第49話 遊びに行こうよ
ゴールデンウィーク後半の四連休。そこで遊びに行こうと星奈は言った。
俺たち全員で。
「えっ、良いのか? デートしたいって言ってたのに」
俺の質問に、弾んだ声で星奈は答える。
「良いよ。むしろ一緒が良いかな。だってアタシ、しえるんもノエル先輩も好きだし」
めっちゃ良い子だった。
「それにさ、バイトも休みもらえたし。ママも、たまには遊びに行ってきなってお金くれたし」
「お金?」
「うん、バイト代を家に入れてたんだけどさ。自分のために使いなってママが」
やっぱり、めっちゃい良い子だったぁああ!
初対面で『ビ〇チ』とか『オタクの敵』とか思ってた自分をぶん殴りてえ! ごめん星奈、俺は誤解してたぜ!
「しかし遊びにといっても何処にしようか?」
「温泉とか? アタシ温泉とか浴衣とか好きだし」
人差し指をクルクルさせながら、上機嫌の星奈が言う。
一瞬だけ浴衣の星奈を想像してしまった。乱れた浴衣から伸びる長い脚や、はだけた胸元。色っぽい顔に垂れ下がる髪や、少し汗ばんだ張りのある肌を。
「くっ、俺の理性が持つのか……」
「それが目的だし♡」
「何か言ったか?」
「なんにもぉ」
俺はとぼける星奈から視線を移す。少しだけ反応に怯えながら。
「ノエル姉はどう?」
そのノエル姉だが、完全に顔が緩み切っていた。
「ぐへへぇ♡ そうちゃんと温泉♡ そうちゃんと旅館でお泊り♡ そうちゃんと一緒のお部屋♡ そうちゃんと添い寝♡」
ダメだこりゃ! 完全に思考がイっちゃってるぞ。グヘヘ姉かな?
そんなに温泉が好きだったのか。
「どうする、シエル?」
今度はシエルの顔を見る。
「どどど、どうしよう。お泊りデート何て、まだ早いよぉ……。なな、何かあったらどうするの? 壮太って意外と強引な気がするし。何かあったら……でも何かあって欲しいような?」
完全にテンパっていた。お子ちゃまかな?
だからお前は、何で深夜だけ大胆なのに、昼間は恥ずかしがり屋なんだよ!
「じゃあ決まりね!」
星奈が両手を広げて大喜びする。どうやら勝手に決まってしまったようだ。
「今からで予約できるのか? ゴールデンウィークは何処の旅館も予約いっぱいだろ」
「アタシに任せて! 空いてるとこ調べてみるし」
言うが早いか、もう星奈はスマホを片手に立ち上がっている。
「じゃ、また明日ガッコーでね♡ ちゅ♡」
ドキッ!
不意にされた投げキッスで胸が高鳴った。
「お、おい」
帰り際、星奈は姫川姉妹に声をかける。
「しえるん、ノエル先輩、アタシ負けないし」
一瞬だけ空気が張り詰めた。
あれっ、これ昨日もあったような?
◆ ◇ ◆
「むっすぅ…………」
目の前には不機嫌な顔のシエル。
何故か俺はシエルの部屋に居る。しかも正座で。
星奈が帰ってから、シエルは俺を呼び出したのだ。自分の部屋に入ろうとする俺を、手のひらを上に向けて指をクイクイ曲げる挑発ポーズで。
かからお前はカンフー映画の主人公か?
「えっと、何で俺は正座させられてるんだ?」
絨毯の上に正座した俺は、ベッドに腰かけ美脚を組んでいるシエルを見上げている。
息を呑むほどに美しく煽情的な脚のラインが眼前に広がり、つい前屈みになってしまうくらいだ。
因みに、登校時は黒ストッキングを穿くシエルだが、休日はソックスや生足が多い。
今日は落ち着いた色の紺ソックスだ。
「壮太、私言ったよね。壮太が他の女にデレデレしたらお仕置きだって……あっ、これは夜の……」
女王然とした美貌と美声で述べてから、急にしどろもどろになるシエル。
「えっ、あのっ、しまった。これは催眠で……でも言ったような? だから、その……」
ははぁん、こいつ、実際に俺に言ったことと深夜に催眠した内容がごっちゃになってるな。
シエルらしいと言えばシエルらしいけど。
しょうがない。助け船を出してやるか。
「そう言えば、聞いたような」
「だよね! 言ったよね」
急に復活しやがったぞ。
「クラスの女子にデレデレするとかダメ! 絶対ダメ! したらお仕置き。ドゥーユーアンダスタンド?」
出ました、カタカナ英語!
「お仕置きって何をするんだよ? シエル女王様の足を舐めさせられるのか?」
「ふふふっ♡ 壮太、舐めなさい♡」
俺の顔の前にシエルが足を向けてきた。
ちょっとからかってやるか。
「はい、お舐めします」
「ば、ばば、ばかぁ♡ そんなの舐めるなぁ」
狼狽えるシエルが面白いな。こいつ、エロ方面に耐性なさそうだし。
スッ!
俺は目の前にある紺ソックスに包まれた足を掴んだ。
「ほら、シエルお姉ちゃんの足に忠誠のキスでもしましょうか?」
「ひゃああぁん♡」
スルスルスル――
シエルの紺ソックスを脱がすと、そこには完璧なまでに綺麗な足が現れた。
足の指も爪も整っており、肌もツルツルできめ細やかだ。足裏は少し硬いが、それでも荒れたりカサカサすることもなくしっとりしている。
あれっ? マズいぞ。これ、本気で忠誠のキスをしたくなる。どんどん顔が吸い寄せられているのだが。
「ちょ、そ、壮太、本気? ダメっ!」
ダメとか言いながらもシエルは足を引っ込めない。
「し、シエル……」
どどど、どうすんだ! このままじゃ本当に忠誠……というより隷属のキスをしてしまいそうだ!
俺はどうしちゃったんだ!?
「だだだ、だめぇええええっ!」
ふにっ!
「おい、これは何だ……」
俺は顔に乗ったシエルの紺ソックス足をどけながら視線を上げる。
くちびるが足の甲に触れそうな瞬間、シエルはもう一方の足を俺の顔に乗せたのだ。
「きゃっ♡ 違っ! 偶然、偶然乗っただけ」
「偶然乗るわけないだろ。これ、女王様プレイか?」
「ばかぁ! そもそも壮太が悪い! 足にキスしようとするから」
「うっ!」
確かに俺はどうしちゃったんだ? あと少しで本当に足キスしてたよな。
「それは……シエルが悪い」
「何で?」
「だって……そんな綺麗な女王様みたいな顔で命令されたら、何でも言うこと聞いちゃいそうになるんだよ」
かぁああああああ――
「ふへっ、なら許す」
口元に笑みを浮かべたシエルが胸を張る。
何だその顔は。偉そうだな。
「まだ足で顔を踏んだ詫びをもらってないぞ」
「それは自業自得」
「まったく。それで、俺はいつまで正座してるんだよ?」
ポンポン!
シエルがベッドを叩く。自分の横に座れと。
「へいへい」
言われるままに俺は座った。シエルの左側に。
「あ、あの……壮太って嬬恋さんと仲が良いよね?」
伏し目がちにシエルは言った。
「まあ、彼女ってノリが良いからな。つい陰キャ男子の俺でも話してしまうんだよ」
「いいなぁ、私は口下手だから……」
「シエルもノリが良いだろ」
「えっ?」
シエル、本気で分からない顔をしているな。
いつもオタク系や歴史系の話でツッコみ入れてくるのに。
「お、俺はシエルといるの楽しいけどな」
「ふえっ!? そ、そなんだ……」
「シエルってオタクでアホでおもしれー女だし」
「超重力弾三式!」
「ぐえっ!」
こいつ、俺に腹パン入れやがったぞ。しかもアニメの必殺技を真似て。
やっぱりオタクじゃねーかよ。
「おい、今時は暴力ヒロインは流行らねえぞ」
「暴力じゃない。加減してる」
「ったく、これだからシエルは」
「どうせ私は優しいお姉みたいになれないから」
シエルがしょげた。
「お、おい、さっきから星奈やノエル姉と比べてるけど、シエルも魅力的だぞ」
「どの辺が?」
「だから、おもしれー」
「もうっ!」
バタンッ!
「うわっ!」
「きゃっ!」
ふざけた拍子に俺とシエルがベッドに倒れ込む。抱き合うような格好で。




