第46話 実はやってました♡
「うふふっ♡ もしかして、私の催眠が効いちゃったのかな?」
シエルは俺の耳元で甘い囁きをする。まるで脳が蕩けるような。
「ねえ? 効いちゃった? 好きになっちゃった?」
うわああああぁ! やめてくれぇ! ただでさえ塩対応のシエルが甘々な声を出すギャップでヤバいのに、そんなこと言われたら本当に好きになっちゃう!
「ほら、どうなの? 好きになっちゃった? ずっと一緒に居たいんでしょ?」
一緒に居たいよ! そうだよ! ずっと一緒に居たいんだよ! 同居してからシエルと過ごした時間が楽しかったんだよ!
なのに俺は…………。
「でも壮太、お姉とデートしてデレデレしてた」
そうなんだよ! 俺はノエル姉も大切なんだよ。二人とも大事なんだよ!
「お姉の胸をチラ見してるし」
ぐはっ! バレてる!
「ぐぬぬ!」
急にシエルの声が怖くなる。
「そういえば、蜷川さんと部屋でエッチなことしようとしてたよね?」
ギクッ!
し、してない! 断じてしてないぞ!
あれは蜷川さんが暴走してただけで。
そ、そう、彼女は真面目で思い込みの激しいだけなんだ。俺に恩返しをしたいだけなんだよ。
「私……知ってるよ」
シエルの声が、何か含みを持たせたようになった。
「蜷川さんって、エッチな子だよね?」
そのまんまだったぁああ!
そこは勘弁してあげて! 彼女は真面目なだけなんだよ! 如何わしい意味じゃないから!
『私が手で――――』
俺は、艶っぽい顔で手を伸ばす蜷川さんを思い浮かべた。
やっぱりエッチな子だったぁああああ!
そうだよな。ずっと考えないようにしてたけど、やっぱりエッチだよな。
蜷川さんって、滅茶苦茶エッチだよな。
「壮太、裏切りは許せないよ」
シエルの声が低くなる。
「壮太が他の女にデレデレしたらお仕置き決定」
だからお仕置きはやめてくれ! あと、息の根を止めるのもだ!
「てれってぇ~お仕置きだぞぉ」
ぷはっ! だから急に変なセリフはやめろよ。笑いそうになっちゃうだろ。寝たふりしてるのに。
何で昼間はクールで口下手なのに、夜だけ饒舌になるんだよ!?
ゴソゴソゴソ!
またシエルが布団に入ってきた!
だから何だよそれ! お兄ちゃんに甘えたい妹心なのか? 姉とか言ってるのに、好き好き大好きお兄ちゃんなのか?
「壮太ぁ♡」
やぁめぇろぉ~! 添い寝されたまま甘い囁きとか滅茶苦茶キツいんだがぁああ!
「壮太はシエルを好きになる……壮太はシエルを好きになる……壮太はシエルのことが大好き……」
ぎゃあぁああああああああ! やめてくれぇ! このままじゃ本気で好きになっちゃう!
家族になったから我慢してるのにぃいいいい!
「ねえ壮太♡ キス……しないの?」
何を言っているんだ、シエルは?
「キスしてみ? そうだ、強引に奪っちゃって良いよ。私のファーストキス」
な、ななな、なんだってぇええ!
「ふふっ♡ 壮太なら許してあげる♡ キスしちゃえよ」
ででで、できるわけないだろ!
「良いよ♡ キス……しちゃっても♡ 明日、壁ドンしながらキスしちゃえ♡」
あああ、アホか! そんなのできるか!
「壮太はシエルとキスしたい……壮太はシエルとキスしたい……壮太はシエルとキスしたくなった……」
うわぁああああ! めっちゃキスしたい!
そのまま俺はシエルの催眠を受け続けた。
いつもより長くこってりと。
◆ ◇ ◆
翌朝――――
甘い微睡みのような眠りから覚めた俺は、ムニムニと柔らかな感触を抱きしめる。
「ん? 何だこの抱き枕は?」
もちろん俺は抱き枕など使っていない。
では、この人肌のように温かく柔らかで良い匂いがするのは何だ?
「ま、まさか、シエ……ノエル姉だったぁああ!」
深夜にシエルが添い寝したかと思えば、朝になるとノエル姉になっているマジックかよ!
これ、前にもあったよな。
「ノエル姉、起きて」
俺の胸で気持ちよさそうな寝顔を晒しているダサジャージ姉を揺する。全身がエロくて触る場所に困りながら。
あのベビードールみたいなエッチな寝巻じゃないだけマシだが。
「ほら、起きろ。ズボラ姉」
「ううぅ~ん、ズボラじゃないもん……」
薄っすらと目を開けたノエル姉が、瞬きする。
すぐに状況を把握したのか、面白いほどに目が泳いだのだが。
「あ、あれっ、そうちゃん。こ、これは、違っ、えっと」
「また寝込みを襲ったの?」
「お、襲ってないよ。お、起こしに……」
前回と同じ言い訳をしている。
俺は疑問に思っていることを聞いてみることにした。
「もしかしてノエル姉って、頻繁に俺の布団に潜り込んでるとか?」
「ひひひ、頻繁じゃないよ。えっ、三回だよ」
「三回もか! 前に一回あったから他にも」
「前に? バレてないはずだけど……あっ!」
何かに気付いたノエル姉が目を逸らした。
「ゴールデンウィーク初日のことじゃないな。もしかして、やっぱり頻繁に……」
「ち、違うよ。ご、五回……六回かも」
「かもって何だ? かもって」
「ごめんなさぁい! もっとしてましたぁ」
「良いから早く出ろぉ」
俺はムッチムチに気持ちの良いノエル姉を、無理やり布団から追い出した。ちょっぴり名残惜しい。
「ごめんねぇ。そうちゃんと一緒じゃないと寂しくてぇ」
ムッチリした胸をプルプル揺らしながら謝るノエル姉。だから、それがエロいんだって。
「まったく、朝起こしに来る幼馴染ヒロインは定番だけど、寝込みを襲う幼馴染ヒロインって何だよ」
「ごめんなさぁい」
ああぁ、このお姉は……。
俺がどんだけ我慢してると思ってるんだよ。
ただでさえ魅力的な女子なのに、それが抱きついたり添い寝してきたり。
いい加減、俺の我慢も限界だっつーの!
「もう許さないぞ。今日という今日は、ノエル姉に力の差ってのを教えてやる」
ガバッ!
俺は起き上がると、ノエル姉に襲い掛かる。
「ちょ、そ、そうちゃん、冗談だよね?」
「これが冗談に見えるかぁ~!」
「きゃぁああああ~!」
うつ伏せにしたノエル姉の上に乗ると、両足を抱え込み引き上げる。
俗に言う逆エビ固めというプロレス技だ。
「これでもくらえぇええ!」
「きゃあぁああああ! そうちゃん、ギブギブぅ!」
調子に乗った俺は、その体勢のままノエル姉の足裏をくすぐった。
「コォチョコチョコチョコチョ!」
「きゃぁあああぁん♡ くすぐったいよぉ♡」
ジタバタと体をよじりながらノエル姉が声を上げる。
ヤバい。楽しい。ノエル姉をお仕置きするの楽しい。
「あっ♡ だめっ♡ んぁ♡」
「エロい声を出すな」
ポコッ!
「いったぁーい!」
変な声を出すノエル姉の頭に、軽くチョップを入れておいた。
◆ ◇ ◆
顔を洗ってからダイニングに入ると、笑顔の莉羅さんが迎えてくれる。
「あら、もう元気になったみたいね。良かったわ」
「おかげさまで」
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
莉羅さんがコーヒーを運んできてくれた。
「ふう、やっぱり朝はコーヒーだよな。落ち着くぜ」
「ジィィィィー」
コーヒーカップを置いてから、凄い目力を感じる方に顔を向ける。
「朝から何をやってるんだ? シエル……お姉ちゃん」
「ふふんっ」
今日も今日とてドヤ顔のシエル(お姉ちゃん)だ。
「元気になって良かったね。騒々しいけど」
「ちょっとノエル姉とプロレスをだな」
「バカなの?」
くっ、シエルの『バカなの』いただきました。
そういえば、今日のシエルはいつにも増して綺麗だな。くちびるが艶やかといいますか。
あれっ? シエルのくちびるには薄くリップを塗ってあるような? 気のせいかな? 綺麗なピンク色で……触れたら心地よさそうな……。
「なに? ジッと見て」
「な、何でもない」
しまった。つい、シエルのくちびるを凝視しちまった。
てか、シエルも俺をチラチラ見ているのだが。なんだこれ。
マズい。深夜の催眠が……。
いけないノエル姉にはお仕置きですね!