第45話 緊急会議
『そうちゃんの彼女の乃英瑠です』
夕暮れの玄関。微妙な空気間の三人。響き渡るポンコツ姉の美声。
そうちゃんの彼女――――そうちゃんの彼女――――彼女――――彼女――――
「えっ、あの…………」
言った本人のノエル姉が、やっちまった顔をしている。
だから何でノエル姉は毎回毎回何度も彼女面したがるんだぁああ!
「えっと」
やっと事情を察知したのか、ノエル姉の目が泳ぐ。
「あ、あれぇ。私、家を間違えちゃったかも」
ノエル姉が再びボケている。今さらそんなボケは通用しないって。
「えっと……そ、そうそう。そうちゃんのクラスの蜷川明日美ちゃんだよね。初めましてかな? 私は、そうちゃんの幼馴染の姫川乃英瑠です」
自己紹介をやり直すノエル姉だが、もう時すでに遅しだ。
蜷川さんの視線が、俺とノエル姉を行ったり来たりしている。
「あの、姫川先輩って、壮太君とお付き合いしているのですか? しかも家族ぐるみの付き合いで」
「えっ、ええっとぉ……」
ノエル姉が俺に視線を送る。助け船を求めるように。
しょうがないポンコツお姉だな。
「蜷川さん、説明するから部屋に来てよ」
俺は覚悟を決めた。もう全て話すしかないと。
◆ ◇ ◆
俺の部屋が狭く感じる。四人で小さなテーブルを囲んでいるからだ。
しかも女子が三人も居るなんて、誰が信じられようか。
そう、部屋の中には蜷川さんとノエル姉、そして急遽呼び出したシエルが居る。
全て話すには姉妹揃っていた方が良いと思ったからだ。
因みにノエル姉は、スマホの電池が切れてメッセージを見ていなかったらしい。
何も知らず意気揚々と帰宅したらクラスの女子が居て、つい見栄を張りたくなったとか対抗意識を燃やしたとか。
「――――って訳なんだ」
俺は蜷川さんに全て説明した。
親の再婚で姫川姉妹と家族になったこと。あらぬ誤解や噂にならぬよう、学校には内緒にしてもらっていることを。
全てを聞き終えた蜷川さんは、「ふーっ」っと長く息を吐いた。
「つまり、壮太君と姫川さんは姉弟になったんだね」
蜷川さんの言葉には、確認の意味が含まれていそうだ。
「うん、姉弟にね」
「彼女じゃないんだよね!?」
一瞬だけ蜷川さんの口調が強くなる。
「付き合ってないんだよね?」
「う、うん」
「はぁ~よかったぁ」
それまでの厳しい表情から打って変わって、今度はホッとした顔になる蜷川さん。本当に表情豊かだな。
「そういう訳だからさ、クラスの皆には内緒にして欲しいんだ」
俺の言葉に、ノエル姉も念押しするように続く。
「よろしくね、明日美ちゃん。学校で噂になっちゃうと困るから、黙っていてくれると嬉しいな」
「分かりました。姫川先輩」
ノエル姉の話に頷く蜷川さんだが、その視線はGカップを見つめている。
「で、でも、心配だな。壮太君が我慢できなくなっちゃったら」
おい、何でノエル姉の胸を見ながら言うんだよ?
「ほ、ほら、男子って溜まるって聞くし。壮太君が我慢できなくなって何かあったら」
だから何も無いって! 蜷川さん、俺は超我慢してるから大丈夫だって!
シエルが真っ赤になってるじゃないか。見た目は大人っぽいわりに、そっち方面はお子ちゃまなシエルには早いですよ!
「大丈夫よ、明日美ちゃん」
説得を試みようとしているのか、ノエル姉が口を開いた。
「私が何もさせませんから。エッチなのはダメなんだからね」
「うんうん、ノエル姉はエッチだけどね」
「ちょっとそうちゃん! 私はエッチじゃありません!」
俺がツッコんだものだから、ノエル姉が胸を揺らして反論する。だからそれがエッチなんだって。
「やっぱり心配だな」
再び蜷川さんが疑うような顔になる。
「ほら、ノエル姉のせいで蜷川さんが」
「そうちゃんのせいだよ」
「ノエル姉!」
「そうちゃん!」
「ノエル姉!」
「そうちゃん!」
しまった。またいつものをやってしまった。
しかもノエル姉のポコポコ付きを。
「むぅううううっ」
蜷川さんが凄く複雑な顔をしていらっしゃる!
「ぐぬぬぬぬぬぬ!」
シエルまで!
「壮太! 前にも言ったよ! お姉に触らない! ドントタッチミーだよ!」
「それはドントタッチハーだよ、姫川さん」
まさかの蜷川さんが、絶妙のキレでツッコみを入れた。
素で間違えていたシエルは、湯気が出そうなほど赤くなっているじゃないか。
「うくぅ……壮太」
まるで子犬のような顔になったシエルが、ジッと俺を見る。
おいおい、俺に助けを求めるなよ。
そんな顔されると、つい頭をナデナデしたくなっちゃうだろ。
「そ、そんな訳でさ、大丈夫だよ蜷川さん。俺は節度を守ってるし、ノエル姉は大人だし、シエルは俺を見張ってるから」
無理やり話をまとめてみた俺。これで納得してもらえただろうか。
「よく分かりました」
蜷川さんが大きく頷く。
「私、ライバルは姫川さんだと思ってたけど、もっと強力なライバルがいたんだね」
「ん? 突然何の話?」
俺の質問に、蜷川さんは苦笑いをする。
「壮太君って、よく気が利くし親切だし優しいけど、意外と鈍感だよね」
「わかる」
「やっぱそう思うわよね、明日美ちゃん」
蜷川さんの話に、シエルとノエル姉が同時に頷いた。
何か俺、ディスられてる気がするのだが。
スクッ!
やっと納得したのか、蜷川さんが立ち上がる。
「よく分かりました。前に壮太君が色々と事情があるって言ってたのがこれだったんだね。安心して、誰にも言わないから」
分かってくれたみたいだ。
これで安心かな。
「もう遅いから送ろうか?」
「私は大丈夫。壮太君は温かくして。風邪がぶり返しちゃうよ」
俺の申し出を丁寧に断り、蜷川さんはドアに向かう。途中でシエルとノエル姉に何か言いながら。
「姫川さん、姫川先輩、私、負けませんから」
ピクッ!
ピクッ!
一瞬だけ空気が張り詰めた気がする。
そして蜷川さんは、もう一度俺の方を向く。
「壮太君、どうしても我慢できなかったら私に言ってね♡ スッキリさせてあげるから♡」
ピキッ!
ピキッ!
だから、それはやめてくれぇええええええ!
こうして嵐のような一日は終わりを告げるのだった。
◆ ◇ ◆
ガチャ!
ヒタッ、ヒタッ、ヒタッ――
時刻は午前零時。
やっぱりシエルが俺の部屋に来た。
来ると思ってたんだよ。蜷川さんと色々あったからな。やっぱり怒ってるよな。
「壮太」
枕元に座ったシエルは、甘々な声で俺の名を呼ぶ。
「壮太は言ったよね。私が大切だって。ずっと一緒に居たいって」
ううっ、恥ずかしい。まるで愛の告白じゃないか。あの時は感情が昂って……。
「それってプロポーズかな? ねえ、プロポーズだよね?」
うっわぁああああ! やめてくれぇ! 自分でも分からないんだ!
あの時、シエルが居なくなっちゃうんじゃないかって思ったら、強烈な独占欲みたいなのが出ちゃったんだよ。
もう絶対に離したくないって。
俺は図星を指されたかのように動揺が隠せない。
シエルが囁く度に、胸の鼓動が高鳴ってゆく。
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