第66話 荒木村重?
特に親しくもない女子から声をかけられた。
一人は髪を染めたクラスカースト上位っぽい女子。笹野だったか? もう一人は、いかにも男子受けが良さそうなぶりっ子タイプだ。こっちは赤堀かな。
こういう子って苦手なんだよな。陰キャ系の俺としては。
まあ、先入観は良くないけど。
「えっと、何で俺に?」
それとなく聞いてみた。
特に親しくない間柄だしな。
「えー、だって安曇君って今人気急上昇だしー」
笹野が言うと、赤堀も相槌を打つ。
「そうそう、蜷川さんを助けたのがかっこよかったし」
「それな。女子の間で話題になってるから。今のうちにキープ……じゃなくて、仲良くなろうかと」
「うん、学園で人気の姫川先輩や進藤会長とも仲が良いからね。女子の間でマウント……じゃなくてぇ、友達づくりにぃ」
二人は立て続けに話し続ける。
よく分からんが、俺にモテ期が来たのか?
「他人のために自分を犠牲にできる人って貴重でしょ」
「だよね、利用できそう……じゃなくて、仲良くなれそぉ~」
二人の話は続いているが、あまり頭には入ってこない。
自分を犠牲にか…………。べつに犠牲にするつもりなんて無いんだけどな。
俺は赤の他人が困っていても無条件で手を差し伸べるような聖人君子じゃないぞ。
手の届く範囲の大切な人を守りたいだけで。
特にシエルが……。
俺の心に奥深くに微かに残るぬくもり。記憶の断片。
シエル……俺はシエルを……。
そうだ、シエルと試験勉強をやる約束だったな。
「ごめん、先約があるから」
俺が断ると、二人は残念そうな顔になって戻ってゆく。
「じゃあしょうがないか。バイバイ」
「ざんねーん。誰よ、押せばチョロいって言ったの」
何だったんだ、今のは?
今まで女子に誘われるなんてなかったのに。
「壮太」
「うわっ!」
教室を出ようとしたところで、いつの間にかシエルが背後に立っていた。
こいつは忍者か!
「どうしたシエル?」
「今の子……いいの?」
「ああ、シエルと約束してたしな」
「う、うん♡」
おい、シエルさん! 頬を染めるな!
そんな顔されると勘違いしちゃうだろ!
「ふんっ、ちょっとモテたからって調子に乗らない!」
「モテてねーだろ」
「あれ、悪い女だからついて行っちゃダメ」
「俺は子供かっ! ついていかねーよ」
どうしたんだシエル? 急にツンツンし始めて。
実は『お兄ちゃん、他の子と仲良くしちゃヤダぁ!』なのか? やっぱり『好き好き大好きお兄ちゃん』なのか?
「まあ、人間関係が面倒だから、色んな女子と関わろうとか思ってないけどな」
「そうなの?」
シエルが不思議そうな顔をする。
「ああ、俺は省エネモードだからな」
「ふーん」
「俺には色仕掛けも通用しない」
「その割には、お姉や嬬恋さんの胸をチラ見してる」
ギクッ!
「そ、それは……男の本能と言いますか……。仕方がないことなのだよ」
「ふーん、壮太のエッチ」
だからその目をやめろ。シエル。
本当はシエルやノエル姉に誤解されたくないからなんだけどな。俺は他の女子にモテるより、親しい人との仲を深めたいタイプなのだよ。
「シエル、男の心理を教えてやろう」
「はあ?」
シエルが『なに言い出してんのこのアホは?』みたいな顔をしているが、スルーして話し続ける。
「世の中には二種類の男がいるんだ。一つは一度に複数の女に手を出したいタイプ。広く浅くの陽キャタイプだな。もう一つは、好きな子にだけ優しくされたり甘えたりしたいタイプだ。真面目なオタクに多いタイプだな。この俺のように!」
ビシッ!
男性心理を語ったはずが、急激に羞恥心が込み上げてくる。シエルが『童貞っぽいよね』みたいなジト目で俺を見るからだ。
「や、やめろ。そんな顔で俺を見るな」
「んふっ♡」
ポンポン!
口元に笑みを浮かべたシエルが俺の肩を叩く。
「壮太って女子に甘えたいんだ? やっぱりシスコンだね」
「くっ、それを言うな……」
「ほぉら、お姉ちゃんでちゅよぉ♡」
「お前、バカにしてるだろ」
同じ赤ちゃん言葉でも、深夜の甘々なのと違って挑発気味だ。
「ふーん、そうかそうかぁ。壮太は甘えたり優しくされたいんだぁ」
まさかこいつ……催眠で使う気じゃないだろうな? 余計な武器を与えてしまった気がする。
そんな感じで、シエルと二人で廊下を歩いていると、聞いたことのある声が聞こえてきた。
「やあやあ、そこを行くのは姫川の愛しの君ではないか」
声の方に振り向くと、そこには背が高くガッチリした先輩女子が立っていた。髪はさっぱりしたショートカットで、いかにも運動部って感じがする。
「進藤生徒会長」
進藤烈火、剣道部主将で生徒会長の三年生だ。確かノエル姉と仲が良かったような?
「ちょっと、烈火ちゃん! 変なこと言わないでぇ」
進藤会長の後から、美しいダークブロンドの女子も現れた。
家ではポンコツだが、学校では皆の憧れの美少女先輩だ。
「ノエル姉! じゃなくて、姫川先輩」
ついお姉呼びしてしまった。
そんな俺を、進藤先輩は意味深な顔で見つめている。
「ハハッ! 隠すな隠すな。安曇、貴様と姫川が姉弟のように仲良しなのは聞いているぞ」
「ちょっとやめてぇ~」
俺たちの話をする進藤会長に、ノエル姉は必死に縋り付いている。
あれっ? 外では完璧美人でコミュ力お化けのノエル姉にも、勝てない人っていたんだ。
その進藤会長だが、ノエル姉の話を大公開してしまう。悪気はないようだが。
「良いではないか。ほら、大好きな弟君なのだろ。いつも言ってるではないか。『今日は、そうちゃんとお出かけしたの』とか『今日は、そうちゃんにナデナデされたの』とかな。暇さえあれば惚気話をしおってからに。ハハッ!」
「きゃあぁああああぁぁん!」
「うむ、分かるぞ。自分の身を挺して女子を守る。今時なかなかおらぬ男子だ。姫川が好きになるのも頷けるというものよ。ハハハハッ!」
「もうやめてぇええええぇ~!」
恥ずかしい秘密をバラされ、ノエル姉がヘロヘロになってしまった。
恐るべし進藤烈火!
ま、まあ、好きってのは家族愛的なのだよな。
誤解するな俺!
「ハハッ! 先日の男気。やはり気に入ったぞ、安曇。我の側近にならんか? 生徒会はメンバーを募集中だ」
ガシガシガシ!
進藤会長が俺の背中を叩く。ちょっと痛い。
「側近って、俺は荒木村重にはなりたくありませんので」
「そこは明智光秀」
俺の思考を読んだかの如く、即座にシエルがツッコんだ。やはりデキる女だぜ。
「貴様ら、何を言っている?」
進藤会長はポカンとした顔をしていた。
俺とシエルだけ分かっているのが面白くないのだろう。
「えっとですね、これは進藤会長が織田信長っぽいなと思ったからでして」
「ほう、我に仕えると裏切るとでも言いたいのか?」
進藤会長の目が鋭くなる。
さすが生徒会長だぜ。一言で察しやがったぞ。
「裏切ると言うか……会長の期待が重圧になって……」
「ふふっ、確かに我を独裁だの強権的だのと称す声はあるようだがな。安心しろ。無理強いはしない」
ベシベシベシ!
だから痛いって。この人、女子なのに腕力が強いな。さすがインターハイ連続優勝だ。
「じゃあ、俺は試験勉強をするのでこれで」
ガシッ!
背を向けた俺に、進藤会長は大きな手で俺の肩を掴む。
「何だ試験勉強がしたいのか。なら生徒会室に来い。勉強にはもってこいの環境だ。歓迎するぞ。刀で突き刺した餅をやろう」
「ええええ…………」
肩を掴む会長の握力が凄くて、俺は逃げられないと悟った。
本当に荒木村重になりそうだ。




