第48話 名前で呼んでみ
「――――という訳でさ、俺と姫川姉妹は家族になったんだ」
同じ説明を二日連続した。今日は嬬恋星奈に。
場所はダイニング。白いテーブルには莉羅さんが作った遅めの朝食。俺はそれを食べながら説明している。
四つの椅子には嬬恋さんとノエル姉とシエル、そして俺だ。
因みに俺の横はいつも通りノエル姉が死守している。このお姉ったら、義弟への独占欲が強すぎるぞ。
さすが人に会う度に彼女面するだけはあるな。
「えぇええええええっ! 幼馴染で義理の姉弟で同居クラスメイトでデートでメイド喫茶に行く仲なんだ!」
話しを聞き終わった嬬恋さんが、立ち上がって力説する。それ、属性多過ぎだろって感じに。
「壮太、何で嬬恋さんが知ってるの? お姉と二人でメイド喫茶に行ったの」
シエルの頭に?マークが浮かんでいるようだ。
そこを聞いてきますか。
「嬬恋さん?」
俺が視線を送ると、嬬恋さんは手で合図をする。オッケーって感じに。
「シエル、落ち着いて聞いてくれ」
「う、うん」
シエルが姿勢を正した。
「このギャルはメイド喫茶で人気のドS系メイド、セーラちゃんなんだ」
「えーっ! 嬬恋さんってメイドなの!? 何処? 何処の店!? 私も行きたい」
俺とシエルが盛り上がったところで嬬恋さんが割り込んできた。
「違うし! ドSじゃないし! どっちかっていうとMだし!」
「えっ、ギャルってMなんだ?」
かぁああああああ――
嬬恋さんの顔が真っ赤だ。
照れるギャルも良いものだな。
「は、ハズっ! そ、そうちゃむ誘導尋問っ! もうっ♡ そうちゃむって、絶対Sでしょ! 相性良すぎっしょ!」
何の相性だ! 何の!
「ってか、そうちゃむもしえるんもヒドくない? うちら友達なのにさ、ギャルとか苗字呼びとかさ。アタシのことも星奈って名前で呼んでよ」
そんな恥ずかしいことできるか。
ここはハッキリ述べておかないとな。
「女子を名前呼びとか無理だろ。そんなの彼女だけだぞ普通」
「しえるんとノエル先輩にはしてるし!」
「そ、そう言えば……」
しまった。何で俺、シエルを名前呼びしてるんだろ? 覚えてないけど、子供の頃に呼んでいた癖かな?
「ほら、しえるんだけズルいし。アタシも名前で呼んでよ」
今日のギャルはグイグイ来るな。まあ、前からグイグイ来てたけど。
同居の件を黙ってて欲しいから、俺が折れた方が良いのか?
「うーん、でもな。異性を名前呼びって、彼女みたいだよな」
「そうちゃむは彼氏でしょ。仮だけど」
「うっ、余計に恥ずかしいのだが……」
「ほらほら、言ってみ? 星奈って♡」
「せ、せせ、星奈」
きゅん♡ きゅん♡ きゅん♡
「や、ヤバっ♡ 照れる♡ めっちゃ嬉しい♡」
「おい、そういう冗談やめろよ。俺も照れるだろ」
「冗談じゃないし♡」
嬬恋さん改め星奈が照れまくっているのだが。
そんな初々しい彼女みたいなリアクションをされると困る。俺まで恥ずかしくなってしまうのだが。
「ううんっ! コホンッ!」
突然、ノエル姉が割って入ってきた。映画でカットする助監督みたいに。
「そ、そうちゃん、お付き合い禁止! まだ早いから!」
「まだ早いって、俺は子供じゃないんだから」
「ダメダメダメっ、ダメぇええええっ!」
ノエル姉が駄々っ子になった。
「ほ、ほら、呼び捨てじゃなく『さん』付けとか? 呼び捨ては馴れ馴れしくないかな?」
「えっ、だってギャルだし。ギャルに『さん』付けとか似合わないだろ」
「今までも『嬬恋さん』って呼んでたでしょ!」
「しまった」
ガタッ!
星奈が勢いよく立ち上がった。
「あ、あの、アタシは呼び捨てで構わないし。てか呼び捨てが良いし♡」
くっ、だから女子を名前呼び捨てとか照れるのだが。
ちょっとボケてやるか。
「じゃあセーラちゃんで」
「何で源氏名だしぃ! ちょっとぉ!」
「冗談だって」
「もうっ♡ やっぱ、そうちゃむってSっぽいよね♡ 相性ばっちしだし♡」
何か星奈が一人で納得している。ごにょごにょと独り言をつぶやきながら。
まあ、これで同居を黙っていてくれれば問題ないか。
「グギギギギギギギギギギ!」
気が付くとシエルがいつもより数段怖い顔をしていた。もう視線で人を殺しそうなくらいに。
「もぉおおおおおおおおお!」
ノエル姉もだった!
いつも優しい笑顔のノエル姉が、いつになく怒っているのだが!
「壮太、もう息の根止める」
「そうちゃん、息の根止めるわよ」
姉妹の声がユニゾンしただとっ!
ノエル姉まで怖いこと言い出したのだが!? やっぱり姉妹そっくりだな!
「ぬっへへぇ♡ ほらほら、プリン食べろし♡ アタシのもあげるね♡」
星奈が差し入れのプリンを渡してきた。しかも二個。
「あ、ありがとう。えっと、一個で良いかな」
「アタシのもあげるって♡ ぬふふ♡ 愛情たっぷりプリン召し上がれ♡ ご主人様♡」
「お、おい……」
更に星奈が姉妹を挑発してくるのだが。
どうすんだ、これ。
「ぐぬぬぬぬぬぬ!」
「もぉおおおおおおおっ!」
ガチャ!
もう修羅場になりそうなところでダイニングの扉が開いた。
「あらあら、今日も賑やかね」
クラスメイト四人で盛り上がるダイニングに、大人の色気と官能的な香水の匂いが立ち込める。
若干、欲求不満気味の人妻……じゃない、義母の莉羅さんが登場だ。
「お、お邪魔してます。クラスメイトの嬬恋星奈です」
突然現れた金髪美人に、星奈も動揺しているぞ。
「あらぁ、可愛い子ね」
「そ、そんなぁ♡ よく言われます」
おい! 前言撤回だ。もう馴染んでるじゃないか。
星奈もノエル姉とは違った方向でコミュ力お化けだな。
「娘や息子と仲良くしてくれてありがとう。これからもよろしくね」
「はい! 任せてください。しえるんもノエル先輩もそうちゃむも大好きなので♡」
おい! 誤解するようなことを言うな。
違う意味だろうけど、女子に大好きとか言われたら意識しちゃうだろ。
それでなくても、化粧が薄くなっただけでドキッとしてるのに。
「お母さんはあっち行ってて!」
元から不機嫌だったシエルが更に不機嫌になった。
再び莉羅さんを押してリビングから強制退場させる。
「ああぁん、昨日は出て行けなかったから、今日こそはお友達と仲良くしたいのにぃ」
グイグイグイ!
「もぉ、ママも話に混ぜて混ぜてぇ。恋バナ? 恋バナでしょ?」
「うるさい」
「ああぁ~ん♡ 私も恋バナしたいのにぃ♡」
こうして莉羅さんは再び自室に戻されてしまう。
莉羅さん、見た目も中身も若々しいな。JKに混ざっても違和感ないぞ。たまにリアクションが昭和っぽいけど。
「ねえ、そうちゃむ♡ いつデートしてくれるの?」
一旦落ち着いた空気を、星奈の一言がかき乱す。
「は?」
「前にデートしようって言ったじゃん。いつするの? ノエル先輩とはしたくせに」
「ちょっと待て」
テーブルに上半身を投げだした星奈がグイグイ来る。
胸がテーブルの上に乗り目のやり場に困るのだが。
「お礼もまだだし♡ ほれほれ♡」
そう言って星奈が胸元を開ける。
「だから見せるなぁ!」
「ぬふふぅ♡ そうちゃむって、おっぱい好きっしょ」
「好きだけど、好きなんだけどぉおお!」
これで姉妹の威圧感が更に高まった。もう爆発寸前だ。
息の根を止められる前に何とかしなくては。
「じゃあさ、皆で行こうよ! 次の連休にさ」
ここで星奈は意外な一言を放った。




