第56話 ノエル姉のお願い
いつも優しいノエル姉が小悪魔系の笑みを浮かべる。
熱を帯びた瞳と、ペロッと出した舌が可愛らしい。
「そうちゃん♡ 一緒にお風呂入りたかったのかな? でもダメだよ。メッだよ」
そう言ってノエル姉は、俺の手を掴む。逃げられないように。
「あ、あれは事故なんだ。わざとじゃなくて」
「うんうん♡ ここじゃ何だから、あっちに行って話そうか? そうちゃん♡」
まるで焦る俺を楽しむかのように、ノエル姉の顔がニマニマしている。
「ほら、こっちだよ♡」
ノエル姉に連れて行かれたのは、廊下の突き当り。古めかしい自動販売機とソファーがある場所だ。
「はい、ここに座ってね♡ えへへぇ♡」
ノエル姉の顔が妖しい。これ、ドスケベ姉になってないか?
「そうちゃん♡ お、お姉ちゃんの裸が見たかったの? 正直に言いなさい♡」
「だから事故だって。そもそも混浴だし」
「じゃ、じゃあ、皆に黙ってて欲しかったら、お姉ちゃんのお願いを聞くこと」
このお姉……何か企んでるな?
「たまには添い寝しても……い、良いよね♡ はぅ♡」
「は?」
添い寝? 俺の寝込みを襲うアレか?
「これで交渉成立ね♡ そうちゃんは私の添い寝を受け入れること♡」
「それノエル姉がスケベなだけだろ」
「すすす、スケベじゃありません」
「そもそも俺が風呂で一緒なのはシエルも知ってるしな」
「そ、それはぁ……」
急に慌て始めるノエル姉。詰めが甘いんだよ。
「ほうっ、俺を脅して言いなりにしようとしてたのか。このスケベ姉は」
「スケベじゃないからぁ」
「お仕置きをくらえっ!」
俺はノエル姉の腋に手を伸ばす。
「コチョコチョコチョコチョコチョ!」
「きゃぁああああぁん♡ 許してぇ♡」
少し汗ばんだ風呂上がりのノエル姉が悶えまくる。クネクネジタバタと。
艶やかなダークブロンドの髪が乱れ色っぽいことこの上ない。
「ほらほら、全身くすぐりの刑にするぞ」
「だぁめぇええっ♡ おかしくなっちゃうからぁ♡」
楽しい! やっぱりノエル姉をお仕置きするの楽しい! ゾクゾクするぞ。
「ほら、反省したか?」
「ごめんなさぁい! だってだってぇ、そうちゃん成分を補給しないと、お姉ちゃん寂しくて死んじゃうんだよ♡」
またウサギの話しかな?
「ったく、このお姉は。まあ、助けてくれたのは感謝してるけどさ」
「そうだよぉ。せっかくお姉ちゃんが助けてあげたのに。ひどいよぉ」
「でも、ノエル姉の椅子にされちゃったけどな」
かぁああああああ――
俺の上に座ったのを思い出したのか、ノエル姉の顔が見る見る赤くなってゆく。
耳まで真っ赤で湯気が出そうだ。
「あ、あれは……わわ、忘れてぇ♡」
「あんなの忘れられないって。しかしノエル姉って、胸もデカいけど尻もデカ……うぐっ!」
「そ、そうちゃん、それ以上言っちゃダメだよ」
ノエル姉が俺の口を押える。意地でも言わせないつもりか。
でも、あのムッチリした感触は今でもハッキリと残っているぞ。もう一生忘れられない。
「あああぁ……もうお嫁にいけないよぉ」
頭を抱えたノエル姉は、ちょっと古めかしいセリフをはく。ラブコメの定番みたいな。
「そんな大袈裟な。裸を見られたくらいで」
大袈裟とか言ってる俺も大事件なんだけどな。
ノエル姉の……い、今は思い出すな。
「やっぱり見たんだ?」
じっと俺を見るノエル姉。
「み、見てない」
「ほんと?」
見てないということにしておこう。
それより椅子にされた方がドキドキだが。
「いいもん♡ そうちゃんに責任とってもらうから♡ お嫁さんにしてもら……あっ」
「えええっ! お、およ、お嫁さん!?」
「あっ、い、今のは、ちが、ちがくて」
ポンコツ姉の目が泳ぎまくる。
両手をブンブン振っても誤魔化せないぞ。
「はあああぁ、このお姉はぁ……」
いったい何処まで俺の心を揺さぶってくれるんだ! 俺がどんだけ我慢していると思ってんだよ!
平常心だ、平常心だぞ。ああ、俺の省エネモードが!
くっそ、もう一度お仕置きしてやりたい。
「もうっ、俺の嫁になったら毎日お仕置きだからな。全身くすぐりの刑にしてやる。羽箒を使って」
「ううっ♡ い、いいよ♡」
良いよじゃねぇええええ!
ノエル姉は上目遣いで俺を見る。少し期待するような顔で。
だ、ダメだ。このお姉には、何をしても喜ばせてしまいそうだ。やっぱり色々と許してくれるんだよな。
「ほら、もう戻るよ」
「はぁい」
俺が立ち上がると、ノエル姉が俺の腕を掴んできた。
少し拗ねた顔をしながら。
「でも、やっぱりシエルちゃんと一緒だったんだ」
「えっと……」
俺とシエルが一緒にお風呂入ってたのを怒ってるのか?
「あれは非常事態だったんだよ。まさか混浴とは思わなかったし」
「もうっ、お姉ちゃんを放置してシエルちゃんと裸でイチャイチャしてたんでしょ」
あれっ? いつになくノエル姉が……?
もう今日はズバリ聞いてみようかな。
「ノエル姉って、いつもシエルと仲良くしろって言う割に、仲良くしてると嫉妬してくるよね?」
「そ、それはぁ……」
ノエル姉が言葉に詰まった。
「えっとぉ……じ、自分でも分からないの。そうちゃんがシエルちゃんと仲良くしてくれると嬉しいはずなのに。二人を見てると急に不安になっちゃうんだから。こないだだって……部屋でイチャイチャしてたでしょ」
バレてる。シエルとキスしそうになったのや、ふざけてイチャコラしてたのが。
「も、もっとお姉ちゃんを可愛がりなさぁい♡」
全力で可愛がることを強要する義姉。何だこれ。
くぅ、このお姉は……。年上なのに寂しがり屋で甘えん坊で放っておけなくて……。
こんなの可愛がるしかないだろ。
「ほら、お姉。ナデナデしてやるから機嫌直せ」
俺は全力でノエル姉の頭と背中をナデナデする。それはもう犬を愛でるみたいに。
ナデナデナデナデナデ――
「ふあぁ♡ それダメぇ♡ おっ♡ おかしくなるぅ♡ おほぉ♡」
「変な声を出すな」
ぽこっ!
「いたぁ~い」
いつものように頭にチョップを入れる。
何だか最近はプロレスごっこが多いな。
ガラガラガラ!
ノエル姉と一緒に部屋に戻ると、今度は一人で拗ねたシエルが待っていた。
お前ら寂しがり屋ばかりだろ。
「むぅ、壮太! おすわり」
おいおい、ノエル姉を犬扱いしたら、今度は俺が犬扱いされたのだが。
「どうしたシエルお姉ちゃん?」
女王っぽいシエルのご機嫌を取ろうとして、俺はお姉ちゃん呼びをしながらお座りした。
「むふっ♡ わ、分かればよろしい」
「へいへい」
素直に座った俺を見たシエルは、嬉しそうにニマっと口角を上げた。
単純なやつだ。
まあ、色々感謝はしているのだがな。
「シエル、温泉ではありがとな」
「う、うん♡」
「助かったよ」
「えへへ♡」
シエルの笑顔がめっちゃ可愛い。昼間に怒っていたのが嘘のようだ。
ああぁ! さっきノエル姉にドキドキしてたのに、今度はシエルにだなんて。俺のアホぉ!
ったく、この姉妹は、何処まで俺をドキドキさせたら気が済むんだよ!
「そうちゃん!」
今度は後ろからノエル姉がくっついてきた。
やっぱり寂しがり屋かよ!
「壮太!」
そして前からもシエルが!
「ちょ、ちょっと待て! 最近の二人はおかしくないか? やけに距離が近いというか」
「そうちゃんのせいだよ」
「壮太が悪い」
二人の声が重なった。
やっぱり仲良し姉妹だな。
「そ、そういえば、他の子は何処に行ったんだろ?」
ガラガラガラ!
俺は話を逸らしていると、扉が開き星奈と蜷川さんが入ってきた。
シエルとノエル姉は体を離す。
「そうちゃむ、そうちゃむぅ!」
星奈は手に持ったトランプを掲げる。
「じゃじゃーん! ロビーに貸し出し用のトランプあったよ」
「これでゲームしよっ。壮太君を賭けた」
ん? 今、蜷川さんが変な言葉を発したような? 気のせいだよな。
「優勝賞金はそうちゃむ! ババ抜きで王様ゲーム!」
「壮太君と一緒の布団を賭けたデスマッチだよ!」
気のせいじゃなかったぁああああ!




