第43話 貞操の危機
「壮太君♡ わ、私っ♡」
ギュッ!
俺の手を握る蜷川さんの手に力が入る。熱い瞳で見つめられながら。
「に、蜷川さん?」
俺は一歩も動けないでいた。
蜷川さんの気迫に押されているのもあるが、下半身にシエルが抱きついているからだ。
「わ、わわ、私っ、あ、あのね」
蜷川さんの声が震える。
「蜷川さん、落ち着いて」
「おお、お、落ち着いてるよ」
めっちゃ挙動不審だって!
「そうだ、深呼吸しよう」
「すーはー、すーはー」
俺の言う通り深く息を吸って吐く蜷川さん。やっぱり素直な子だ。
「落ち着いた?」
「うん、ありがとう。えへへっ♡」
ガチガチに緊張していた蜷川さんの顔が緩んだ。
「はあぁ、頭が真っ白になっちゃって、言おうとしてたこと分からなくなっちゃった」
今度は、頭を押さえた蜷川さんが、視線を落として溜め息をついた。
蜷川さん……さっきから表情がコロコロ変わるな。
ギュゥウウウウッ!
もうシエルが限界っぽい。俺の体をギュウギュウ締め付けているのだが。
この場を切り抜けねば。
「そ、そろそろ部屋に戻ろうか?」
「そうだね」
ダイニングを出ようとする蜷川さんが何かつぶやく。
「はぁ……勇気を出して告白しようとしたのにな……」
「何か言った?」
「ううん、何でもないよ」
肩を落とした蜷川さんがダイニングを出た。
グイッ!
すぐに蜷川さんの後に続こうとするが、シエルが俺の手を引く。
「壮太……」
俺の目をジッと見たシエルが、何か言いたそうな顔をする。
「何も無いから。蜷川さんとは」
「でも、告白したって……」
「俺は振られたんだぞ。もうそういうのじゃないから」
「でも、相手はそう思ってない……」
「えっ?」
それは、どういう意味だ?
「壮太君、どうかしたの?」
廊下から蜷川さんの声がした。
「あっ、今行くから」
「うん」
一度シエルの方を見て頷いてから、俺はダイニングを出た。
再び部屋に戻った俺たちだが、やはり蜷川さんの様子がおかしい。
しきりに周囲を気にしたり、落ち着かない感じにそわそわしたり。
「え、えっと、今日は暑いね」
そう言って上着を脱ぐ蜷川さん。
だから何で服を脱ぐんだぁああ!
「ごくりっ……」
俺の喉が鳴った。
彼女の服装が刺激的だからだ。
普段の彼女は制服のボタンは全て留めてスカートも長めなのだ。
しかし今はどうだ。
上着で隠れてはいるとはいえ、大胆に肩を出したキャミソールなのだが。それ、見せ過ぎだろ。
「そ、壮太君♡ わ、私♡」
「ちょぉーっと待った!」
「な、何かな?」
俺は目のやり場に困り思い切り横を向いた。
「その、今日の蜷川さんって、いつもと違うね」
「そうかな?」
「ちょっと大人っぽいと言いますか、何と言いますか……」
「似合わないかな?」
顔を伏せた蜷川さんが自分の服を触る。
「そうだよね。私みたいな子が大人っぽい服なんて……。姫川さんや嬬恋さんみたいなスタイルの良い子が着ないと。きっと彼女たちなら壮太君も……」
ああああぁ! 蜷川さんがヘコんでしまったぁああ!
フォローしないと!
「そ、そんなことないよ。似合ってる」
「ホント!?」
「うん、正直言って目のやり場に困る」
ぱぁああああ――
蜷川さんが復活した。再び瞳をキラキラさせている。
「そ、壮太君、わ、私で興奮してくれたんだ♡」
「えっと、それは……」
グイッ! グイッ!
どんどん距離を縮めてくるのだがぁああ!
今日の蜷川さんは、明らかにおかしいぞ。
「壮太君♡」
「はい」
「わ、わわ、私が体で温めるね♡ きゃ♡」
「は?」
「だから、風邪の時は人肌で温めるのが効くんだよ」
だからそれ何処情報だよ!
「それは遠慮しようかな……」
「だ、大丈夫だよ。わた、私、勉強したから」
だから何の勉強だよ!
カタカタカタ――
ドアが鳴っている気がする。
もしかして、またシエルが聞き耳を立てているのか?
「壮太君♡ 一緒にベッドで寝よっ?」
蜷川さんがエッチ全開なのだがぁああ!
マズいマズいマズい! このまま流されちゃダメだ! 一時の性欲でぐらついたら、シエルの信頼を失ってしまう!
何とかして断らないと。
「蜷川さん!」
「な、何かな?」
俺が蜷川さんの手を掴んで止めると、彼女はキョトンとした顔をする。
「だから、こういうのはダメだって」
「へっ…………」
「いい、蜷川さん。思春期の男子は一番エッチなんだよ」
「えっと……」
「だから軽い気持ちで……そんなこと……って俺は何を言っているんだ」
しまった。これじゃ俺が滅茶苦茶エッチしたいみたいじゃないか。
「軽い気持ちじゃないよ」
蜷川さんの目がマジだ。
まるでハイライトが消えたような目で訴えかけてくる。
「わ、わた、私……いっぱい悩んで、いっぱい考えて……壮太君に恩返ししたくて。壮太君の役に立ちたいだけなの」
痛々しいほどの気持ちが伝わってくる。
きっと、蜷川さんは真面目で律儀なだけなんだ。俺に受けた恩を返そうとして……。
「蜷川さんの気持ちは分かるよ」
「壮太君っ♡」
「気持ちだけ受け取ったから。だから、もうそんな恩を感じなくて良いんだよ」
「えっ?」
「困った時はお互い様って言うだろ。もう助けた件はチャラにして、普通の友達に……って、あれっ?」
何だか蜷川さんの様子がおかしいんですけど! めっちゃ不機嫌になってるのだが!
「壮太君、ぜっんぜん分かってない。もう知らない」
「あれっ? おかしいな」
「ふんだ」
「えっと、蜷川さん?」
蜷川さんは、ぶつぶつと独り言をつぶやいている。
「ダメだなぁ……私……いっぱい勉強して……はずなのに……本番じゃ勇気が……」
どうしよう? 蜷川さんが、どんどん落ち込んでる。
もうダークオーラが漏れ出してるみたいだぞ。
ここは恩返し名目で何かさせた方が良いのかな?
「蜷川さん?」
「あっ、ご、ごめっ、ごめんね。壮太君」
「どうしたの?」
「さっきの私、態度悪かったよね。も、もう怒ったりしないから」
今度はオロオロし始めちゃったんだけど。
今日の蜷川さんは、いつにも増して挙動不審だぞ。
「一旦落ち着こう」
「おお、落ち着いてるよ」
「よし、深呼吸だ」
「すーはー、すーはー」
やっぱり俺の言う通り深呼吸する蜷川さん。
本当に素直な子だ。
もしかして、何でもするのだろうか?
俺の中に悪戯心が湧く。
「じゃあ、次は屈伸運動」
「うん、よいしょっと」
本当にやり始めたぞ!
「次は、仰向けに寝てブリッジ運動」
「ううぅうう~ん♡」
じょ、冗談だったのに! 本当にブリッジしてるのだが!
キャミソールだと腋が丸見えなんだけど! 色々ヤバいんだけど! てか、パンツが見えそうなんだけどぉおおお!
「すすす、ストォーップ!」
彼女のスカートから白い下着が見えそうになったところで、慌てて俺は止めた。
なぜ白だと分かったかは聞かないでくれ。
「お、落ち着いたかな? 蜷川さん」
「うん」
「じゃあ、頼みたいことがあるんだ」
「うん♡ うん♡」
目を輝かせた蜷川さんがグイグイ来る。
何で最初から思いつかなかったんだ。
差し障りのないお願いをして、彼女に借りを返させてあげれば良かったんだ。
「風邪ひいて疲れてるみたいだからさ。ハンドマッサージをしてもらおうかな?」
「うんっ♡ やっぱり手でするんだね♡」
何か違ぁぁああああぁう!
「手でするんじゃなく、手をマッサージするんだよ」
「任せて♡」
もう不安しかねえぞ!