第64話 ジェラシー催眠バトル
「ちょっと、シエルちゃん。そんなに強引にすると、そうちゃんが起きちゃうわよ」
オロオロするノエル姉の声が聞こえてきた。シエルがベッドの奥まで入ったからだ。
ただ、シエルは平然としている。いつもやってるから慣れっこなのかよ。
「だって、二人で添い寝するなら、反対側に入らないと」
「でも、そうちゃんが起きちゃったらどうするの?」
「大丈夫、いつも起きないから」
おいシエル! いつも起きないんじゃないぞ。最初から起きているんだ。
いつも寝たふりしているんだよ!
「そうなんだ。そうちゃんって、お寝坊さんなのかもぉ♡」
お寝坊さんはノエル姉でしょ!
ゴソゴソゴソ!
あああぁ、ノエル姉まで布団に入ってきた。
ベッドの奥側、俺の右側にシエル。ベッドの手前側、俺の左側にノエル姉が。
俺は両側を姉妹に挟まれてしまった。
くっ! 何となくこうなるって思ってたんだよ! 旅館で挟まれた時にな! やっぱりか!
「壮太ぁ♡」
「そうちゃん♡」
ほぼゼロ距離から甘い声で囁かれる。二人が俺の耳に口を付けているのだ。
声だけでなく、同時に滅茶苦茶良い匂いと柔らかな感触がしてたまらない。
「壮太、蜷川さんや嬬恋さんとイチャイチャしたからお仕置きだよ」
あああ! 右の耳からシエルの声がぁああ!
イチャイチャしてねーだろ!
何だその嫉妬は!? 他の女と会話したらブチギレるヤンデレヒロインじゃあるまい!
「そうちゃん♡ クラスの女子に次々手を出して悪い子なんだから。もうお仕置き♡」
今度は左の耳からノエル姉だと!
手を出してないし子づくりもしてないから!
「壮太は私のもの♡ 他の女と話すのは許さない♡」
やめろシエル! 何だその独占欲は!?
奴隷とか言ってたのに、それじゃ俺を好きなのかって誤解しちゃうだろ!
「もうっ♡ そうちゃんは私のそうちゃんでしょ♡ 他の子とイチャイチャしたらメッだよ♡」
おい、何でノエル姉が対抗意識燃やしてるんだよ!?
「壮太は私のもの♡」
「そうちゃんは、お姉ちゃんのでしょ♡」
「ダメ、壮太は私のもの♡」
「ええっ♡ そうちゃんはぁ、お姉ちゃんと一緒でしょ♡」
ぎゃああああああ! 両耳から吐息と甘々ボイスがぁああああああ! これ、どんなASMRボイス作品だよ!
両側から凶悪なほどに官能を揺さぶる二人の美声がぁああああ!
「しょ、しょうがないなぁ、壮太は♡ 私に攻められるのが好きなんだよね♡」
「そうちゃんはぁ♡ お姉ちゃんに甘えたいんだよね♡」
「壮太ぁ♡ 足にキスしても良いよ♡」
「そうちゃん♡ お、おお、お姉ちゃんの胸を触る?」
待て待て待て、待てぇええええ! どんどん話が過激になってるじゃねーか!
「壮太ぁ♡ 壮太がしたいならぁ、私が足で踏んであげるね♡」
あげるねっじゃねー! 女王様みたいなシエルが甘々ボイスで言ったら本気でしたくなっちゃうだろ!
「んっ♡ そうちゃん♡ あっ♡ おっ……ん♡」
ノエル姉ぇええええええええ! 変な声を出すんじゃねぇええええええ!
それ何をしてるの!? 変なことしてないよね!?
気になって気になって寝たふりが限界なんだけど!
「壮太はシエルを好きになる……壮太はシエルを好きになる……壮太はシエルのことが大好き……」
キタァアアアアアア! シエルの催眠がぁああ!
「そうちゃんはノエルを好きになる……そうちゃんはノエルを好きになる……そうちゃんはノエルのことが大好き……」
まさかのノエル姉までキタァアアアアアア!
えっ、何なのこれ? 姉妹で催眠だと!?
最初はシエルだけだったのに……途中から姉妹が競い合うように……。
もしかして俺、大好きな姉妹から毎晩催眠され続けるの? しかもこんな甘々なシチュエーションで?
そんなの耐えられねぇええええええええ!
「壮太はシエルとキスしたくなる……壮太はシエルとキスしたくなる……壮太はシエルとキスしたい……」
「そうちゃんはノエルとキスしたくなる……そうちゃんはノエルとキスしたくなる……そうちゃんはノエルとキスしたい……」
もう許してぇええええええ!
「はーい、壮太はシエルとキスしたくなった♡」
「違うでしょ♡ そうちゃんはノエルとキスしたくなったでしょ♡」
どっちもキスしたぁああああああぁ~い!
「ほぉら♡ お姉ちゃんでちゅよぉ♡」
むぎゅ!
ノエル姉の柔らかなものが俺の腕にぃいい!
「そ、壮太♡ 私もお姉ちゃんだよぉ♡」
むぎゅ!
シエルの柔らかいものまでぇええ!
「そうちゃぁ~ん♡」
「壮太ぁ♡」
こうして、二人になった催眠は相乗効果で二十倍くらいの破壊力になったのだった。
俺は体の底がゾクゾクするような刺激を受けながらも、動くことも触ることもできず我慢するばかりだ。
あれっ? ここは天国のようで地獄かな?
◆ ◇ ◆
翌朝――――
目を覚ました俺は、まだ心の中に残る愛しい二人の声と感触を思い出す。両脇に居たはずのシーツを撫でながら。
「もう二人は自室に戻ったのか……」
つぶやいてから寂しさに襲われる。
「ああ、ヤバい。また二人と添い寝したい……。って、俺は何を言っているんだぁああああ! こんなの続けてたら後戻りできなくなっちゃうだろぉおお! ってヤバっ」
大きな声を出しそうになって口を押える。こんな発言が皆に聞かれたら大問題だぞ。
ペチペチペチ!
洗面台の鏡を見つめる。俺は顔を洗ってから、両手で頬を叩いた。少しでも気を引き締めないとボロが出そうだ。
ガチャ!
「おはようございます」
何喰わぬ顔でダイニングに入ると、笑顔の莉羅さんと、恥ずかしそうにしているノエル姉と、涼し気な氷の女王顔のシエルに迎えられた。
「おはよう、壮太君♡」
「お、おはよぉ♡ そうちゃん♡」
「おはよ……」
ガタッ!
いつものように椅子に座る。悶々と溜まった感情を顔に出さないように。
「なに? 人の顔をじろじろ見て?」
シエルは今日も塩対応だ。夜中はあんなに甘々だったのに。
「べつに。ドルバンゲイン第三話で、本当はカナタと話したいのに素直になれないナツミみたいな顔だなと思って」
俺がアニメの話を振ると、シエルは急に目を輝かす。
「それ! 本当はカナタを想っているのに、セシリアと仲が良いのに嫉妬して素直になれない乙女心が…………って、ば、バカなの」
プイッ!
ノリノリでアニメを語っていたシエルなのに、やっぱり恥ずかしくなったのかそっぽを向いてしまった。
何だよそれ。
だからお前はナツミっぽいんだよ。
それより、さっきからノエル姉が俺に熱視線を送っている。
「むぅううっ……そうちゃん、アニメの話ばかり。お姉ちゃんにも教えてよぉ」
「こ、今度ね。一緒に観ようか」
「うん♡」
くっそ可愛いな……。このお姉は。
深夜のアレを思い出しちゃうだろ。
「ぐぬぬぬぬ……壮太のばぁか」
今度はシエルが不機嫌になったのだが!
だからそれ、嫉妬みたいで気になるだろ。
「あらあら、何だか甘酸っぱいわね♡ 青春かしら?」
コーヒーを持った莉羅さんがやってきた。
昨日、『選ぶのなら一人にしなさいよね。両方ってのはダメよ』と言われているので、両方に手を出してるみたいで居たたまれなくなる。
ごめんなさい、莉羅さん。あなたの大切な娘さんとエッチな催眠や添い寝しちゃってます。
でも、俺がやってるんじゃないんです。二人が何か積極的で。
ああああぁ、もうどんどんエスカレートしそうで怖い自分がいる。どどど、どうしたら……。
「壮太君」
莉羅さんが顔を寄せてきた。
俺だけに聞こえるよう小声で話しかける。
「やっぱり怪しいわね? 付き合ってるでしょ?」
「つ、付き合ってません」
「ちゃんと避妊しないとダメよ♡」
「だだだ、だからしてませんって」
「因みにリラちゃんなら、いつでもOKよぉ♡」
くっ、どうすれば良いんだ!




