第35話 マジカルメアリー
目の前に、リアル魔法少女マジカルメアリーが立っている。
セーラー服のようでもありメイド服のようでもある魔法少女衣装は素材から拘りぬいた作りだ。
細部に至るまで完璧に再現してある。胸のリボンも。各部フリルも。スカートのヒダも。背中の装飾も。頭上に輝く光輪も。手に持っているバトンまで。
そこに存在するのは、この世界に降臨した断罪天使そのものだ……って、そんな解説してる場合じゃねえ!
「えっ、ええっ、シエルがマジカルメアリーになってる!」
そう、それはコスプレしたシエルだった。
「みみみ、見るなぁあ! だだ、だめぇええ!」
グイグイグイ! ドンッ!
バタン!
「えっ……」
俺は、パニックになったシエルに部屋を追い出されたのだ。
そのまま放心状態になって自分の部屋に戻る。
バタンッ!
「えっ、な、何あれ? シエルが……マジカルメアリー……だと?」
頭が混乱している。シエルって実は魔法少女だったのか? って、そんな訳ねえ!
あれはコスプレだよな。シエルがコスプレ?
『だってシエルちゃんアニメ好きだから』
不意にノエル姉の言葉が脳内で再生される。
「そ、そういえば、ノエル姉が言ってたよな。シエルは今でも断罪天使シリーズが好きだって。ま、まさか……」
ドンドンドンドンドン!
「うわぁ! ビックリした!」
突然、部屋のドアが激しくノックされ飛び上がった。
間髪入れずに、シエルの怒声が響き渡る。
「こらぁ! 壮太! 開けなさい!」
ヤベッ、シエル怒ってるぞ。わざと覗いたんじゃないのに。
ガチャ!
俺はドアを開けシエルを招き入れる。というか、シエルはズカズカと入ってきたのだが。
「ごごごご誤解だから! あ、あれは何でもないから! そ、そう、ちょっとコスプレしたい気分とか!? いい、いつもはしてないから!」
早口で捲し立てるシエル。こんな早口なのは初めてだ。
その姿は、いつもの部屋着に戻っている。
「わ、分かった? ド、ドドド、ドゥーユーアンダスタンド?」
カタカナ英語にいつものキレがない。
「えっと、べつにコスプレは良いと思うけど。むしろ好きだし」
「そそ、そうよね! 壮太ってコスプレ好きだよね!」
「お、おう……」
シエル……。いつもはクールでダウナー系なのに、何でこんなにテンション高いんだよ?
そのシエルだが、完全にテンパっているのか、身振り手振りがヘンテコだ。
「え、えっと、そういう訳だから」
「どういう訳だよ?」
「う、うるさい」
「似合ってたぞ」
「えっ、あ、ありがと……」
シエルは指で髪をクルクルしている。それ、照れ隠しの時にするやつだよな。
よし、もう直接聞いてみるか。
「シエルってアニメ好きなのか?」
「うっ……す、好きだけど……」
照れ臭そうに話すシエル。その顔は何だかグッとくる。上目遣いの顔がたまらない。
「そ、そうなんだ。なら言ってくれれば良いのに」
義理の姉弟になったばかりの頃は、クールな氷の女王の顔で『バカなの?』みたいな感じだったからな。
「だって……久しぶりに会って、壮太がアニメ観てなかったら困るし」
「そうなのか?」
「そ、そもそも私をアニメ好きにしたのは壮太でしょ! 小さい頃にマジカルメアリーごっこをしてたんだから」
そういえば、していたような?
でも、相手が誰だったかよく覚えていないんだよな。
「そうか、シエルがオタクに……」
「お、オタクじゃない。普通のアニメ好き」
「そうなのか?」
そこで俺は思い出す。シエルの部屋にある本棚の違和感を。
「そういえば……シエルの本棚に不自然なカーテンが?」
「ひぃっ!」
誰が見ても分かるほど、シエルが慌て始めた。
「もしかして、エッチな漫画とか同人誌とか?」
「ギクッ!」
「そうだ、妹なのに姉姉言ってるから、おねショタ本とか……って、し、シエル?」
ガシッ!
シエルの両手が俺の肩に掛かる。殺気を帯びた手が。
「壮太、それ以上言うと……息の根止めるよ」
でででで、出たぁああああ! シエルの『息の根を止める』が!
ヤバい、これ以上挑発すると、本当に危険なプレイをしそうだぞ。何たって深夜に催眠かけてくる変な女だしな。
ここは話題を変えよう。本棚から話を逸らすんだ。
「と、とにかく、コスプレは似合ってたぞ。本当にマジカルメアリーかと思ったよ」
「えっ、そ、そうなんだ」
「まるで地上に舞い降りた天使だな。可愛いし」
って、俺は何を言っているんだ!? つい口が滑って。まあ、実際に可愛いのだがな。
「そうだよな。普段も可愛いけどコスプレしたら最強に可愛いよな。どんだけ可愛いんだよ。反則級だな。チートかよ。チート可愛い、すっごく可愛い、ってヤベッ」
また口が滑った。何度目だよ。
「うっ……うくぅん♡」
おいおいおいおい! シエルが照れてるのだが!?
こんなレアなシエルを見てると、俺まで照れてしまうぞ。くっ、いつもは塩対応なのによ。
まあ、催眠する時だけ甘々な声なんだけど。
「そ、壮太」
意を決したような顔になったシエルが口を開く。
「何だ?」
「わ、私、マジカルメアリーになれてた?」
「おう、完璧になれてたな。本物かと思ったぜ」
俺の言葉でシエルの顔がドンドン赤くなってゆく。
「うくぅぅ~っ♡」
「お、おい、どうした?」
「お願い……したよね? 何でも言うこと聞いてくれる……」
「えっ?」
シエルがモジモジしているのだが。上目遣いで指をクルクルして。その物欲しそうな顔は何だ?
もしかして、嬬恋さんの仮彼氏の件かな?
「あっ、あれか。そうそう、明日のデートだろ? 嬬恋さんとファミレスで話した時の件で」
「そっちじゃない」
「そっちって、他に何かあったっけ?」
「むっすぅうううう……」
ああぁ! またシエルが不機嫌に?
ホント、女心って分からないな。
「おい、シエル?」
「ご、ごめん……」
ええっ!? 今度は謝ってきたのだが?
「そうちゃん……壮太は忘れてるんだよね。無理に思い出さなくていいから。ごめん」
「お、おう」
何のことだ? やっぱり子供の頃の話なのだろうか? もう少しで思い出しそうなのに、何かが俺にブレーキを掛けているような気がする。
「わ、私のせいで……壮太が……」
ああ、どんどんシエルの元気が無くなってゆく。
どうしよう。俺のせいなのか? 俺が子供の頃の約束を覚えていないから。
「し、シエル!」
俺は震えているシエルを見つめる。
「な、なに?」
「えっとだな、明日は目いっぱい楽しもうぜ」
「壮太……」
俺には女の子の励まし方なんて分からない。付き合ったこともないしな。
でも、シエルは幼馴染で家族になった大切な人なんだ。夜中は……ちょっと意味不明で不安定みたいだけど。
だから俺がシエルを元気にしないとな。
「明日はシエルの好きな所に行こうよ。引っ越しや転校してストレスも溜まってるだろ。たまには羽目を外さないとな」
俺の言葉でシエルの顔が明るくなってゆく。
「壮太……うん、そうだね。行きたい」
「おう、行きたいとこ行こうぜ」
「うんうん、えっと、カラオケとゲームセンターと……あとは、へ、部屋で考えてみる」
シエルは笑顔で戻っていった。
良かった。機嫌が直ったみたいで。
「さてと、俺はどうしようか……あれっ?」
そこで思い出した。ノエル姉が俺にマッサージを命じているのを。
「仕方がない。お姉の肩でも揉むか。仕方なくだぞ。決してエロい目的じゃないからな」
自分に言い聞かせながら部屋を出る。強く言い聞かせておかないと間違いを起こしそうだからだ。
あんな可愛くてエロいGカップ女子の体を触るのだから、鋼の精神力で自分を律しないと正気を保てない。
とにかく、めっちゃ柔らかくてエロいんだからな。
「んんっ! ケホッ! あれっ?」
ちょっと喉に違和感があるような? 気のせいかな。
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