝の言葉が漏れる。
『そうちゃん、ありがとうね……そうちゃんは私のヒーローだよ……』
何だろう? 凄く懐かしい気がする。
でもやっぱり少女の顔を思い出せない。
『壮太……壮太……』
今度は耳元で甘い声の囁きだ。
あれっ? 前もあったよな?
これも夢なのか?
『壮太……蜷川って誰? ムカつく』
何で蜷川さんの名前が出てくるんだよ?
『でも良かった。付き合ってないんだよね?』
だから振られたんだよ!
『もし付き合ってたら息の根を止めてたところだよ』
だから止めるんじゃねー!
『ふふっ、大丈夫。半分冗談だから』
半分は本気なのかよ! 全部冗談にしろぉおおおお!
『壮太のバカ。先生にもデレデレしてたよね?』
は? してねーし! 相談を受けてただけだろ!
『やっぱり壮太って年上女性が好きなんだよね。このシスコン壮太』
誰がシスコンだこら! まあ、お姉ちゃんキャラは好きだけどさ。
『じゃあね、おやすみ壮太』
そう言って声の主は遠ざかって行く。
変な夢だな。何で同じ夢を頻繁に見るんだ?
不思議に思いながらも俺は深い眠りに落ちていった。