第52話 既視感
富士山が近い。駅周辺には、いかにも温泉街といった感じの飲食店とお土産屋が立ち並ぶ。
そしてアニメの立て看板。
そう、電車を乗り継ぎ到着したその場所は、何故かアニメの聖地なのだ。
「さすがセーラちゃん、旅行先を超創生歴ドルバンゲインの聖地にするとは!」
俺のセリフに星奈が慌てだす。
「ちょっとぉ、普通に温泉旅行にしただけなんだけど! てか、セーラ言うなし!」
恥ずかしがる星奈をスルーし、俺はアニメのセリフを叫ぶのだが。
「第五魔神マモン、最終防衛線突破!」
「陸自機甲部隊、損耗率70%! もう持ちません!」
突然シエルが俺の横で叫んだ。絶妙のタイミングで。
もうアニメそのまんまだ。
「あれっ? シエル……」
「あっ、その、つい……」
シエルの顔が『しまった』と言っているようだ。
やっぱり、こいつオタクだったか。
「ちょっと、そうちゃん、シエルちゃん、そんなとこで遊ぶと他の人の迷惑だよ」
ノエル姉に言われて気付いた。周囲に観光客が多いことに。
「あっ、ついテンションが上がってやらかした。これ、完全にキモオタムーブでは? 恥ずかしい」
「うくぅ…………」
横でシエルが真っ赤な顔で俯いている。ノリの良いオタク女子は嫌いじゃないぜ。
「しかしシエルも立派なオタクだな。公衆の面前でアニメのセリフ叫ぶとか」
「違っ、も、もうっ! 壮太に乗せられただけ」
慌てるシエルも可愛い。その姿はやっぱり妹っぽいぞ。
でもシエルみたいな女子と付き合ったら毎日が楽しそうだよな。まあ、本人には恥ずかしくて言えないけどさ。
「そういえば、ドルバンゲインのヒロインだと、三号機パイロットのセシリアちゃんが一番だよな」
「はあ?」
せっかく気持ち良くオタ話を振ったのに、シエルの語気が鋭くなった。
「一番は二号機のナツミちゃんに決まってる。最後まで主人公のカナタを想い続けた健気さといい、ここぞという時に覚醒して敵を殲滅するところといい、まさにメインヒロインに相応しい。誰が見てもナツミが一番」
こいつ、急に早口になりやがって。
「でも、セシリアの方が胸が大き――」
「ぶっぶー! 胸で決めないで」
「胸だけじゃないって! ふとした拍子に見せる優しさとか。でも、胸も大きいから」
「ありませーん! ナツミの方が美乳ですぅ!」
「シエルも胸を気にしてるじゃん」
「むぅうううっ!」
途中から胸の話になってしまった。
「くっそ、シエルめ。そういえば、セシリアってノエル姉に似てるかも」
「はぁああぁ! はぁああああ! 壮太のばーか!」
「バカとはなんだ!」
「ばーか! ばーか!」
もう子供の喧嘩みたいだ。
他の三人がポカーンと俺たちを見ている。
「もうっ、そうちゃむとしえるんって、仲が良いのか悪いのか。でも、喧嘩するほど仲が良いって言うし」
呆れた顔の星奈が間に入ってきた。
「ほらほら、行くよー」
星奈に背中を押されながら歩き出す。シエルとはお互いにそっぽを向きながら。
ノエル姉も説教顔だ。
「そうちゃん、喧嘩しちゃダメでしょ。メッだよ」
「喧嘩じゃないよ。これはオタクによくある解釈違いと言いますか……」
「介錯つかまつる?」
「それ、たぶん違うと思う」
ノエル姉と肩を並べながらシエルの方を振り向くと、まだプリプリ怒っているようだ。
「ふんっ!」
何でシエルは怒ってるんだ? そんなにナツミが好きだったのか?
◆ ◇ ◆
軽く食事をしてから、ロープウェイで噴煙が立ち上る谷までやってきた。
硫黄の匂いが鼻をつく。
木々は立ち枯れ大地は赤く変色し、魔神の攻撃を受けた後みたいな火山性の堆積物に覆われている。
まんまアニメのように。
「これぞドルバンゲインの舞台って感じだな」
ピクッ!
すぐ横にいたシエルが反応する。
何か言いたそうにしているが、喧嘩中なのでウズウズしているだけだ。
チラッ、チラッ!
シエルが俺をチラ見しているのだが。
話したいのなら話せば良いのに。なにムキになってるんだよ。って、それは俺も同じか。
たまに喧嘩するけど、やっぱりシエルと話したいよな。
「それにしても卵が大量に……」
ここは卵が名物らしい。大量に並んだ卵が凄いスピードで売れてゆく光景は圧巻だ。
「壮太君♡ わ、私、壮太君が望むなら、卵をいっぱい産むね♡」
蜷川さんが近寄ってきたかと思えば、ぶっ飛んだ発言をされた。
「蜷川さん、人間は卵を産めないよ」
「大丈夫っ! 壮太君が命令したら、私は何でもしちゃうから」
「えええ……」
相変わらず面白い子だな。
「壮太君の逞しい腕で捕まえられた私は逃げられないの。そして強引に何度も何度も……」
「ちょ、蜷川さん?」
「当然、朝が来ても許してもらえなくて♡」
「ちょ、ちょっと待った、それ何の話? エッチなことじゃないよね?」
「やだなぁ、一緒にゲームをする話だよ。壮太君、好きでしょ」
良かったぁああ! セーフ!
「壮太君に屈服させられた私は……もう何をされても逆らえなくて♡ きゃっ♡」
「やっぱり不健全な気がする!?」
ったく、この子は……。
その妄想癖な蜷川さんだが、俺にドロドロした視線を送り続けている。
「わ、私……壮太君に恩返しがしたくて♡」
「もう恩は返してもらったから。ハンドマッサージでチャラだから」
「そんなんじゃ返せないよ! わ、わた、私は、全身全霊で♡ 身も心も人生も♡ あぁ♡」
だからそのハイライト無し目が怖いんだけどぉお!
俺が蜷川さんと話していると、強烈な殺気のような視線を感じる。
まあ、その視線の主は見なくても分かるのだが。
「むぅううううううっ!」
やっぱりシエルだった。
もうチラ見じゃなくガン見だ。
だから、言いたいことがあるなら俺に言えよな。
一旦彼女たちと別れトイレ休憩だ。
「ふうっ」
トイレを出たところで足を止めた。ガキが倒れて泣き叫んでいるのだが。
「ぎゃぁああああぁ! いたいよぉ!」
何だ、迷子か? 親御さんが居ないみたいだけど。
転んだのであろうその子供は、擦りむいた膝を抱えて泣いているだけだ。
周囲の人も、遠巻きに見ているだけで通り過ぎてゆく。
「しょうがない。ガキは苦手なんだけどな」
俺は水道で濡らしたティッシュで、子供の膝を拭ってやった。
「ほら、ばい菌が入るとヤバいからな。泣くなよ」
「う、うん。あ゛りがどぉ」
この光景……何か既視感があるな。
昔、小さな頃に同じことをしたような?
『傷は浅いぞ。衛生兵ぇ~』
少しだけぼんやりした記憶を思い出す。幼馴染の誰かを手当てした記憶だ。
昔も誰かを……凄く大切な人だったような?
ちょうどそこに親御さんがやってきた。
「ありがとうございます。うちの子が御迷惑を」
「いえいえ」
適当に手を振って別れた。柄にもないことをしてしまったと、恥ずかしさで頭をかきながら。
俺にブンブンと手を振るガキの姿がいじらしい。
「そうちゃん、いたぁ」
背中にノエル姉の声がかかる。
「あっ、皆」
「そうちゃん、男の子を助けてあげたの? 偉い偉い♡」
ノエル姉に頭を撫でられた。
だから子供扱いするなって。
「そうちゃむ♡ 良いとこあるじゃん♡ やっぱ良いパパになりそう♡」
星奈がからかってくる。だから恥ずかしいのだが。
「壮太君♡ 壮太君♡ 壮太君♡ 壮太君♡」
蜷川さんは相変わらずだ。もの凄い熱のこもった目で俺を凝視している。
「壮太……ううっ♡」
シエルが何か言いたそうな顔だ。目を潤ませている。
そんな子犬みたいな目で訴えかけられてもな。
◆ ◇ ◆
再びロープウェイに乗って駅まで戻ってきた。
やはり温泉街は風情があって良いな。
後は旅館でゆっくりするだけだ。
「しかし遠くないか?」
さっきから歩き続けているのに、その旅館が見当たらない。もう駅からだいぶ離れてしまったのに。
「えっとね、ベーグルマップだとこの辺なんだけど」
スマホを見た星奈が、木々が生い茂った方を指さす。
そこには朽ち果てたような建物が――――
「って、ここか!? 出そうなんだけど!」
お化けが出そうな旅館。そして更に驚愕の事態が俺を襲う。




