第55話 五輪の書とエクスカリバー
ノエル姉の好きな人を知りたい。聞いちゃいけないのに聞きたくなってしまう。
もしかしたら……。ほんの少しでも、俺……だったら、なんて淡い期待を抱いてしまうのだ。
「ごくりっ」
もう少し、見える位置に……。
「壮太ぁああ」
ぎゅぅううううっ!
シエルが俺の背中に張り付いてきた。
「お、おい、やめろ。はだ、裸っ。その格好で抱きつくな」
「またお姉の裸を見ようとした」
「だから見てないって。湯気で見えないから」
「わ、私のを見れば良いのに……(ぼそっ)」
ん? 今、変な言葉が聞こえたような?
「何か言ったか?」
「なな、何でもない。うぐぅ♡」
くっそ! くっそ可愛い! その顔は反則だって!
ああぁ、いつもクールで塩対応のシエルが照れた顔をすると、反則級に可愛くなるのだが!
もう俺の我慢も限界だぞ!
「もうっ、壮太のばぁか♡」
シエルのばぁか頂きました!
くっ、バカって言われてるのに嬉しい! 何だこれ!
俺たちが変な雰囲気になっている頃、岩の向こうのノエル姉たちも変な感じになっていた。
「じゃあ、アタシの好きな人は――」
「ちょっと待って嬬恋さん!」
星奈が言おうとしているのを、蜷川さんが必死に止めているようだ。
「あすぴぃ、恥ずかしがらなくてもいいじゃん。ここは女子しかいないんだし」
すまん星奈。俺もいるんだ。
「わ、わわ、私は……べべ、べつにぃ。はは、はうぅ♡」
そしてポンコツ姉は変なリアクションだ。たぶん恥ずかしいのだろう。
「だからノエル先輩はバレバレだって。見てれば分かるし」
「ちょっと星奈ちゃん!」
「だから一緒に言いましょうよぉ、先輩♡」
「だって、聞いちゃったら私……星奈ちゃんや明日美ちゃんを、息の根止めないと」
「アタシ、ヤられちゃう!?」
何か物騒な話が聞こえたような?
やっぱり姉妹そっくりだぞ。
「もう、冗談はそれくらいにしてよ。それより先輩、胸がちょー大きいっすね」
「ちょっと、星奈ちゃん! 触っちゃダメよ」
「うわぁ♡ 凄く形も綺麗で柔らかそう」
あああぁ、星奈ぁ! ノエル姉のGカップを直視しているのか! 羨ましぃいい!
ギュゥウウウウウウッ!
またシエルが抱きついてきた。やめろ、それ以上されると……。
「はぁああ……」
蜷川さんの溜め息が聞こえた。
「二人とも胸が大きくて良いなぁ……。私は小さくて。だからきっと壮太君も……」
「そうなことないって、あすぴ美乳だし。先端も綺麗な色してるし」
「そうかな?」
「そうよね、大きいと色々大変だから」
「姫川先輩、それフォローになってません」
途中から蜷川さんの声音が変わる。
「こ、この胸が……姫川先輩の巨乳が……壮太君を惑わせて……」
「あのっ、明日美ちゃん? 目が怖いよ」
「ノエル先輩のおっぱいタッチだぜぇい」
「ちょっとぉ♡ あっ♡ ダメぇ♡ 星奈ちゃん?」
ああ、胸の話で盛り上がっているな。女子は胸の話が好きなのか?
俺も混ざりたい。
「じゃあ、改めて好きな人を」
星奈が話を戻した。無理やりすぎるだろ。
「わ、私は言わないからね」
「ノエル先輩♡ 言わないとココ責めちゃいますよ」
「だめぇ♡ そこ弱いのっ♡」
何処だよっ! 気になるだろ!
グイグイグイ!
さっきからシエルが俺の腕を引っ張っている。ちょっと待て、ノエル姉のGカップを一目だけでも……って、そうじゃなくて!
見ちゃダメだろ!
「壮太、壮太。おいこら壮太」
「何だシエル」
「私が皆の気を引き付けるから。壮太は隙を見て逃げて」
「良いのか?」
「貸し一つね」
シエルは両手をギュッとしてやる気を見せる。
本当に大丈夫なのだろうか?
「助けてくれるのは有難いけど」
「任せて……ってか、これ以上お姉の裸を見ると負けそう……」
「えっ?」
「よしっ、行くよ」
言うが早いか、シエルは岩陰から身を乗り出した。
えっ、いきなり出ちゃうのか?
それ大丈夫なのか?
ザバザバザバザバ!
「お姉!」
「「「きゃっ!」」」
突然湯煙の中から現れたシエルに、皆が驚きの声を上げる。
「えっ、ええっ、シエルちゃん?」
「びっくりしたぁあ! 驚かすなしぃ」
「あ、ああぁ……心臓止まるかと思った」
「シエルちゃん、そこで何してたの?」
皆の反応を他所に、シエルはクールな態度で語り始める。
「千日の稽古をもって鍛となし、万日の稽古をもって錬となす。我、お、奥で瞑想していた……」
ぐっはぁああ! シエルは突然何を言い出してるんだ! 宮本武蔵か? 五輪の書なのか。それ?
くっ、やっぱりおもしれー女だな。負けたぜ。
しかしこんなんで皆の気を逸らせるのかよ?
「え、えっと……つ、つまり……」
やっぱり何も考えてなかったぁああ!
話しが行き詰ってるじゃねーか!
シエルさん、面白かったけど、それで何とかなると思ったのか?
「そ、そうそう」
何を思ったのか、シエルはザバザバと温泉から出ると、シャワーの方へ向かう。
「これ! このシャンプー、髪が艶々になるって話題」
おもむろにシャンプーボトルを掴むと、そう言い放った。
「シエルちゃん詳しいんだ。じゃあ私も使ってみようかな?」
ノエル姉が洗い場へと向かい、皆もそれに倣う。
「綺麗にしないと。今夜は壮太君と同衾だからね」
「あすぴ、意外と大胆だよね」
誰もシエルのギャグにはツッコまない。
それは優しさなのか?
でも、皆がシャワーに向かったからチャンスだな。
髪を洗っている隙に逃げろという訳か。やるじゃないかシエル。
皆がシャンプーして泡泡になったところで、俺は一気に動いた。
まさに宮本武蔵の如く。
行くぜ、巌流佐々木小次郎!
ズシャァアアアアアア!
素早くタイル張りの床を駆け抜けようとしたら、泡に足を取られ豪快に滑った。
ああああああっ! 宮本武蔵の不敗伝説がぁああ! 長大な木剣ならぬ俺のエクスカリバーが、ノエル姉に向かってぇええええ!
俺の滑っている方向にノエル姉が居る。
呑気に鼻歌を口ずさみながら髪を洗っているのだが。
「ふんふんふ~ん♪ よいしょっと」
ノエル姉が、シャワーヘッドを掴もうとしたのか、風呂椅子から腰を浮かせた。
俺はその椅子を蹴飛ばすようにスライディングを決める。サッカーだったら完璧なインターセプトだ。
カコーン!
「きゃっ!」
ノエル姉が小さな悲鳴を上げた。
当然ながら、彼女は椅子があった場所に座ろうとしたはずだ。
ただ、その椅子は俺が蹴り飛ばし、代わりに俺が椅子になっているのだがな。
ののの、ノエル姉が俺の上にぃいいいい!
「えっ、あ、あの……」
泡にまみれた髪を掻き揚げながら薄目を開けたノエル姉が、俺とバッチリ目が合った。
どどどどどど、どうしようぉおお!
終わった! 俺、終わった!
そのノエル姉だが、俺をジッと見つめたまま固まっている。
ザァアアアアアア――
「ノエル先輩、どうかしましたぁ?」
隣で星奈がシャワーで頭を流しながら声をかけた。
「う、ううん。何でもないよぉ」
そう言ってノエル姉が脱衣所の扉を指さす。見逃してくれるのか。
シュタッ!
俺はノエル姉に目でお礼を言うと、一目散に脱衣所まで走った。
ガタンッ!
男子用の脱衣所に辿り着いた俺は、深く椅子に腰かけ天を仰ぐ。
「ああああぁ、助かったぁああ」
◆ ◇ ◆
少し遅れて部屋に戻った俺だが、何も助かっていないことを知る。
部屋の前で待ち構えていたノエル姉に捕まったのだ。
「そうちゃぁん♡ そんなにお姉ちゃんの裸が見たかったのかなぁ?」
ニマニマとイタズラな顔をしたノエル姉は、俺の耳元に顔を寄せ囁いた。
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