第53話 出そうな旅館
メインの通りから奥に入った薄暗い路地裏。まだ空は明るいはずなのに、ジメジメと湿っぽい雰囲気。建物は築何十年なのか古さを感じさせる。
それは、壁が蔦に覆われたおどろおどろしい旅館だ。
カーカーカー!
恐怖感を誘うように、不気味なカラスの鳴き声まで響く。
「えっ、ここなの?」
俺は、横でスマホ片手に固まっている星奈に声をかけた。
「ここに間違いない……。躑躅荘って書いてあるし」
震える手で星奈は看板を指さす。古びて朽ち果てそうな木製看板を。
「躑躅? 髑髏じゃね?」
看板には髑髏荘と書いてある。
似ているけど全く違う漢字だから。
ガタガタガタガタ――
「き、きっと名前が違うから別だよね……」
震えながらシエルが言う。俺に聞こえるように。
何だ、仲直りしたいのか? しょうがないなあ。
まあ、躑躅と聞いたら武田信玄ネタを言いたくなるのが俺なのだが。
「人は城、人は石垣、人は堀。躑躅ヶ崎館か」
「お館様ぁ!」
シエル絶妙のツッコみ。こんなマニアックな話についてくるとは。さすがシエル姫だ。
「あっ、えっと……プイッ!」
ノリノリでツッコんだシエルなのに、俺を目が合うとそっぽを向いた。
まだ怒ってるのかよ。
一方、何度もスマホの予約ページを確認していた星奈は、血の気が引いたような顔をしている。
「あ、あれっ、やっぱりここだ。躑躅じゃなく髑髏だし」
俺も横から彼女のスマホを覗く。
「ここだな。地図もここみたいだ」
「ど、どうしよ、そうちゃむ? ここしか空いてなかったの」
「もうここに泊まるしかないだろ」
「一人一泊二食付き五千円だったからぁ!」
格安過ぎだろ! 怪しさ満点じゃねーか!
ドロドロドロドロドロ~!
何か得体のしれない寒気がしたその時だった。
「いらっしゃいませ」
「うわぁああああ!」
「「「きゃああああっ!」」」
突然目の前に現れた老婆に、俺たち全員が飛び上がる。
「って、お、女将さんだよ」
そう言って俺は皆の方を振り向く。
よく見れば女将っぽい和服を着ているから。
「びっ……くりしたぁ」
「そそそ、壮太ぁ」
星奈とシエルが顔面蒼白で俺を見る。
「た、大変! そうちゃん、明日美ちゃんが気を失ってるわ!」
その声で視線を移すと、ちょうど硬直した蜷川さんがノエル姉の方に倒れ掛かっている絵面だった。
「ちょ、ちょちょ。危なっ!」
慌てて蜷川さんを抱きかかえた。
そういえば、怖いの苦手だったよな。
「ほら、蜷川さん、俺に掴まって」
ギュッ!
俺は蜷川さんの小さな体を背負う。
その感触は柔らかくて繊細で……。
彼女の温かさと柔らかな膨らみを背中に感じ、思わず俺は素数を数えようと思った。
えっと……ダメだ、緊張して素数が出てこない。
ああぁ、シトラス系の良い匂いがぁ! 俺の手が蜷川さんのお尻や太ももに当たってるんですけどぉ!
ごめん、蜷川さん、落っことしそうだから触るね。
ずり落ちそうな彼女を、よいしょっと背負い直す。手は仕方なく尻の方へ。
「ようこそお越しくださいました。こちらでございます」
恐怖に震える美女四名と俺、内一名は失神中。俺たちは女将に案内される。暗く狭い廊下を。
ギシッ、ギシッ、ギシッ――
足を踏み変える度に床が鳴る。
「あれっ、忍者対策かな?」
「二条城の鶯張りじゃないから!」
またシエルがツッコんだ。
やっぱり仲直りしたいんだろ?
ガラガラガラ!
部屋に入った俺は、頭が混乱し茫然とする。
「えっと、何で一部屋なの?」
通された部屋は六畳一間、広縁付き。
お世辞にも広いとは言えない部屋に、俺たち五人がすし詰めだ。
「待て待て! 男女同室なんて聞いてないぞ」
星奈の方を見るも、緊張なのか恐怖なのか黙ったまま固まっている。
もう女将に言って部屋を変えてもらうしか。
「すみません」
女将に声をかけると、おどろおどろしい顔を俺に向ける。
「何でございましょうか?」
「もう一部屋取れませんか?」
「他の部屋は改装中でございます」
「そ、そこを何とか」
女将は返事に代わりに俺を舐め回すように見て微笑む。
「旦那様、お若いのに四人もの妻がおられるだなんて。夜はお強いのですね」
「妻じゃありません! け、健全ですから!」
「まあまあまあ、ごゆっくりぃ~」
ああ、退路は閉ざされた。
女将は来た廊下を戻ってゆく。
「と、とりあえず蜷川さんを」
彼女を布団に寝かせると、薄っすらと目を開けた。
「ううぅん……ここは?」
「旅館の部屋だよ」
「ひっ……」
俺に抱きついた蜷川さんが目を見開く。
「そ、そそ、壮太君! お、おお、お化け」
「落ち着いて蜷川さん」
「おお、落ち着いてるよ」
だから滅茶苦茶挙動不審……って、今日は仕方が無いか。
「そそ、そうちゃむ、どうしよう!」
星奈まで縋り付いてきた。
「大丈夫だよ。外から見ると不気味な旅館だけど、中は普通の部屋だろ」
「そ、そうかな?」
「そうちゃん……」
ノエル姉が壁の方を指さす。
「魔除けのお札……貼ってある」
「「「きゃああああ!」」」
そのノエル姉の声で、全員が俺に抱きついてきた。予期せぬハーレム状態だぞ。
「ちょ、一旦落ち着こう。古い屋敷ではよくあるものだよ。きっと」
ああぁ、皆の体が密着して……。俺が夢描いていたラッキースケベなのに、この状況じゃ素直に喜べない。
「そ、壮太ぁ……」
シエルが縋るような目を俺に向ける。
さっきまでプリプリしていたのに、今は俺に抱きつき震えているのだ。可愛いやつめ。
「ほら、大丈夫だぞ」
ポンポンポン――
シエルの背中をポンポンしてやると、嘘のように震えが止まった。
「ふぁ♡ 壮太ぁ……くぅ♡」
「ほら、大丈夫だろ」
「うん♡」
それを見たノエル姉まで目で訴えかけてくるのだが。
「そうちゃん♡」
「わ、分かったから。やれば良いんだろ」
結局、四人全員にポンポンすることになる。
これ何のプレイかな?
しばらくすると、部屋に料理が運ばれてきた。座卓に所狭しと並べられてゆく。
刺身に天ぷらにすき焼きに……って、豪華な食事だ。これで一泊二食付き五千円なのか?
高齢の女将が一人で切り盛りしているのか、他の従業員さんの姿を見かけない。
怪しい。怪しすぎるぞ。
「あの、女将さん」
気になって仕方ないので声をかけてみた。
「はい、何でございましょう?」
「えっと、こんなに豪華な食事が付いて、本当に一泊五千円なんですか?」
「はい、五千円でございます。ただいま改装中でして、特別価格になりますので」
「はあ……」
料理を並べ終えた女将は、頭を下げてから部屋を出ていった。
「ははっ、特別価格だって」
皆に話を振ってみるも返事は無い。
代わりに隣の席のノエル姉が俺の袖を掴んてきた。こんな時でも隣を確保するのは抜け目ないぞ。
「そ、そうちゃん。お姉ちゃんの側を離れちゃダメだよ。しし、心配だからね」
「それ、お姉が怖いだけでしょ」
「こ、怖くないから! 怖くないからね! そうちゃぁん」
これは怖がってるな。ノエル姉、いつにも増してポンコツっぽいぞ。
蜷川さんはジッと料理を見つめる。
「この食事を食べたら……もう現世には戻れないのかな?」
「あすぴっ、怖いこと言うなしぃ」
星奈が泣きそうだ。
「壮太ぁ……」
シエルは……。だから子犬みたいな目で俺を見るなよ。ナデナデしたくなるだろ。
俺は知らなかったのだ。この後、第二第三の衝撃が俺たちを襲うことを。というか……俺、この女子部屋で眠れるのか?




