第51話 抜け目姉
目にも鮮やかな青い空。五月初旬の爽やかな朝だ。
今俺は、凄い熱視線の美女四人に囲まれ、電車に乗ろうとしていた。
プルルルル!
電車が駅のホームに入ってくると、俺の腕を引っ張る争奪戦が始まる。
「ほら、そうちゃん♡ お姉ちゃんの隣でしょ♡」
無理やり自分の隣に座らせようとするノエル姉。俺が選んだ服を着ている。今日も超可愛い。
「そ、壮太君♡ 私がお世話するね♡」
蜷川さんは俺に艶っぽい顔を向ける。すでに朝から肌が艶々で妖しさ満載だ。
四連休初日とあってか、電車は激込み。
座れたのは俺たち三人で、シエルと星奈は俺の前に立つ。
「もうっ、そうちゃむぅ! アタシを無視するなし」
不満顔の星奈は口を尖らせた。
スタイルの良い体にデニムのショーパンが似合っていて、目のやり場に困るのだが。
「ぐぬぬぬぬぬぬ!」
そして、今日も今日とて『ぐぬぐぬ』しているシエルだ。
クールな美人顔に反して、意外と要領が悪く席を取られてしまった。
どうしてこうなった!
それは前日のこと――――
『そうちゃむ、箱山温泉の宿が取れたよ』
ゴールデンウィーク中日の平日、久しぶりの登校で教室の椅子に座っていた俺に星奈が声をかけてきた。
『ゴールデンウィークなのに、よく空いてたね』
『ぬふふぅ♡ そうちゃむとお泊りだから頑張っちゃった♡』
星奈が俺の手を掴んだところで、隣の席の蜷川さんがボソッとつぶやく。
『壮太君……嬬恋さんと旅行するんだ?』
怖っ! やっぱり蜷川さん怖っ! 何でハイライト無し目になるんだよ! それ、ヤンデレみたいで怖いのだが!
『えっと、星奈がね……』
『そ、壮太君、蜷川さんを名前で呼んでるの?』
『しまった』
どろどろどろどろどろどろ――
まるで絡みつく蛇のようなオーラだ。凄まじい嫉妬のような気迫が蜷川さんから放出される。
さしずめ俺は、蛇に睨まれた蛙か?
『あ、あのさ……』
俺と蜷川さんの間でオロオロしていた星奈が口を開く。
『えっと、あすぴも来る?』
『行くぅ♡』
オーラが反転した。満面の笑みで返事をする蜷川さんが輝いて見えるぞ。
良かった。一瞬で蜷川さんの機嫌が直って。
てか、ちょっと待て! もしかして、俺以外は全員女子なのか? マズいだろ。
『おい岡谷』
俺は横で羨ましそうな顔をしている男に声をかけた。
『急だけど、明日と明後日は空いてるか?』
俺の話に、岡谷は苦渋に満ちた表情になる。
『安曇よ、お前は俺を原初の四大女魔王から八つ裂きの刑にさせたいのか?』
『それは何のネタだ?』
『くっ、羨ましいぜ。このスケコマシオタクめ』
よく分からんが、岡谷は旅行を断った。
若干、星奈と蜷川さん、そして後ろの席で睨みを利かせるシエル、三人からの視線が怖かったのかもしれない。
そんな訳で、俺は四人の美女と一泊旅行に出かけることになったのだ――――
「そうちゃん、お菓子食べる? はい、あーん♡」
これ見よがしにノエル姉が彼女面してくる。さすがだぜ、その徹底ぶり。
「うん、ポリポリ……」
「うふふっ♡」
あーんで食べさせてノエル姉がご満悦だ。
「壮太君♡ わ、私のも食べて。作ってきたの」
そう言って蜷川さんが、怪し気な色の団子を見せる。紫色と黄色が混ざった毒々しい物体だ。
「えっと、その団子は何かな?」
「カップケーキだよ」
かか、カップケーキだと!? 何だか団子状で生焼けっぽいのだが。
そもそも色が奇抜すぎだよ。ゲームだと速攻で状態異常になりそうな危険な代物だぞ!
もしかして、蜷川さんってメシマズ女子なのか?
「壮太君♡ 壮太君♡ 壮太君♡」
くっ、そんな訴えかけるような顔をされると断れないのだが。もう状態異常デバフ覚悟で食べるしかないのか。
俺は目をつむり、カップケーキのような団子を口に入れる。
「えーい、ぱくっ!」
ん? 食感は独特だけど、意外と不味くはないような? ネッチョリしていてケーキっぽくはないけどな。
「どう? 壮太君♡」
「うん、お、美味しい団子だね」
「カップケーキだよ」
「因みに、これ材料は何かな?」
蜷川さんは恥ずかしそうに下を向いた。
「え、えっとね♡ ブルーベリーとバナナと……あ、愛え……愛情だよ」
「そうなんだ」
ネッチョリしているのはフルーツを入れ過ぎたからだな。果実の水分でふっくら焼けなかったんだろ。
でも、蜷川さんが一生懸命作ってくれたのだから食べないとな。
「もぐもぐ……意外とイケる」
「んふふっ♡ んふふふふっ♡」
ううっ、艶っぽい蜷川さんの笑顔で迫られると、何か腰の奥がゾクゾクしてくるのだが。やっぱり蜷川さん怖い。
中学の頃は気付かなかったけど、最近になって新たな蜷川さんを知ったような?
覚醒せし大いなる蜷局明日美とでも呼ぼうか。って、名前呼びは恥ずかしいから無しだ。
「ぐぬぬぬぬぬぬ!」
ふと顔を上げると、俺を睨んでいるシエルと目が合った。
「壮太、ゴートゥヘル!」
ちょぉっと待て! 俺、このままだと本当に息の根止められそうなのだが! シエルの嫉妬が凄まじいのだが!
「ちょっとぉ! アタシとデートがメインでしょ! 何で他の子とばっか絡んでるしぃ」
星奈まで怒り出した。
これ、俺が一人で四人の女子を相手しなきゃならんのか?
「もうっ、そうちゃむのイジワル♡ んしょっと」
「お、おい」
星奈が俺の膝に座ってきたのだが!
パツパツのギャルヒップを包むデニムが俺の上にぃいい!
「きゃっ♡ そ、そうちゃむのエッチ♡」
膝に乗った星奈だが、ちょうど俺のスマホが尻にインして、すぐに立ち上がる。照れた顔で。
「そうちゃむ、硬いのが……」
「ご、誤解だ! スマホが当たっただけで」
「ぬふふぅ♡ そうちゃむって大人しそうな顔して、アッチはちょー強そう♡」
「だからスマホがケツに当たったんだって」
「ぬっへへぇ♡」
ダメだ、聞いちゃいねえ。
「そうちゃむと結婚したら、毎晩泣かされそうだし♡」
「だからそういう冗談はやめろって」
ああ、またシエルが怖い顔してる。
「壮太、後でお仕置き」
だからやめろって!
「そうちゃぁーん、またお仕置きされたいのかな?」
「壮太君、やっぱり嬬恋さんと仲が良いよね? ねえ? ねえ?」
ノエル姉と蜷川さんもだったぁああああ! すっごい威圧感なのだが!
もう俺は席を譲ることを決断した。やはりレディファーストだろ。
「シエル姫、どうぞお座りください」
異世界恋愛ものっぽい優雅な動きで立ち上がった俺は、シエルを席に座らせる。
「うむ、壮太にしては気が利きますわね。でも婚約破棄は許しませんわ」
相変わらずオタク系の話にはノリが良いシエルだ。貴族令嬢っぽい仕草で席に座った。
しかし、こいつ悪役令嬢が似合いそうだな。
「じゃあ私も代わるね。星奈ちゃん」
ノエル姉も立ち上がった。
「ありがとー! ノエル先輩」
喜んだ星奈だが、ノエル姉が俺の腕に掴まったところで表情が一変する。
「ああぁー! 先輩にしてやられたし」
「お姉っ!」
「やっぱり姫川先輩が一番強敵だよね」
シエルと蜷川さんも口を尖らせた。
「うーん、このズボラ姉、いつもおっとりしてるくせに、実は抜け目ない気がしてきたぞ」
「何か言ったかな? そうちゃん♡」
ノエル姉は楽しそうに微笑む。邪気の無いこの笑顔で全て許してしまいそうだ。




