第47話 更にライバル襲来
いつにも増して美しいシエル姫。長いまつげに煌めく瞳。ほんのり頬を染めた白い肌に、艶やかなダークブロンドの髪。
今日は下ろしている髪が、サラサラと肩を滑っている。
極めつけは薄く塗ったリップだ。プルッと柔らかそうなくちびるは、思わずキスしたくなるくらい魅力的だった。
チラッ! チラッ!
シエルが俺をチラ見する。
だから、それは何のアピールだ?
「えっと、シエル、今日は出掛けるのか?」
何となく聞いてみた。
今日は祝日だからな。
「べつに」
「そうなのか」
「何で?」
「だって、口紅……綺麗だから」
「んふっ」
おい、何だその笑みは? ドヤ顔っぽくてムカつくぞ。
そんな顔も超綺麗で可愛いんだけどな。
チラッ!
「んぱっ」
俺に視線を送ったシエルが、くちびるをキスするみたいに鳴らした。何だそれ。
「ねえ、壮太♡」
今度は俺の顔を覗き込んできたのだが。
「んふっ♡」
「な、何だよ」
「べつに」
何がべつにだよ。気になるだろ。
出掛けないのに口紅付けるとか何のつもりだ。
もしかして……深夜の?
『ねえ壮太♡ キス……しないの?』
俺は深夜のキスしたくなる催眠を思い出す。
『ふふっ♡ 壮太なら許してあげる♡ キスしちゃえよ』
それは甘い誘惑。
『良いよ♡ キス……しちゃっても♡ 明日、壁ドンしながらキスしちゃえ♡』
ああああぁ! めっちゃキスしたい!
「んふふっ♡ 効いてる効いてる」
シエルが俺を見ながら含み笑いしている。
何かムカつくな。
「ううぅ~ん」
更にシエルが顔を近づけてきた。伸びをしようとする素振りをしながら。
「んちゅ」
指をくちびるに当ててから離す。シエルのくちびるがプルルンと揺れた。
だから何だその投げキッスみたいな動作は!? キスしたくなっちゃうだろ! 俺をその気にしてどうするつもりだ!?
本当にシエルは変な女だな!
「あらあら、仲が良いのね」
ササッ!
俺とシエルは素早く顔を離す。
莉羅さんが遅めの朝食を持ってきたのだ。
「あらぁ♡ 何かあったのかしら? あやしいわねぇ♡」
ニマニマした顔の莉羅さんがシエルをからかい始めた。
「さては、昨日クラスの女の子が来たからでしょ。壮太君も隅に置けないわね。ぐずぐずしてると取られちゃうわよ、シエル」
「う、うるさい! お母さんはあっち行って!」
慌てたシエルが莉羅さんを押してダイニングから強制退場させる。
「あらぁ、ちょっとシエルったら。照れなくても良いじゃない」
「うるさい」
「もうっ、そうそう、壮太君、ノエルが朝食まだなの。起こしてきてくれるかしら」
二人が部屋を出て行ってから、俺も立ち上がった。
「ノエル姉、何やってるんだ? まだダウンしてるのかな?」
俺は逆エビ固めでギブアップしたダサジャージ姉に思いを馳せる。
「ったく、あの夜這い姉にも困ったものだな」
階段を上り、自分の部屋のドアを開けた。
ガチャ!
「ノエル姉?」
モゾモゾモゾモゾ――
「あふぅ♡ そうちゃんの匂いだぁ♡」
「何やってるの?」
「きゃふぅっ!」
俺のベッドに潜り込んでいたノエル姉が飛び上がった。
「な、ななな、何でもないよ!」
「何でまた寝てるの?」
「ね、寝てないよ」
「でもベッドの中に」
「寝てたよ」
「どっちやねん!」
ついエセ関西弁になってしまった。
「莉羅さんが早く朝食をとれって」
「うん、今行くぅ」
トコトコと部屋を出てきたノエル姉の顔が、火照ったように上気している。耳まで真っ赤だ。
「ほら、早く行くよ」
「ごめんごめん」
「まったく、このズボラ姉でジャージ姉で寝坊姉は」
「変な名前つけないでぇ」
変な名前姉がくっついてきた。
「じゃあ、スケベ姉で」
「すすすす、スケベじゃないからぁ!」
「何でそこだけムキになるの?」
「違うからぁ~!」
ピンポーン!
ふざけ合いながら俺とノエル姉が階段を下りていると、玄関のチャイムが鳴った。
「俺が出ておくから、お姉は先に食べてて」
「うん」
ノエル姉がダイニングに入ったのを確認してから、俺は玄関ドアを開けた。
ガチャ!
「はーい」
「あ、あの、アタシ、そ、壮太君のクラスメイトで嬬恋って言いま……あっ、そうちゃむだ!」
ギャルだ。ギャルが居る。
顔を上げた女性は、いつになく畏まった嬬恋星奈だった。
「えっと、嬬恋さん?」
「そうちゃむぅ! もうっ、居るならインターホンに出てよ。親御さんかと思って緊張したし」
嬬恋さんでも緊張するんだ。って、それはさすがに失礼か。
家計のためにバイトしたりと、意外と真面目で良い子なんだよな。
「そうちゃむ、風邪は治ったの。良かったね」
そう言って嬬恋さんはコンビニの袋を俺に渡す。
プリンが入っているぞ。
「もう全快だよ。というより、何で俺の家が?」
「岡谷が教えてくれたし」
また岡谷かぁああああああああああ!
あいつは俺の家を修羅場にでもするつもりか!
そ、それより何とかしないと。
「そ、そうなんだ。えっと、今日の嬬恋さんって感じ違うね」
俺のバカバカ! そうじゃないだろ。他に言うことあるだろ。
しかし今日のギャルはイメージが違うな。いつもは派手なギャルメイクなのに、今日はナチュラルメイクっぽい気が?
「えっ、分かる?」
ギャルが初々しいぞ。伏し目がちな顔で照れているみたいなのだが。
「こういう感じの方が、そうちゃむ好みかなって思ってさ♡ い、イメチェンしてみたんだ♡」
「そ、そうなんだ」
「どうかな?」
伏し目がちな蜷川さんが、チラッと俺に視線を送る。
ドキッ!
「ぐはっ」
何だこの破壊力は! いつもビ〇チっぽいギャルメイクの女子が化粧薄くしただけで凄いグッとくるのだが!
これ、ギャップ萌えってやつなのか!?
「え、えっと……良いんじゃない」
「どの辺が? ほれ、どの辺が良いか言えって。早くしろし」
「ううっ」
「うわっ、そうちゃむ照れてるぅ♡ やった♡」
あああぁ、何で俺はこうなんだ。昨日、蜷川さんのエロ攻撃でヤバかったのに、今度はギャルの清楚攻撃でこれとか。
省エネモードは何処に行ったぁ!
俺が脳内でムクムク膨らむ欲望を押さえていると、嬬恋さんが可愛く拗ねた顔になっていた。
「そうちゃむ、家に上げてよ。あすぴは昨日上げたんでしょ」
「えっ?」
「あすぴが昨日行くって言ったから、アタシは今日にしたんだし」
あすぴって蜷川さんのあだ名か……って、今はそれどころじゃない!
ダイニングにノエル姉が居るんだ。このままでは。
ガチャ!
「ふうっ、まったくお母さんは。あっ!」
ちょうどそこに、一階和室から出てきたシエルと鉢合わせした。
「えっ!? あれっ?」
「あわわわわ――」
シエルが完全にテンパっている。
こいつ理知的な氷の女王みたいな美人顔なのに、けっこうアホだしすぐテンパるんだよな。
「ああぁー! しえるんだ! 何でそうちゃむの家に?」
「お、お仕置き……とか?」
おいシエル、お見舞いと言おうとして間違えたな。お仕置きしてどうすんだよ。
やっぱり俺が説明するしかないか。
「嬬恋さん、とりあえず上がって」
こうして俺は、二日連続で緊急会議を開くことになった。




