第68話 百合か小豆か
「安曇さん、ちょっとこちらへ」
ポカンとする姫川姉妹を残し、俺は三条先輩に連れ出されてしまう。
人気のない廊下に。
「えっと、何処まで行くのですか?」
「この辺りで良いでしょう」
中庭が見える渡り廊下のところで止まった三条先輩は、優雅な動きで俺の方を振り向いた。
「安曇さん……。わたくしが貴方を姫川乃英瑠さんとくっつけます。ですから、会長のことは諦めてくださいませんか?」
「へ?」
んんん? この人は何を言い出してるんだ? 俺と進藤会長が?
って、ノエル姉とくっつけるだとぉおおおお! そっちの方が大問題だよ!
「ふふっ、分かります。本当は好きなのに、照れ隠しで叩いたりくすぐったりしているのでしょう?」
くっ、だいたい当たっていて反論できねえ。
「ふふっ、好きな子にイジワルしちゃう小学生ですね」
「小学生じゃねーよ! って、すみません。先輩に」
くっそ! くっそ! やっぱり俺の恋愛は小学生レベルなのか!
「良いですよ。それよりどうです? 私の提案は」
「べつに……付き合いたいわけじゃ……」
「あっ!」
ポンッ!
三条先輩が手を叩く。
「もしかして妹さんの方を」
「ちち、違います!」
違わないけど!
「姉妹とは仲が良いですが、男女交際したいとは思っていませんから」
とは言いながらも、本当は付き合いたい。めっちゃ付き合いたい。
でも、家族になったから表立って交際するわけにはいかないんだ。
「おかしいですね。私の見立てでは乃英瑠さんへの告白成功率100%、妹さんは98%ですわ」
「どんな計算ですか!?」
「わたくしの勝手な恋愛センサーです」
本当に勝手だな! ったく適当なことを言いやがって。ノエル姉は100%だと……。
『いいもん。一生そうちゃんに面倒見てもらうから』
『そうちゃんに責任とってもらうから♡ お嫁さんにしてもら……あっ』
ノエル姉の過去発言が脳裏をよぎる。
ああああぁ! そう言われてみると告白成功しそうな気がしてきた! いや待て、騙されるな!
女子は思わせぶりな発言があるものだ。ここで調子に乗ると痛い目を見るぞ。
そんでシエルが98%なのか? それは無いだろ……。いや待て!
『ふふっ♡ 壮太なら許してあげる♡ キスしちゃえよ』
シエルの催眠を思い出す。
むしろシエルの方が100%な気がしてきたぁああああ! あの催眠のせいだ! あんなのされてたら、『俺のこと好きなんじゃね?』とか思っちゃうって!
お、落ち着け。一旦落ち着こう。
「あの?」
だだ、ダメだ。意識しないようにしてきたのに。三条先輩に言われて二人を意識しまくってるぞ。
もう頭の中が好き好き大好きお姉ちゃんなんだけど! ノエル姉とシエルお姉ちゃん大好きなんだけど!
「あの、よろしいですか?」
「ええっ!?」
どうやら三条先輩がずっと話しかけていたらしい。俺が妄想の世界でアタフタしている時に。
「それで、どうでしょうか?」
「だから嫌ですって。そもそも俺と進藤会長は何もありません」
「そうですかね?」
再び三条先輩が目を見開いた。
だから強キャラ感を出すのはやめてくれ。
「あの一件以来、事あるごとに会長は言うのですわ。『安曇は良い男だ』あっ、漢字の漢とかいて漢ですね」
「はあ……」
「他にも、『女のために死地に飛び込む。今時珍しい男だな、安曇は。ハハッ!』とか」
三条先輩は拳をグッと握りしめ苦悶の表情をする。
「ああああぁああああぁぁああ! わたくしの烈火様がぁ! 男なんかにうつつを抜かして! いっやぁあああああああああああああああああああ!」
「うわっ、ビックリしたぁああ!」
優雅で落ち着いた三条先輩が絶叫し、俺は引っ繰り返りそうになる。
「お、おお、落ち着いてください」
「落ち着いていますわ」
「変わり身早いなおいっ! って、またすみません。先輩に」
くっ、この先輩も大概だな。さすが進藤会長の相方だけはあるぜ。
「そこでお願いなのです。安曇さんに、部活動予算問題を解決していただきたいのですわ」
「だから何で俺に?」
「嫌がらせ……コホンッ、会長に相応しい男か審査ですわ」
「今、嫌がらせって言いました?」
「言ってません」
この人、菩薩のように優しそうな顔して、意外と……。
「まあ、冗談はこれくらいにしましょうか」
「冗談だったんですか?」
「進藤会長を助けると思ってお願いしますわ」
だから何で俺が!
「進藤会長は人気も実力もトップクラスです。でも、それだけに敵も多い」
「つまり浅井、朝倉の反織田連合ですね」
「特に運動部の男子には、会長の人気に嫉妬や不満を持つ者が多いのです」
「姉川の戦いですか?」
「そこで安曇さんなのですわ」
俺の話を完全スルーして、三条先輩は流れるような声音で話し続ける。
「そんな折、バスケ部とサッカー部の設備改修の話が持ち上がりました。バスケ部の設備が老朽化しており、先にバスケ部のゴールを改修する話になったのですが、これにサッカー部が不満を訴え……」
だからその話に何で俺が関係しているんだよ?
「サッカー部は反進藤連合を結成し会長を追い落とす動きを……」
「つまり、お市様が袋に詰めた小豆を送るのですね」
「盤石に見える会長ですが、ここは反進藤派の動きを封じるためにも――」
くっそ! この人、全くツッコんでくれない!
シエルぅうううう! やっぱりお前が必要だ。シエルだったら『金ヶ崎の退き口か!』って絶妙なタイミングで返してくれるのに。
ここにきてシエルの大切さを理解したぜ!
「それに、この件には安曇さんも関わっておりまして。責任を取ってもらいたいのですわ」
「は?」
「つい先日、サッカー部の次期エース候補の二年が転校するトラブルがありました。その者の名前は軽沢成彬です」
軽沢ぁああああ! どこまで迷惑をかけてくれるんだよ! 俺、あいつに呪われてるのかぁああ!
◆ ◇ ◆
風呂上り、自室のベッドでくつろいでいる俺は三条先輩の話を思い出す。
『取引をしましょう。安曇さんが動いてくれるのでしたら、生徒会室を自由に使える権利を。それと、学園生活で何か問題があったら、生徒会が全面協力することをお約束します」
帰り際、三条先輩は俺にそう言ったのだ。
それから――――
『わたくしが安曇さんと姫川姉妹との仲を進展させます。代わりにわたくしと進藤会長の仲を取り持ってください』
本音はこっちだな。
あの先輩……やっぱり百合っぽい。まあ、二人はお似合いだけど。
「進藤烈火……男子にも女子にも絶大な人気を誇る生徒会長か。俺もその威厳に魅了されたところがある。でも、一部運動部男子からは敵視されていると……」
人気者にはアンチも多いと聞くし。そういうもんか。
「三条先輩の話だと、会長が直接言うと反発が起こるから、男子の俺からそれとなく予算後回しの件を伝えてくれと言うが……。面倒くさいな」
眠気が俺を襲ってきた。
そういえば昨夜も二人が添い寝してきて寝不足で。
「ふぁああぁ……寝るか」
照明を消し布団に入る。
今夜もやってきそうな二人に身構えながら――――
ガチャ!
深夜零時を回った頃、部屋のドアが開いて誰かが入ってきた。
ヒタッ、ヒタッ、ヒタッ――
あれっ? 今夜は足音が一人だな。
「壮太ぁ♡」
シエルだ。この声はシエルだ。
「ありがとね壮太っ♡ 勉強教えてくれて♡」
可愛いな! いきなり可愛いな!
何で夜中だけ素直なんだよ! 昼間は塩対応なのに!
「よし、壮太と一緒なら勉強も頑張れる」
普段も頑張ってくれ。
まあ、俺もアニメやゲームばかりだが。
「でも壮太……三条先輩と何か怪しい……」
怪しくねーよ! 部活動予算の話だって言っただろ!
ったく、シエルは何でもかんでも怪しいとか言いやがって。それ、完全に彼氏の女友達に嫉妬する彼女みたいだぞ。
自分でそう考えてから恥ずかしくなる。俺とシエルが付き合っている前提だと。
「壮太のばーか♡ 裏切ったら息の根止めるって言ったよね♡」
だから止めるなぁー!
「い、息の根の前に……キスで息を止めてやろうかな♡」
は? じょ、冗談だよな!? ま、まさか?
「壮太ぁ♡ ちゅー♡」
ままま、待て! それはヤメロ!
寝込みを襲うのはヤバいって!
ガチャ!
俺の顔にシエルの気配が近付いたその時、ドアが開きもう一人の姉が現れた。
「そうちゃぁ~ん♡ って、シエルちゃん!」
姉妹で修羅場が始まった。ギスギス展開じゃなくエチエチ展開の。




