第59話 二倍になったぞ
俺の耳にくっついたシエルが甘い声で囁く。それは脳を蕩けさせるような心地よさで。
「ほぉら、壮太ぁ♡ いつもの催眠だよぉ♡」
ぐああぁ! めっちゃキツい! いつもよりキツい! すぐ近くに皆が居るのにぃ!
こんなのバレたらどうするんだ!?
「壮太、お姉とイチャイチャしてたよね? 蜷川さんとも子づくりとか言ってたし」
蜷川さんは誤解なんだぁああ!
ノエル姉のは言い訳できないけど。
「もう今日という今日は許さないぞ♡ 今夜は特別キツいのをお見舞いしちゃうんだからね♡」
だから何でシエルは深夜だけ口調が違うんだよ! いつもは『しちゃうんだからね』なんて言わないだろ。
てか、特別キツいのはやめてくれぇええ!
「ほらほらぁ♡ 触っちゃうぞぉ♡」
シエルの指が俺の胸板を滑る。優しく撫でるようなフェザータッチで。
お、おい、やめろ。おさわりは禁止だぞ。
ぐああぁ! 撫でるな! くすぐったいって!
「ほらほらぁ♡ 声を出すとバレちゃうよぉ♡」
何をやってるんだ! 俺は寝ている設定だろ!
もう本格的にヤバい……。くすぐったくて我慢の限界に……。ど、どうすれば。
「こちょこちょこちょぉ♡ 壮太ぁ、オシオキだぞぉ♡」
何だこのプレイ! 何だこのプレイ! 俺、責められてる? もしかして、俺がノエル姉をくすぐったから怒ってるのか?
やっぱりシエルって女王様の素質あるよな。
「よし、今夜はイケナイところも触っちゃおう」
俺をナデナデしているシエルの手が、徐々に下がってゆく。
オイヤメロ! それは反則だぞ!
ああぁ、大人の階段上っちゃうぅうう!
「ううっ♡ で、でも、恥ずかしいからやっぱ無し♡」
で、ですよね。シエルはそのままで良いんだよ。
ちょっぴり残念だけど、ピュアで初心なシエルに感謝だぜ。
「壮太……そ、壮太ぁ」
急にシエルの声が震えた。
「壮太って、お姉のこと好きだよね?」
ギクッ!
な、何でそれを……。
「見てれば分かるよ。いつもお姉を目で追ってるし。話しかけられると嬉しそうにしてるし。胸をチラ見してるし」
胸はしょうがないだろ! 美乳Gカップなんだから!
って、そうじゃなくて。
「壮太、小さい頃からそうだよね。ずっとお姉を好きだった。私、知ってるんだから」
あれは……憧れみたいなものだったんだ。
いつも優しい近所のお姉さんって感じで。
でも、そのせいで俺の性癖が歪んだ気もする。あれから好きなアニメヒロインがお姉さん系になったような。
「ずっと寂しかった……。壮太、私のこと忘れちゃうし」
それは本当に申し訳ない! 何で忘れちゃったのか自分でも不思議で……。
「でも、私のせいなんだよね? ごめんね、壮太」
シエルのせい? そ、そうだ。あの雨の日。シエルとデートした日。何かを思い出したような?
あれは幼い頃。
倒れた俺。
周囲に人だかり。
泣き叫ぶシエル。
そうだ、あの時俺は……。
ダメだ! あとちょっとで思い出しそうなのに。
俺が考え込んでいるうちに、再びシエルの声色が変わった。
「そうだ。壮太、蜷川さんにキスされてたよね?」
ヤベッ!
でも手だろ? 許してくれ!
「他の子とキスするなんて許されないよ。裏切りは許さない。息の根を止めないと」
だから息の根は勘弁してくれぇ~っ!
「ううっ♡ で、でも、壮太が居なくなっちゃうと困るから、息の根は許してあげる♡」
ですよね! 息の根はダメだよね!
「よし、代わりに私もキスしよう♡」
おいヤメロ!
「ふふっ♡ 壮太のくちびる奪っちゃうぞ♡」
じょ、冗談だよな? ま、まさか!
「壮太ぁ♡ 初めてって言ってたよね? 壮太のファーストキスは私のもの♡ ふふふっ♡」
ぎゃああああああ! や、やめろって! それだけは洒落にならないぞ! シエルも初めてなんだろ!?
「ううっ♡ そ、壮太のくちびるに……」
や、やめろ! ダメだって!
あれっ?
すぐ眼前まで迫ったシエルの気配が止まった。
「うっ♡ ううっ♡ は、恥ずかしい♡ ムリぃ♡」
た、助かった。シエルの恥ずかしがり屋が功を奏したか。
良いんだぞシエルはそのままで。
キスしちゃったら、明日からどんな顔して話せば良いんだよ。絶対意識しちゃうだろ。
「く、くちびるは無理でも、頬なら……」
お、おい、ダメだって!
「ちゅっ♡ やった♡ 頬にキスしちゃった♡」
やりやがったぁああああ! こいつ、本当にキスしやがったぞ! 頬だけど!
「あっ、お姉…………」
ん? 何かシエルの様子がおかしいような?
今、お姉って言ったよな?
「シエルちゃん?」
「お、おお、お姉?」
「今の…………」
「ち、違っ」
おお、おい、ノエル姉の声が聞こえたぞ。もしかして起きてるのか?
まさか、今のを見られた!?
ゴソゴソゴソ!
「くぅ……すぅすぅ……」
シエルが布団にもぐってきた。
おいシエル、今さら寝たふりとかダメだろ。それで誤魔化せるとでも思ってるのか?
ゴソゴソゴソ!
ヒタッ、ヒタッ、ヒタッ――
今度は何だ? 足音が近づいてくるのだが!?
ファサッ!
ゴソゴソゴソ!
えっ? 誰かが俺の布団に潜り込んできたぞ! ま、まさか!?
「そうちゃん♡」
ノエル姉だったぁああああ! ノエル姉が俺の耳元で囁いているのだがぁ!
ま、まさか? ノエル姉、シエルに対抗意識を燃やしてるのか?
「むっ、壮太」
予想通り、シエルまで対抗意識むき出しなのだが!
「そうちゃん♡」
「壮太ぁ♡」
催眠が二つになたぁああああ! ダブル催眠かよ! 俺の両側から甘々な声で催眠がくるのだが!
何だこれ! 何だこれぇ!
両耳から二人の甘々ボイスが入ってきて、脳の中で反響しているのだが!
「そうちゃん♡ そうちゃん♡」
「壮太♡ 壮太♡」
何でお互いに対抗意識燃やして催眠してるんだぁああ!
「そうちゃん♡ お姉ちゃんでちゅよぉ♡」
「壮太ぁ♡ こっちもお姉ちゃんだよぉ♡」
うっぎゃぁああああ! ダブルお姉ちゃん催眠になったぁああああ! てか、何で赤ちゃん言葉だよ!?
「そうちゃぁん♡」
「壮太ぁ♡」
もう許してぇええええええええええ!!
「お姉には負けないよ♡ 壮太は私のもの♡」
シエルの熱い吐息が耳にかかる。もう魂まで隷属されそうな響きで。
「そうちゃん♡ シエルちゃんばかりズルいよぉ♡ お姉ちゃんにも構ってぇ♡」
今度はノエル姉の甘々お姉ちゃんボイスが吹きかけられる。それはもう体が溶けるのではと思うほどに。
「壮太ぁ♡」
「そうちゃん♡」
ぎゃぁああああああああ! もう許してぇええ!
こんなエチエチなの耐えられなぁああぁああああい!
◆ ◇ ◆
チュンチュンチュン――――
窓から差し込む朝日と一緒に、小鳥のさえずりが聞こえてくる。そう、朝チュン展開だ。
「そうちゃむぅ! これ、どういうこと! マジでありえないんですけど!」
「あぁああああぁああぁん! 壮太君がぁああああ!」
目を開けた瞬間、上から覗き込んでいた女子二人の絶叫が聞こえてきた。星奈と蜷川さんだ。
二人とも頭を抱えて苦悶の表情を浮かべている。
そして俺の両側には気持ちよさそうな寝顔の姉妹。
すまん、朝チュンと言ったが間違いだ。
朝チュン展開じゃなく朝修羅展開だった。




